第169話 言葉に非ず

 ゴブリンキングと向き合い、長くて短い無言の語らい。

 それも一区切りついたところで、ゴブリンキングがゆるりと自然体で剣を構える。

 なかなか様になっているね。

 それに、薄くではあるが、魔纏を展開している。

 ……正直、ヒーロークラスでようやくなのかと思っていたが、キングにも使えたようだ。


「……さすがはキングって感じかな?」

「……ギャ」


 初対面のときはギャーギャーと饒舌だったんだけどな……


「ま、男の言語は言葉に非ずってところか……それじゃあ、いっちょ行きまっせ!!」


 そんな掛け声とともに、ダッシュで10メートルほどの距離を詰め、ドロップキックを敢行。


「ギィッ!」


 それを素早く回避し、お返しに剣を振り下ろしてくるキング。

 その程度の剣と腕力では、俺の魔纏を突破することは不可能だろうとは思いつつ、あえてその剣の側面を殴って軌道を変える。


「体勢が崩れたところで一発!」

「ギッ!」


 剣の一撃を防がれて苛立たし気なキングではあったが、すぐに体勢を立て直し俺の突きを回避する、とともに大きく後ろに下がる。


「……さらに追撃を入れようと思ったんだけどな、そこまで下がられたら無理か」


 なんというか、ゴブリンらしくもっと短絡的な感じで殴り合いになるかと思っていたが、意外と冷静に対処するんだね。

 やっぱ、キングまで成り上がる個体っていうのは、単なる腕力だけではなく、こうした判断力も含めたトータルの実力が必要ということなのかもしれないな。

 ……とはいえ、ダンジョン産のモンスターは成り上がり式なのか、最初から上位種として生れてくるのかは知らないけどさ。

 こうしてしばらく、攻防が続く。


「……最初はゴブリンキングごときと思っていたが……なかなかやるじゃないの!」

「……ギギャ!」


 まぁ、トレントブラザーズを使っていないからというのもあるが、それでも攻防の内容としては結構いい感じだと思う。

 そんな戦闘の途中、別に武器破壊を狙っていたわけではないが、戦闘の負荷に耐えられなくなったのか、キングの剣が折れて砕け散った。


「……フッ、ここからは拳で語り合おうか」

「……ギィヤァ!」


 ここで、なんでかわからないけど、キングがスパートをかけてきた。

 ……あの武骨な剣、お気に入りだったのかな?

 それはともかく、キングの拳の一発一発がゴブリンとは思えないほどに力強く重い。

 なので俺も、負けじと気迫を込めて一発一発をお見舞いする。

 そんな乱打戦。

 冷静な攻防もヒリヒリとした緊張感があって楽しいものだったが、こういう、ただひたすらな殴り合いも全身の血液が沸騰しそうなほど熱くなれていいものだ。


「……キングよ、お前の魔纏、もうボロボロじゃないか」

「……ギ、ギィ……」


 もともと、キングのはそこまで厚い魔纏でもなかったため、殴りまくっているうちに、削れて割れてしまっていたようだ。

 魔纏の維持ができないところを見るに、キングの魔力は枯渇してきているのだろう。

 おそらくあの力強く重い一発一発にも身体強化で魔力が乗っていたであろうし……

 そう思えば、キングの拳と俺の魔纏で奏でる打撃音も心なしか柔らかい音色に変わってきているようにも感じられる。


「……キング、もう限界か?」

「……グギィ」


 ……ほんの一瞬、魔力譲渡でキングに魔力を贈って「もう1ラウンドだ!」ってやろうかなとも思ったが、それをするとキングのプライドを酷く傷つけてしまいそうな気がしたのでやめることにした。

 さらに、俺も魔纏を解いて同じ条件で殴り合おうかとも思ったが、それもキングにとっては屈辱に感じるかもしれないと思い直し、やめておいた。

 そのため、殴り合いが進むうちに、少しずつ、でも確実にキングが弱っていった。

 ただ、それでもキングの眼には強い意志の力が宿っている。

 まだキングは負けていない。

 全身のあっちこっちがデコボコになって、血まみれになっても、キングは折れない。

 もうキングの王国には、守るべき民もいないのに……

 だが、そんな闘志だけで立っていたキングにも、ついに最期のときが訪れる。

 俺の拳の一発で大きく仰け反り、数歩後ろに下がったところで、そのまま仰向けに倒れるのかと思いきや、一度体勢を立て直し、俺に強い視線を浴びせたまま、全身から力が抜けていくように、前のめりにゆっくりと倒れるキング。

 そして、キングの体は黒い霧となって消えゆく。


「……なるほど、これが世に言う『倒れるときは前のめり』というやつか……キングよ、見事な散り際であった」


 そんな余韻に浸っていたところ、ボス部屋にたくさんの魔石が出現する。

 まぁ確かに、戦闘中に魔石がゴロゴロ転がっていたら足場が悪くなっちゃうからね、その辺はダンジョンさんサイドも気を利かせてくれるのだろう。

 そしてさらに、宝箱が光り輝きながら登場。

 へぇ、原作ゲームでもそういう演出はあったけど、なかなかに凝ってるねぇ。

 そんなことを思いつつ、とりあえず魔石をすべて回収。

 このボス部屋にはノーマルゴブリンは皆無で、弱くてもナイトやマジシャンだったからね……魔石の質も悪くない。


「……さて、お待ちかねの宝箱、ワクワクが止まらないねぇ」


 そうして、大丈夫だとは思いつつ、念のため魔力探知で魔法的な罠がないかを確認し、宝箱を開ける。


「……王冠、それと……また腰布?」


 ……なんというか、王冠はまだわかるけど、腰布はちょっとふざけ過ぎじゃない?

 しかも、ムダに白くてキレイなのがね……

 ここでなんとなく、キングの「シルクやぞ!!」ってドヤ顔が頭に思い浮かんだ気もするが……たぶん俺の勘違いだろう、そう思いたい。

 ……あの豪華な恰好の内側でキングは、これを巻いていたのだろうか?

 なんてくだらないことを思い浮かべてみたが……この微妙さは拭いきれない。


「……俺もさ、あの冒険者たちみたいに、魔法武器のレイピアみたいな感じでよかったんだけどな……」

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