閑話7 エリナは分からないわけではない
野営研修やそれにまつわる様々な出来事が一段落したあと少しして、ミオンが私の研究室を訪ねてきた。
「エリナセンパイ、トガズスの件について騎士団長に報告してきました」
「そう……それで、騎士団長はなんと?」
「今のところトガズスの精神が不安定なため、まずは療養に専念させることになりました。そして回復後に改めて協議するとのことですが……方向性としてはモンスター領域の開拓部門への異動ということになりそうです」
「……こうなる前に、開拓部門に異動できていればよかったのかもしれないわね」
「それはそうなのですが……モンスターによって家族を失った経験から、それら他種族排斥思考へ転向する者も多く、トガズスの件も比較的普通のことと誰もが思っていたことでした。そしてしばらく時間が経って、トガズスはその悲しみをどうにか乗り越えたものと私も含めた周囲は考えていました……現に似たような護衛任務も何度かこなしていましたし……認識が甘かったと言われればそれまでですが」
「……そういう傾向があることは私も知っているけれど……まぁ、どれもこれも、今さらな話でしかなかったわね」
「……はい」
「報告に関しては、分かったわ。彼の処遇が確定したらまた教えてちょうだい」
「分かりました」
「それで、あの導き手と名乗る少年については? 私からもドミストラ隊長に報告はしてあるけれど」
「はい、そちらについては王国騎士団が全力を挙げて捜査にあたることとなりました……幸か不幸か、あの者自身が人間族を名乗ったことから、人魔融和派の横槍も入らないでしょうし!」
「そう……けれど、あの姿が彼本来の姿とも限らないし……捜査は難航を極めることになりそうね」
「そうですね……ですが、ナメた真似したあのクソガキには! 絶対に思い知らせてやりますよ!!」
「……あら、興奮して普段の言葉遣いに戻りかけているわね」
「あ……あはは~」
「でもそうね……あの様子だと、これから先もアレス君の周りをうろつくでしょうし、もしかしたら他の生徒も狙われるかもしれない……私も彼への警戒を強めることにするわ」
「アタシたちを敵に回したこと、あのクソガキに後悔させてやりましょうね!!」
「そうね……ただし、甘く見てはダメよ? 冷静さを失っていたとはいえ、王国騎士団の副隊長職を務めるトガズスを一撃で戦闘不能にしたのだから」
「は~い」
王国騎士団の力で捕まえることができたらいいとは思うのだけれど……
彼の、あの余裕たっぷりな雰囲気からして、どうしても不安のほうが勝ってしまう。
……まったく、アレス君も厄介な存在に目を付けられてしまったものね。
「それでセンパイ、あのあとはどうだったんですか~?」
「どうって、そのまま野営をしただけよ?」
「え~!? ラブラブでイチャイチャな夜を過ごさなかったんですか~?」
「……まったく、ミオンったら何を考えているのか……」
「だってセンパイ、アレス君のことお気に入りでしょ~?」
「それはもちろん、アレス君は私の大事な生徒だし、魔法士としても将来が楽しみだと期待を寄せてもいるわ」
「だ~か~ら~そういうんじゃなくって~もっとこう、男としてってことですよぉ!」
「……はぁ、私とアレス君の年齢差をいくつだと思っているの?」
「えっと~確かセンパイって今25歳でしたよね? それで学園の1年生は13歳なわけだから、12歳差ですね!」
「……計算までする必要はなかったけれど、そういうことよ」
「いやいや~年の差婚! いいと思いますよぉ?」
「他人事だと思って、適当なことを言うものではないわ。それに、あなたのほうはどうなの? 恋人の一人でもできたかしら?」
「え!? いやぁ……アタシはほら、戦闘が恋人! みたいなところがありますから~?」
「そう……それなら私も教育が恋人、みたいなところがあるわね」
「そんなぁ……あ、でも! この前アタシがアレス君をハグしたときセンパイ、ピリついた魔力が漏れてましたよぉ?」
「……それはあなたが、ふざけてばかりいたからでしょ?」
「え~ホントかな~? そうなのかな~?」
「……ミオン、そろそろ怒るわよ」
「は~い……あ、でもですね! アレス君、アタシにハグされながらも必死に魔力の膜を張って抵抗してたんですよぉ!? まぁ、アタシとしてはちょっと面白くないところもありますけどぉ、あれはきっとエリナセンパイに義理立てしてたんじゃないかなぁって思いますね!」
「……アレス君は魔力の膜を常時展開しているから、それは特別なことじゃないわ……それから、アレス君は魔力の膜のことを魔纏と呼んでいるから、そのつもりで」
「ほうほう、やっぱりセンパイはアレス君のことをよく知っているんですねぇ……っと、センパイに本気で怒られたら泣いちゃうかもなんで、今日はこれぐらいにしておきますね!」
「……人をからかうのもほどほどに、それでなくてもあなたは誤解されやすいのだから」
「アタシのことを想って注意してくれるセンパイ……しゅきぃぃ!!」
「……暑苦しいから離れなさい」
そうして抱き着いてくるミオンを引き剝がしながらふと、アレス君と今度またボードで空の散歩をする約束をしたのを思い出す。
そのことからも、ミオンの言っていることがまったく分からないわけではないけれど……
でも、アレス君の世界はまだまだ狭い。
これからもっとたくさんの人と出会いながら、その世界を広げていくはず。
だから今はまだ、その成長を見守っていたい、そう思うのだ。
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