第156話 このぬくもりと共に在りたい

「……夜が明けてしまったわね」

「え? あ、本当だ……」

「初めての魔力交流だったけれど、相変わらず凄い集中力だったわね」

「いえいえ、それほどでも……ただ、魔力操作は日常的に行って慣れていましたし、薬草に魔力を込めるなんてこともしていたので、その延長という感覚でした」

「ええ、それでいいと思うわ」


 というわけで、俺とエリナ先生は徹夜で魔力交流という、基本は二人一組でおこなう魔力操作みたいなことをやっていた。

 まぁ、言葉的にイメージはできると思うが、普通の魔力操作なら自分の体内で魔力を操作して循環させるところ、魔力交流は他人の体内も含めて循環させるって感じかな?

 一応オーソドックスなやり方としては、向かい合った両者が両方の手のひらを右手は下向き、左手は上向きで前に出す。

 それで、右手は相手の左手、左手は相手の右手、それぞれの手のひら同士を合わせる。

 これを上空から見ると、伸ばした手のひら同士が合わさることで円ができているように見えることだろう。

 あとは普段の魔力操作の要領で魔力を体内で巡らせるわけだが、右手から先は相手の左手があり、その先に魔力を流さなければならない。

 この相手の体内に魔力を流す際、自分と他者の魔力の質が違うため、自分の魔力の質を相手の魔力に合わせる必要がある。

 こうして相手の体に合うように変質させた魔力を相手の体内に送るわけだ。

 同じことを相手もおこなっているので、左手には相手から魔力が送られてくることになる。

 このようにして、自分と相手のあいだでぐるぐると魔力を循環させるのが魔力交流というわけだ。

 ……まぁ、簡単そうに言ったが、相手の魔力に合わせるのはなかなかに難易度が高い技術となり、俺もかなり苦戦した。

 とはいえ、そんなこと知ったことかと、自分の魔力のままゴリゴリと力づくで相手に送り込むこともできなくはないが……相手の魔力抵抗力を大きく上回ったり、かなりの技量差があるなど要求されるものも多く、あまり上手い方法ではないことは想像に難くないだろう。

 ……そう考えると、丁寧にやっていたとはいえ薬草に魔力を込めるのは、結構ムチャをしていたのだろうな。

 ところで、そんなことしてなんの意味があんの? って思う方もいらっしゃることだろう。

 それについて、魔力交流が上手くできるようになると、仲間が魔力切れを起こしたときなんかに魔力譲渡が効率的にできるようになるのだ。

 これは俺みたいに保有魔力量が多い奴で……ぼっちじゃない奴には結構役に立つ技術と言えるのではないだろうか。

 ……なんというか、人間魔力ポーションって感じ?

 また、回復魔法みたいな他者に魔法かける場合にも応用が利くので、そういった意味でも、魔力交流を学んでおいて損はないってわけだね。

 そして……あの騎士の男がゲンの魔臓を破壊した方法も、この魔力交流の応用だろうとエリナ先生は言っていた。

 瞬間的に魔臓の許容量を大きく超えた魔力を送り込むことで破裂させた……そういうことらしい。

 正直この方法で俺の命を狙うのはあまり現実的とは言えないようだが、かと言って魔族のような先天的に保有魔力量が多い奴ならワンチャン狙えるため、その対策の意味も込めて教えてもらったというわけだ。

 そんな感じで一晩中、エリナ先生と魔力交流をおこなっていた。

 そしてやはり、エリナ先生の技術力は素晴らしいもので、魔力が俺の左手に流れてきたという感覚はあったが、不快感もなく滑らかだった。

 反対に俺が送った魔力は、魔力交流を始めたばかりということもあり、技術力の低さからおそらくゴツゴツとした違和感をなくしきれないものだっただろうと思う。

 そうした尊敬の念を抱きながら、料理中のエリナ先生を見つめていた。

 一応俺も手伝うとは言ったが、簡単だから気にしなくていいと言われてね、お任せしちゃいました。


「クリームシチューができたわ」

「おお! 美味しそうです!!」

「こっちはホットサンドよ」

「凄い!」

「ふふっ、大げさね」

「そんなことはありません!」

「ありがとう。それじゃあ、食べましょうか」

「はいっ! いただきます!!」


 美味しいのは当然のこととして、とても温まるのだ……心が。

 早朝ということで、気温は多少ひんやりしているかなってぐらいではあるが、そういうことではないのは言うまでもないだろう。

 そして、魔力交流をしていたからというわけでもないのだろうが、俺の心を温めてくれたぬくもりが全身に広がっていくような感覚も味わう。

 そんな幸せをかみしめながら思う。

 俺はまだまだ未熟者だ、いろんな人に支えてもらわなければ生きていけない奴だ。

 あのうさんくさい導き手は俺のことを「僕と同じ導き手」だなんて言っていたが、見当違いも甚だしい。

 他者を導くなど、そんな偉そうな存在ではない。

 俺にできることがあるとすれば、誰かと接していくうちに、ちょっとした刺激を与え合いながら共に成長していく、ただそれだけのこと。

 決して一方的なものではない。

 そこが俺とお前で違うところだ。

 期待されたところ悪いが、俺はお前の側に行くことはできない。

 ……いや、そもそもお前にそんな高尚な意思などないのかもしれないな。

 ただ人々に混乱をもたらして遊んでいるだけ、そんなところだろう。

 だからなおさら、そんな道に進むわけにはいかない。

 なぜなら俺は、このぬくもりと共に在りたいから。


「……エリナ先生、とても温かいです」

「ふふっ、それはよかったわ」

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