第155話 支えられてばっかり

 しばらく辺りを捜索したが、結局ゼンの姿は発見できなかった。

 おそらく既に逃走を完了させてしまったのだろう。

 騎士の男への対応から判断するに、奴もそこそこ強そうではあったが、さすがに俺だけでなく、エリナ先生とミオンさんという実力者がそろっていると、逃げの一手しか選択肢はなかったのではないだろうか。

 ……いや、もしかしたら、あれは本体ではなく、分身的な何かじゃないかとすら思う。

 そう思ってしまうほどに、鮮やかに消え失せたものだった。

 加えて言うなら、あの姿も本当の姿ではなかったのかもしれない……

 あんな簡単に正体を明かしてしまったら、今後の道を示すとかいう活動に差し支えるだろうし。

 そして、奴の話を多少でも真面目に聞こうと思った俺がバカだった。

 あんな奴に言われるまでもなく、俺は自由に生きているし、これからもそのつもりだ。

 ただ、奴の言うことで一つだけ信じてもいいこととしては、ミオンさんにも忠告されたように、俺のことを敵とみなしている貴族がいるということ。

 よって、そいつらに潰されないよう、強くならなければならないのだと再認識した。

 ……ああ、奴の望みはそれをもう一歩進めて、俺がそういった貴族と争い、あわよくば内戦にまで発展することなのかもしれないな。

 そう考えると、結局奴は王国の弱体化を狙っているマヌケ族と大して変わらん存在と言えるのか。

 いや、そもそも人間族だと言い張っていたが、それも怪しいものだな。

 さっきのも、人間族に擬態して俺の前に現れて、一度魔族の姿に戻って、また人間族に擬態したと考えることだってできる。

 とはいえ、結局奴の正体がなんなのかってことに関係なく、厄介な奴がうろついているということだけは確かだな。

 それに、あの様子だと至る所でいろんな奴をそそのかして回っているだろうことも容易に想像できるし……

 そのためこれからは、マヌケ族だけではなく、奴に誘導されて道を踏み外した奴への対処も必要になってくるということだろう。

 するとそれは今回の騎士の男みたいに、思いのままに始末して終わりにできない奴も出てくるって意味となるわけで……厳しいな。

 そうしてミオンさんはゼンの捜索を打ち切ることにし、声をかけてきた。


「あのクソガキには逃げられちゃったみたいだし、アタシもトガズスを連れてそろそろ戻りますね……っとその前に……アレス君、今回は部下が大変な迷惑をかけて申し訳ありませんでした。謝って済む問題ではないことは重々承知しています。そして残念ながら、オーガのことでトガズスに罪を問うことはできませんが、護衛対象に手を出したことについては罰が下ることになると思います。それだけで納得できることではな」

「ミオンさん、そこまでで大丈夫です。今回のことは私自身の慢心が招いたことでもありますし……その男に対する恨みの念が消えたわけではありませんが、ここから先は王国に任せます」

「アレス君……本当に、ごめんなさい」

「ミオンさん、そろそろいつものミオンさんに戻ってください、なんだか調子が狂ってしまいますし」

「ミオン、アレス君をこれ以上困らせるものではないわ」

「アレス君、センパイ……うん、わかった、わかったよっ!」


 こうしてミオンさんの謝罪を受け入れるとともに、かしこまった態度からいつもの態度に戻ってもらった。

 正直、すんごい違和感があって落ち着かなかったからね……

 その後、今もまだ泣き続けていた騎士の男を魔法でいったん眠らせるとともに運んで帰ることにしたミオンさん。


「それじゃあ、あとは若いお二人に任せて、邪魔者は立ち去るとしますかね~」

「え!?」

「ミオン! 変な言い方はやめなさい!!」

「あははっ! それじゃ、まったね~」

「ミオン! 待ちなさい!!」

「え~? 聞こえませ~ん」


 ……なんというか、ミオンさんはホント騒がしい人だなぁと改めて思った。

 そして、エリナ先生は帰らなくていいのだろうか。

 そんな気持ちを込めて、エリナ先生に視線を向けると……


「今日は私もここに泊まるわ。またさっきのような不審者が現れないとも限らないから……」

「そ、そうですか……でも、学園のほうは大丈夫なのですか?」

「ええ、それについては心配いらないわ」


 そう言いながら、ささっと野営の準備を始めるエリナ先生。

 あっという間に魔法で小屋を生成してしまう。

 ……さすがエリナ先生と言うべきか、防御力はもちろんのこと、見た目にもおしゃれな小屋だった。

 そうして星空の下、お茶を飲みながら最近の出来事や、今回の野営研修のことを話した。

 ……そしてゲンに関する話をしたとき、これといった有効な手を打てず、周囲の勢いに流され続けた俺に、今さらゲンのことを悲しむ資格があるのかという思いが浮かんできて、自分の至らなさにまた気持ちが沈んでしまう。

 そんな俺にエリナ先生は優しく接してくれるが、その優しさにすら申し訳なさを感じる。

 ……落ち込んでいるところを慰められる、前にもこんなことがあったな。

 ……結局、俺って成長性のない人間なのかな。

 そうしてしばらくそのまま過ごし、ようやく俺の気持ちも落ち着いたところで、さきほどゼンが言っていた「エリナ先生も有象無象に一度潰された」という話をふと思い出した。

 だが、そんな話をあえて聞くのも気が引ける。

 そう思っていたところ、俺のそんな気持ちを察したのか、エリナ先生が話してくれた。


「宮廷魔法士団に入団してしばらくした頃にね、ある王族に見初められたの。でも私は恋愛にはあまり興味がなかったものだから断って……けれどその王族は諦めてくれず、何度も求愛されて……その都度断り続けた」


 まぁ、エリナ先生ほど魅力的な人なんて、なかなかいないからな……

 その王族の気持ちも分からんではないが……


「それを見かねてドミストラ隊長は私を、王宮外や新人教育の担当にさせることで、なるべく王宮内でその王族と会う機会を減らそうとしてくれたのだけれど……それにも限界があって……」


 ドミストラ隊長って、確かこの前会ったエリナ先生の宮廷魔法士時代の上司の人だよな。

 でもまぁ、隊長さんに権限がどこまであるのかは知らないけど、さすがに王族相手に「うぜぇからちょろつくな」とは言えんよな……

 だから、エリナ先生の仕事内容をいじることでなんとかって感じだったんだろうなぁ。


「そうして求愛を断り続けるうちに、徐々にその王族から余裕が失われていって、最終的に『王族に対し不敬だ!』って側近も交えて言い出すようになってね……場合によっては内戦にまで発展しそうなところで、国王陛下がその王族を謹慎させて止めてくれたの」


 ナイス国王陛下と言いたいところではあるが、俺としてはもう少し早くなんとかできなかったのかと思ってしまう。


「ただ、それだけでは終わらず、『王族が謹慎しているのに、その当事者であるもう片方に何もないのはいかがなものか』という声が上がってね……議論の末、私が宮廷魔法士をやめることで決着となったの」

「そんなことが……」


 ゲームの設定では、魔法の研究や指導に興味の軸が移ったから教師になったってアッサリしたものだった気がするのだが……まさかそこまでとはね……

 そして、先ほどのうさんくさい導き手の話も加味すれば、エリナ先生の出世を望まない勢力があったのだろうな。

 いや、それどころか、あの導き手も一枚かんでいる可能性すらあるな。

 なんでも奴のせいにするのもどうかとは思うが、一つの可能性として心に留めておくか。


「あとはアレス君も知ってのとおり、学園で教師として生活しているわ」

「……そうした問題さえなければ、エリナ先生は今もまだ宮廷魔法士でいられたってわけですね?」

「まぁ、そうかもしれないけれど、実は私、今の生活が気に入っているの」

「え?」

「生徒たちの成長していく姿を見守るのって、とても充実感のあるものよ。これなら最初から教師の道を選んでいてもよかったかもって思うぐらい」

「そ、そうなんですか?」

「もちろん……それに、教師になったからこそ、こうしてアレス君の成長も見守ることができるのだし」

「成長……俺も……本当に成長できているのでしょうか……」

「大丈夫、アレス君も日々ちゃんと成長しているわ……それに、失敗することや悩むことがあっても、それは成長の糧とするの。綺麗事にしか聞こえないかもしれないけれど、それが守れなかった者たちへできる、私たちの務めだと思うから……偉そうに言っておいて、私もまだまだなのだけれどね」


 ……そうか、なんでもできるように見えるエリナ先生も、いろんな失敗や悩みを重ねて今のエリナ先生になったってことか。

 本当は言いたくなかっただろう過去の嫌な経験のことまで話して勇気づけてもらうだなんて……本当に俺は、支えられてばっかりだな。


「……エリナ先生、ありがとうございます」


 その後もいろいろなことを語り合いながら、夜は過ぎていく。

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