第150話 ちょっとしたノリで言った言葉

 エリナ先生たちが去ったことで、俺たちパーティーメンバーだけとなった。


「なぁ……ゲンの亡骸だけど、俺に任せてくれないか?」

「それでお前の気が済むのなら、私は構わん」

「僕もです」

「アレス君……」

「……いいでしょう、あなたに任せるわ」

「みんな、ありがとう」


 ゲンがもともと住んでいた山奥で、じっちゃんの隣で眠らせてやったらどうかなって思ったんだ。

 今の俺にはもう、それぐらいしかゲンにしてやれることが思い浮かばなかったから……


「それじゃあ、そろそろ気持ちを切り替えて、野営研修を再開させなければね」

「……ファティマちゃん、時間的に夕方も近いし少し早いけど、今日はもう拠点に戻って休まない?」

「……そのほうがよさそうね」


 そうして道すがら薬草なんかを採集しながら拠点に戻った。

 それから寝る時間までのあいだ、みんな口数も少なく焚火を眺めるだけの静かな時間が流れていった。

 そして就寝後、見張りの時間となった。

 みんなに俺はやらなくていいと言われたのだが、さすがにそこまで気を使わせるわけにはいかないので、昨日と同じにようにしてもらった。


「……それでは、あとをお願いします」

「おう、任せろ」

「……」


 何かを言いかけて、しかし言葉を発することなくサンズはテントに戻っていった。

 ……すまんな、サンズ。

 そして見張りのあいだ、昨日と同じように、ただの草に魔力を込める。

 なんとなく、作業をしながらのほうが落ち着けるような気がしたから。

 そんな作業中、今日あったことが自然と思い出される。

 そこで思うのは、今日の俺はダメダメだったなってことだ。

 特にファティマには無茶なことをさせてしまった。

 まぁ、あいつのことだ、一切の身を護るすべのないままミキオ君を振り下ろそうとしていた俺の前に立ったわけではあるまい。

 ただそれでも、相当の勇気が必要だったのは間違いないだろう。

 そしてあいつがいなければ今頃、俺は王国への反逆者となっていた可能性もあったわけだ……

 それについて「あんまり考えなしだと、いつか潰されちゃうゾ?」というミオンさんの言葉が思い出される。

 その前には「いろいろヤンチャしてるんだって?」とも言われた。

 俺自身、王宮の文系貴族がどうのこうのという話があることを知りつつ、あまり気にしていなかったが……

 あの発言から改めて考えてみると、まあまあマズい立場にいるのかもしれないな。

 ……俺を潰そうかと思う奴がいる程度には。

 そして、今の俺にはそれを撥ね退けられるだけの力がまだないことを、恐ろしいほどに痛感させられた。

 いや、俺だってそのことを知らないわけじゃなかった。

 ただ、あんまり実感はなかったと思う。

 そんな恐怖心を与えられたことがなかったから。

 たぶんミオンさんは、それを俺に教えようとしたのだろうな。

 加えて俺に何かあった場合、ソエラルタウト侯爵はアッサリと俺を見捨てるはずだ。

 そういった意味でも、俺にはまだまだ力がなさ過ぎるってわけだ。

 ……もっともっと強くならなくちゃな。

 そしてやはり、ゲンのことをあれこれと考えてしまう。

 あのとき、あの男の接近に気付いていれば……って。

 それと、こんなこと本当は考えたくないけど……

 俺はゲンのことをマブダチだと言っておきながら、心のどっかで「されどモンスター」って感覚があったんじゃないかって、そんな疑いの気持ちが自分に対して湧いてきたりもしてしまうんだ。

 それに、王国と本格的に揉めるリスクを頭のどっかで計算していたんじゃないか、そんなふうにも思う。

 だからこそ、それが心理的ブレーキとなって、最終的にあの男を始末し損ねたんじゃないかって……

 ファティマに止められたからとか、ミオンさんの雰囲気に流されたからとか、いろいろ理由を付けているが、結局俺のゲンに対する気持ちはその程度のものだったんじゃないかって……

 そんな考えが何度も浮かんでは消えていく。

 そんなわけない!

 ゲンは間違いなく大切なマブダチだ!!

 そう思うんだけど……

 思いたいんだけど……


「おい、なんだこれは、枯れた薬草ばかりじゃないか……そんなんじゃあ『魔力操作狂い』の名が泣くぞ?」

「……ロイターか」


 自己嫌悪に陥りかけて、ロイターが近づいて来ていたのにも気付かなかった。

 思えばロイターとも決闘を経て、マブダチと呼ぶような間柄になったんだっけ……

 ははっ……「タイマン張ったらマブダチ」だなんて、正直あのときのちょっとしたノリで言った言葉だったのにな……


「……今なんとなく、お前と決闘したときのことを思い出し……ん? 決闘? ……なぁ、あのとき正式な手順を踏んであの男に決闘を申し込んでいたらどうなっていただろうか? 理由はそうだな……『俺の獲物に横から手を出した』とでも言ってさ」

「……まぁ、無理ではなかっただろうな」

「あぁ、なんでそれをあのとき気付けなかったんだろう……」

「……だが、仮に決闘だったとしても……彼の命までは奪えなかっただろうな」

「……なぜ?」

「相手は王国騎士団九番隊副隊長で、お前は侯爵家の子息だ、そんな簡単に命のやり取りが認められたとは思えん。おそらく事前の取り決めで、命まで奪うのは厳禁となっていただろう。とはいえ、観衆の前で学生に敗れたともなれば、騎士としては死んだも同然になっていたかもしれないがな。だが、その程度でお前は納得できなかっただろう?」

「……まぁ、そうだな」

「それに、彼がお前に敗れると王国騎士団はメンツを潰されることになるだろう。その場合、これまでお前に好意的だった武系貴族も離れていったかもしれん、王国騎士団に所属する身内も多いわけだからな。そのように考えると、今より状況が悪くなった可能性もあったな。まぁ、だからこそ、お前のことを思えば先生たちも今回のような『なかったことにする』という決着を選ばざるをえなかったのだろう」

「……言われてみれば」

「さて、そろそろもう一眠りしろ、まだ野営研修は終わっていないのだし。お前は今、いろいろなことを考え過ぎているのだろう……眠ることで一度それらを手放せ」

「……そうか……そうだな……それじゃあ寝てくるよ、おやすみ」

「おやすみ、アレス」

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