第149話 申し訳なく思った

「アレス君の尋常ではない怒りの魔力を感知して様子を見に来てみれば……確かあなた、王国騎士団九番隊副隊長のトガズス・ルプズだったわね、これはどういうことか説明してくれるかしら?」

「……それは」


 俺自身、我を忘れていたみたいなところがあったのは否めない。

 それをエリナ先生に感知されてしまったのだろう。

 ……せっかくこの前、魔力の隠蔽のやり方を教えてもらったのに生かしきれず、申し訳ない気持ちになってきた。

 そしてそのエリナ先生であるが、特別な威圧をかけたりしているわけでもなく、極めて冷静な態度で男に何があったのか問いかけている。

 それだけなのに、さっきまで興奮していた男はアッサリと気圧されてしまい、返答に窮している。


「聞き方を変えるわ……なぜ生徒に襲いかかったの?」

「……許しがたい侮辱を受けたからだ」

「そもそも今回の野営研修において、私たち教師や騎士の役目は姿を隠して生徒たちを見守ることよ。そして不測の事態が起きた場合にのみ姿を現すことになっていたはずだけれど……なぜあなたは姿を現したのかしら?」

「……この子供たちが……我ら人間族にとって脅威となり得るモンスターを野放しにしようとしたから……それは許されないことだと注意しようと……」

「ゲンは脅威になんかならない!!」

「僕もそう思います!」

「私も、ゲン君はそんなんじゃないと思います」

「少なくともゲンは、問答無用の不意打ちで相手の魔臓を破壊するような奴ではなかったはずだ」

「……ゲン?」

「ゲンというのは、人間族の言葉を話すことができるオーガのことですわ」

「あら、それは興味深いわね……でも、魔臓を破壊ということは、まさか……」

「そうです、その騎士が殺めました。アレスと友情を築いたその瞬間に……」

「なるほど、アレス君のあの魔力はそういうことだったのね……」

「も~トガッちゃん! 何やらかしてくれちゃってんの~!?」


 そのとき、急にまた一人現れた。

 なんというか、日サロに通ってるのかなっていう見た目のギャルっぽいお姉さんだった。


「……隊長」

「……ミオン」

「おひさ~エリナセンパイ!」


 隊長って、マジか……しかも「エリナセンパイ」って言うぐらいだから後輩なのか……マジかぁ……


「……ミオン、部下の教育はどうなっているの?」

「ごめんなさ~い!!」

「隊長! 隊を率いる者がそんな簡単に頭を下げるものでは!!」

「ん~ちょっと黙って?」

「くっ! 承知……しました」


 明らかに年下のギャルに、まあまあ中年の騎士が沈黙させられている……

 そんなギャルのお姉さんだが、今はエリナ先生に説教されているという……

 説教する際、ある程度離れて行ったので、細かい内容まではよく分からない。

 それにしても、ギャルのお姉さんが登場してからというもの、急激にシリアスな雰囲気が弛緩して行っているように感じる。

 マジでなんなんだ、あの人……

 そしてなんとなく、近くに集まっていたパーティーメンバーに視線を向けると、みんな同じように困惑顔を浮かべている。

 その後、ようやくといった感じでエリナ先生の説教から解放されたギャルのお姉さん。


「へぇ、君が今何かと話題のアレス君? う~ん、でも、アタシが前見た記憶だと、もっとぽよんぽよんしてた気がするんだけどなぁ?」

「え?」


 ある程度離れた距離にいて、視界に捉えていたはずなのに、一瞬で背後を取られた。

 そこで、お姉さんの甘い香りが俺の鼻孔をくすぐり、元気のいい声が俺の右耳を刺激する。

 そんなことを思っていたら、左側から圧力を感じる。

 ……そこには無表情のファティマがいた。

 ごめん、その顔やめて! 俺のせいじゃないから!!


「そんで最近、いろいろヤンチャしてるんだって?」

「いや、まぁ、その……」


 顔が近い、動揺して返事がしどろもどろになってしまう……


「だ・け・ど……あんまり考えなしだと、いつか潰されちゃうゾ?」

「ッ!!」

「なんちゃって~ビックリした?」


 心拍数が急激に上昇し、冷や汗が止まらない。

 ほんの一瞬殺気を向けられただけだったが、この世界に転生して来て、ここまで死の恐怖というものを感じさせられたのは初めてだった。

 それはこのお姉さんに己の命が握られてしまい、あとはもうこの人の気分次第でどうとでもされてしまうのだろうという諦めにも似た感覚だった。

 もちろん魔纏はしっかり展開しているし、防御には自信があったはずなのにだ……


「めんごめんご、お詫びにハグしてあげるから許してね?」

「あっ」


 瞬間的に向きを変えられ、抱きしめられる。

 そして頭部がガッシリとホールドされ、視界が埋められてしまった。

 離れようともがくが、思いのほかお姉さんの力が強く、離してもらえない。

 すると背後から……そう、ファティマのいたあたりから強い圧力を感じる。

 だから、俺のせいじゃないんだって……


「あれ~? そっちのちっちゃい子もハグして欲しいの? いいよ?」

「……遠慮しておくわ」

「遠慮なんかしなくていいのに~」

「……ミオン、アレス君が困っているからそれぐらいにしておきなさい」

「は~い」


 ……やっと解放された。

 うぅ、今は誰とも顔を合わせられない……

 あぁ、俺のクールなイメージが……

 そしてギャルのお姉さんことミオンさんは、エリナ先生から小言をいくつか頂戴したあと、野営研修の巡回に戻って行った。

 ……騎士の男もそのとき同時に。


「それじゃあ、私も巡回に戻るわね。今回のことは残念だったけれど……それを引きずって残りの野営研修中に思わぬミスをしないように気を付けてね」


 そう言い残し、エリナ先生も去って行った。

 それと今回、俺と騎士が揉めたことはなかったことになった。

 ……ゲンがそれを求めたかは分からないが、仇を討てず申し訳なく思った。

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