閑話5 エリナの見守り

「エリナ先生、今回の決闘騒ぎ……生徒たちから話を聞いた多くの貴族家から苦情が来ている」

「コモンズ学園長、その言い方では語弊があるかと……苦情のほとんどは王宮と中央の文系貴族家からです」

「ガイエル副学長……言いたいことはわかる。だが、そこが問題ではないのだ、苦情が多く寄せられたという事実こそを重く受け止めねばならんのだ……それでエリナ先生、その苦情の内容だが……想像がつくかね?」

「……アレス君のことでしょうか」

「そうだ……アレス君の闘い方が苛烈すぎるとのことだ……おっと、宮廷魔法士団ではあの程度、日常茶飯事だったなんてことは言わんでくれよ? ここは学園だ」

「……はい」

「嬉々として相手の手足の骨をひたすら折り続けるなんて非道な闘い方……学園は一体なにを教えているのかと非難の声がこれでもかと殺到しているのだ……もっとも、あの決闘はロイター君にも問題があったのは確かだ、彼も実力の差を早々に認めて降参するべきだった……いや、決闘というのはお互いの意地を通す場で、他人がとやかく言えるものではないことも理解はしているつもりだ……」

「……はい」

「だがな、アレス君の場合は先日の……大きな騒動にこそならなかったが、王女殿下を取り巻く生徒たちに語った内容、あれも王宮内で問題視されているのだ……『アレス・ソエラルタウトは貴族家の伝統を軽んじているのか!?』とな。そんなわけで今、アレス君は王宮内で酷く評判が悪い。しかもこれは、誰かが意図的に流した悪評でもない……このままでは彼のためにもよくない。よって担任のエリナ先生から少し自重するように指導してあげて欲しいのだ」

「……承知しました」

「そしてロイター君にも……意地を貫きたい気持ちもわからなくはないが、あのようなことを続けていては命を縮めることにもなりかねん、そのこともしっかりと言って聞かせてやってくれたまえ」

「……はい」

「……話はそれだけだ」

「わかりました、失礼します」


 学園長の表情からうかがい知れる強い疲労感……

 王宮や中央の文系貴族から寄せられる批判の声がよっぽど激しいようね。

 私の感覚からするとアレス君の絶妙な手加減とロイター君の回復魔法の練度を褒めてあげたい気持ちも少なからずある。

 でも、王宮や中央の文系貴族家からの苦情、そして学園長の言うこともわからなくはないから、2人にはその点について話をしておかなければならないわね……

 そう思いながら研究室に戻る途中、ここから少し離れたところで闇属性の精神に干渉する魔法の発動を感じた。

 魔法を行使している本人は隠蔽を施しているつもりでしょうけれど、他人に気付かれる程度ではまだまだ甘いわね。

 それはそれとして、魔法を受けた側が自力で対処出来ればいいのだけれど、無理そうなら私が止めなければ……

 そう思いながら現場へ向かうと、そこには2人の女子生徒がいた。

 1人は今回の決闘における中心人物となったファティマさん、もう1人は……確かズミカさんだったかしら。

 そして、魔法を行使しているのはズミカさんね。

 ファティマさんが自力で精神への干渉を撥ね退けることを期待して、まずは様子を見てみましょうか。


「ファティマ様! 私……今朝のアレス様とのお話……たまたま近くを通ったときに聞いてしまいました」

「……そう」

「アレス様ったら、ファティマ様のことを友達だなんて、酷すぎます!!」

「……友達」

「私たち女子は、この学園でどんな結婚相手を見つけるかによって人生が決まると言うのに……それを夜会のエスコートまでしておいてあの言い草、アレス様はどうかしています!!」

「……友達……そうね、友達……いいじゃない、それで」

「……ファティマ様?」

「ふふっ、私……アレスの友達なの……そういうわけだから……」


 その瞬間、ズミカさんの右腕が宙を舞った。

 ファティマさんが風属性魔法の刃でズミカさんの右腕を斬り飛ばしたのだ。


「え? ……ぎゃぁぁぁぁ!! い、いだい、いだぃぃぃ!! わだじのうで! うでぇぇぇ!!」

「そんなに大袈裟に騒ぐことないじゃない、ポーションを持っていないの?」

「ボー……ジョン!? ボージョンンンン!!」


 ポーションの存在に気付いたズミカさんは大慌てでポーションを飲み干し、右腕が再生される。


「グウッ……ウゥ……フゥ……な、なんのつもりだ! ファティマ・ミーティアム!!」

「なんのつもりって……あなたから精神攻撃を仕掛けて来たんじゃない」

「なッ!?」

「そういえば、その青白い肌……あなた、魔族なのね? さっきまで上手く人間に擬態出来ていたのに……それも保てないほど痛かったかしら?」

「くッ! 劣等種族の分際で!!」

「そう言うわりに、私にアレスへの敵対心を持たせようとしてきたわね? そんな回りくどいことをしたのは、劣等種族のはずのアレスが怖かったからじゃないの?」

「そんなわけあるか!!」

「ふふっ、強がりはいらないわ。アレスったらこれからどんどん大きくなりそうだもの……あなたたち魔族はそれを恐れているんじゃないの? それに、アレスと関わった人は可能性が刺激されるみたいでね……学園の中だけでも王女殿下の周りの男子たち、それにロイターもそう。わかるかしら? ロイターなんか、去年の王国武術大会少年の部で優勝した程度でどこか落ち着いてしまって……小さくまとまりかけていたのよ? それが、アレスとの決闘を経て、一回りも二回りも大きくなれそうなの、素敵でしょう?」

「な、なにを言っているんだお前は……?」

「なにって、アレスの面白さに決まってるじゃない。でも、そうね……男女の仲という枠組みでしかものを考えていなかった私も考えの幅が狭かったかしら……まだまだ大きくなっていくアレスを友達という席から見るのも面白いかもしれないし、今はそれでいいわ。そのことに気づかせてくれたあなただから、今回は腕一本で許してあげたの。本来なら、ここ最近私の周りをうろついていたこととさっきの精神攻撃、ついでに決闘の日の罵詈雑言を合わせて首を刎ねていたところよ?」

「劣等種族が舐めたことを!!」

「あら、私を舐めたのはあなたじゃないの。小柄なせいか、私ってどうしても甘く見られるのよね……本当に嫌だわ」

「その減らず口、もう許せん!!」


 さっきはファティマさんも本気で殺す気がないみたいだったからそのままにしておいたけれど、ここからはそうもいかなそうね……


「2人とも、そこまでよ」

「……エリナ・レントクァイア」

「あら、エリナ先生、ごきげんよう」

「はい、ごきげんよう……さて、ズミカさん……悪いけど拘束させてもらうわ、理由はわかるわね?」

「くッ!」

「逃げようとしても無駄よ」

「こんなものぉ! くぅッ!!」


 ズミカさんを地属性魔法の鎖で雁字搦めにした。

 敵対する魔族とはいえ、学園の生徒となった子の命を奪うようなことはしたくない。

 それに、どうやら末端魔族に施された自滅魔法は魔族の実力者なら解除出来るようなので、ガイエル副学長ならその解除も可能だろう。

 その後は、コモンズ学園長に人魔融和の精神をたっぷりと語ってもらうっていうのはどうかしら。

 きっと学園長、殺到した苦情の疲れを吹き飛ばすかのように、この上なく饒舌に語ってくれるわよ?

 よかったわね、ズミカさん。


「ファティマさん、先ほどの闇属性魔法への対処と不意打ちの風属性魔法、どちらも素晴らしい練度だったわ。ただ、あの不意打ちは他の先生からは叱られるかもしれないから、ほどほどにね? それと、ズミカさんが魔族だったことについては秘密にしておいてくれるかしら?」

「もちろん、王宮の方たちが煩そうですし、構いませんわ」

「ありがとう。それじゃあ、ズミカさんとお話もしなくちゃいけないから、今日のところはこれで」

「はい、ズミカさんでしたか……その方のこともよろしくお願いしますね」

「ええ、任せて」

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