第96話 約束していたわけでもないけどさ

 朝が来た。

 あれから一晩中ゴチャゴチャとアレコレ考えていた中で、ファティマに俺の本心だけは言っておくべきだと思った。

 なぜなら、この王国の貴族の大半は学園で結婚相手を見つけるわけで、ファティマにとってもこの3年間がとっても重要になってくるはずだからだ。

 しかしながら、俺にはまだ明確な結婚願望みたいなものがないんだ。

 好きな人を好きだと想っていられればそれで満足出来てしまう部分もあってさ……エリナ先生とお茶をしている時間とか、あれだけで俺にとっては幸せすぎてとてつもないことなんだ。

 それに、前世感覚も影響していて、結婚は大学の卒業と就職して落ち着いた後の20代後半とかもっと先……場合によっては生涯独身だって有り得るって思ってたからさ、こんな10代の前半で決めろって言われても正直困るんだ。

 まぁ、貴族社会で生きるつもりがないんだったら、結婚マウントみたいなのも関係ないからその辺は自由でいいみたいなんだけどね。

 そうやって考えていくと、たぶん俺ってこの先も恋愛方面は気持ちが定まらずフラフラしてしまう気がする。

 そんな俺を待ってファティマに貴重な3年間を浪費させるのは申し訳ないなって思ったからさ、そのことだけは伝えときゃなきゃって思ったんだ。

 そんなことを思いながら朝練に向かう。

 そしていつも通り、ファティマと出会う。

 別に約束していたわけでもないけどさ……もしかしたらこれも今日で最後かなって思うと感慨深いものがあるね。


「おはよう。今日は随分と深刻そうな顔をしているわね……昨日のことがこたえたのかしら?」

「そうかもな……それでな、今日はお前に言っておかなきゃならないことがあるんだ」

「そう、なにかしら?」

「えっとな……その……お前が俺に向けてくれる好意は嬉しいんだが、今の俺には結婚願望みたいなものが薄くてさ……正直そういうのはまだよくわからないんだ。もちろん、別にお前のことが嫌いというわけじゃないんだ……だけど、俺の感覚としてはお前は友達って感じなんだ、その……ごめん。それで、そんな気持ちの俺とこのままズルズル行くとさ、お前の学園での大事な3年間が無駄になってしまうって思ったんだ。ほら、この王国の貴族はこの学園で相手を探すだろ? だからさ、ここで俺の気持ちをハッキリとさせとこうと思って……だから結局……俺はたぶんお前の気持ちに応えられそうにないんだ……」

「……言いたいことはそれだけ?」

「あ、ああ……」

「………………そっか……私の一番欲しいものって、やっぱり手に入んないや」

「え?」

「いえ、なんでもないわ」


 そう言って俺に背を向けるファティマ。

 そして数歩進んだところで立ち止まり……


「……私はファティマ・ミーティアムよ。なにを勘違いしたのか知らないけれど……自惚れるのも大概にすることね」


 そう言い残して去っていった。

 ファティマ……震えた声で言っても説得力ないぞ……

 そして………………やっちまったな。

 でも、このまま行ってもファティマにとっていいことはなかったはずだし……

 ただ、もっといい方法はなかっただろうか……

 俺に背を向ける瞬間、最後に見たファティマの顔、その目からは涙の雫がこぼれていた……

 俺はファティマにあんな顔をさせたかったわけじゃないんだけどな……失敗した。

 その後のことをはっきりとは覚えていないが、なんとなくルーティンを体が覚えていたらしく、おぼろげながらにシャワーと食事を済ませたことだけはわかる。

 そして、ぼんやりとした頭で授業を受け、今は昼食中。

 ……ああ、そういえば、ボードを取りに行かなきゃだったな。

 武器屋のオッサンに迷惑をかけるのも悪いし、さっさと取りに行こう。

 そうして、昼食を終えた俺は武器屋に向かった。


「ん? ああ……お前さんか、雰囲気が違ったから一瞬わからなかったが……まぁいい、ボードは出来てるぞ。てっきり闇の日に取りに来るかと思っていたんだがな?」

「俺もそのつもりだったんだが、急用が入ってしまってな……取りに来るのが今日になってしまった」

「そうか……そしてこれが注文のボードだ。裏庭で試乗してみるといい、なんか不具合があったら言ってくれ」

「わかった」


 オッサンに言われて裏庭で試乗をする。

 ふむ、魔力による吸着も問題ない。

 軽く浮かせて動いてみても、特に変な感じもない、オッケーだ。


「大丈夫みたいだ」

「それはよかった。知っていると思うが一応言っておくと、この学園都市を囲うように結界魔法が張ってあるから、ボードで街の内外を飛び越えることは出来ないから気を付けておいてくれ。あと、あまり高度を上げ過ぎるとドラゴンなんかの高位モンスターの縄張りに入り込む可能性があるから、それも注意が必要だ。まぁ、話のわかる温厚な奴なら見逃してくれるだろうが、血の気の多い奴に出くわしたら最悪だからな……とはいえ、普通に乗るぶんにはその領域まで高度を上げる必要もないだろうがな」

「なるほど、気を付けるよ」

「そうしてくれ、お前さんはなかなかの上客だからな、ははは」

「フッ、そうか」


 お、いかついだけかと思っていたが、オッサンもこういう軽口を言うんだな。

 いや、もしかしたら俺の沈んだ雰囲気を察したオッサンなりの気遣いかもしれんな……ありがとう、オッサン。


「それじゃあ、また来るよ」

「おう。くれぐれもボードは気を付けて乗れよ!」

「ああ、気を付けるよ」


 こうして武器屋をあとにし、街の外へ。


「さて、さっそく乗ってみよう」


 いろんなことを忘れて、今はボードに乗ることにだけ集中しよう。

 まずは、ボードの下に風属性魔法を生成し浮上。

 オッサンの忠告もあったしな、森の木を超えたあたりで高度は抑えよう。

 まぁ、今の俺でもドラゴンと戦えなくもない気はするんだけど、ドラゴンの名は伊達じゃないからな……

 ちょっとしたミスで簡単に殺されてしまうだろうから、リスクが高すぎる。

 しかも、この世界のドラゴンって知能が高いから普通に意思疎通も出来て、温厚な奴なら地味に共生可能らしいから、無理して討伐する必要もないんだ。

 ていうか、基本人間の方が負けるし。

 まぁ、ドラゴンの話はそれぐらいにして、気分に任せてその辺を適当に飛ぼう。

 この風を切って飛ぶ感じ、たまんないね。

 この自由な感じ、最高だ。

 そうして、しばらく空の世界を楽しんでいたら下から切羽詰まった声が聞こえてくる。


「クソッ! なんでこんな浅いところにオーガが出てくるんだよ!!」

「この人数じゃ、なんぼももたねぇぞ!!」

「助けてぇ! 死にたくない!!」


 オーガだと?

 俺が探しているときにはなかなか出てこなかった癖に、変なタイミングで出てくる奴だな。

 まぁいい、さっさと救援に行こう。

 そして、すぐさま降下。


「お前たち、大丈夫か?」

「な! え?」

「空からゴブリン狩りが降ってきた!」

「あ! ああ!! 俺たち、助かるのか!?」


 軽く声をかけてみたが、あんまり役に立つ回答は得られなかった……ま、おそらく大丈夫なのだろう。


「とりあえず、大丈夫なら逃げろ」

「え? ゴブリン狩りはどうするんだ?」

「あいつを倒すに決まってるだろ? ああ、そうだ、獲物の横取りになってしまうが構わないか?」

「いや、それはいいっていうか……俺たちじゃ勝てないし……」

「無茶すんな! 俺たちと一緒に逃げよう!」

「心配いらない、あの程度なら余裕だ」


 どうやら呑気に会話をする時間はここまでらしい。

 俺の登場に一瞬面食らっていたオーガが、ゆっくりと移動を再開した。


「とりあえず、つらら発射」


 まずはお試しでつららを撃ち込んでみたが、すべて拳で砕かれた。


「へぇ、やるじゃん?」

「や、やっぱり無理だ! 逃げよう!!」

「4人で上手く連携したら、あいつも撒けるハズだ!」

「もう、おしまいだぁ!」


 ちょっと静かにしてくれないかな……

 最近、手加減の練習をしすぎていた癖で、手加減用のつららを撃ってしまっただけだし!


「あれは、奴の強さを確かめただけだ、本番はこれから!」


 そう言って、スタンバってたミキオ君を抜く。

 さぁ、蹂躙モード全開で行こう。

 オーガには悪いが、今日の俺は優しくないぞ。

 そのとき急に、俺から距離を取ろうと後方に大きく跳ぶオーガ。

 野生の勘でも働いちゃったのかな?

 でもダメさ、今の俺には風歩があるからね、その程度の距離ならすぐ詰められる!


「ガァ!」

「おっと、素早いね!」


 どうやら奴は、ミキオ君のヤバさがわかるようで、必死に避けて逃げようとする。

 ダメだよ、逃がさない。

 それに、やっと会えたんだからさ!

 その後、壮絶な追いかけっこを経て、オーガの討伐を終了した。


「ゴブリン狩りが……マジでオーガを狩っちまいやがった……」

「つえぇって聞いてはいたけど、ここまでとは……」

「た、助かった! 助かったんだぁ!!」

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