第86話 引き寄せられる

 学生寮の自室に戻って来た。

 まずはシャワーで汗を流す。

 トレントのマラカスを振り回すのに汗をかいたのはもちろんだが、空中移動の際に風の塊を生成するタイミングをミスって何度か墜落しそうになって冷や汗なんかもかいたからね……

 そんなわけで、さっぱりしたあとは夕食をいただきに食堂へ。

 お、いるいる、玉砕ボーイズ!

 さて、今日の成果はどうだったのかな? お兄さんに聞かせてみ?


「この世で僕のことなんかを好きになってくれる人なんていないんだ……」

「俺には魅力というものがないのかなぁ……」

「フッ……まだまだ慌てるには、早すぎますねぇ……」


 ふざけて玉砕ボーイズとか言ってごめん!

 そんなに状況が悪いなんて思っていなかったんだ!!

 おい、恋愛マスター! なんとか言え!!


「おいおいお前ら、そんなに悲壮感をだすにはまだ早いぞ?」

「チッ! 相手がいるからって、いいご身分だね!!」

「やっぱり男の魅力は魔力量なのかなぁ……」

「フフフ……このヒリヒリとした緊張感、たまりませんねぇ……」


 お、魔力操作の重要性に気付きそうな小僧がいるな。

 そうだぞ、この世界の生きとし生けるものすべて、意識の有無にかかわらず自然と魔力に引き寄せられるからな!

 そのことに思い至ったお前は偉いぞ!

 ……まぁ、そのせいでマヌケ族まで寄ってくるけどな!!


「そう自棄を起こすな、大丈夫だ、まだ可能性は残されている」

「チッ! またなんの役にも立たないアドバイスを偉そうに述べるのかい!?」

「もういいぞ……俺もあの人みたいに魔力操作をやって……魔力量が増えたらファティマ嬢みたいな令嬢に……だからもういいんだ……」

「フフフ……ワタシは冷静そのもの、ですがねぇ……」

「いいから聞け、今日がダメだったからって、明日もダメなわけじゃない。なぜなら、そろそろ令嬢たちも焦りだす頃だからだ! おそらく今日はまだ彼女たちにも余裕があった。だが、夜会の前日となる明日ならその余裕も崩れてくる、言っては悪いが今日気に入った男に声をかけられなかった令嬢の自信は今頃地に落ちていることだろう。だから明日だ! 既に一度先約という理由以外で断られた令嬢にだって、自信を失った明日なら理想も下がっていて可能性があるはずだ!」

「ほ、ほんとに?」

「魔力操作……やらなくていい?」

「それはたぶん、先生に怒られるからやっとけ」

「フフフ、ようやくワタシの待っていたときが来ましたねぇ!」


 うん、なんとか玉砕ボーイズのモチベーションも回復したみたいだね、よかったよかった。

 明日、俺も心の中で応援してるよ!

 あと、魔力操作の重要性にせっかく気付けたんだから、しっかりやっとけよ!!

 そんな感じで夕食を終え、自室で魔力操作筋トレと精密魔力操作を丹念に行い眠りについた。


「う~ん、リズミカル!!」


 ……トレントと一緒にマラカスを振っている夢を見た。

 たぶん、ミキジ君とミキゾウ君をお迎えしたからだろうね、軽快なリズムに乗って歌い踊っていた。

 あんな夢を見てしまうと、これからトレントの討伐に躊躇してしまいそうな気がしてくるね。

 まぁ、トレントに関しては腹内アレス君も実ぐらいしか興味を示さないだろうし、どうしても必要なとき以外は無理に狩らなくてもいいかな。

 そんなことを考えながら朝練に向かう。

 そして今日もきゅるんとした小娘が登場。


「おはよう。明日の夜会のことだけれど、もう1人増えていいかしら?」

「おう、それは別に構わんが、そいつは相手がいないのか?」

「ええ、いないわ。ただ、その気がないだけだから勘違いしないように。昨日だってたくさんの男子に誘われて断るのに苦労してそうだったから、こっちに呼んだの」

「ふぅん? まぁ、どうでもいいがな」

「ふふっ、明日は両手に花になるわね?」

「…………花より団子かなぁ」

「なにか言った?」

「いや、別に……それで、そいつは今いないのか?」

「あの子、朝が弱いから……」

「そうか」

「今日の昼にでも顔合わせをしましょうか?」

「いやいらん。どうせ明日だ、大した差じゃないし面倒だ」

「ふふっ、あなたならそう言うだろうと思ったわ」

「……そうか」

「それじゃあ話はそれだけだから、またね」

「ああ、じゃあな」


 なんというか、風よけ君って感じかな?

 まぁ、夜会なんて数時間のことだし、適当に過ごしてたらすぐ終わるだろう。

 ……あ、玉砕ボーイズに嫉妬されちゃうかな?

 でも俺、ただの風よけ君だから許してくれよな!

 そうして朝練を終え、シャワーでひと汗流し、朝食へ。

 今朝もまた玉砕ボーイズの近くに座る。


「お前ら、今日が勝負だからな! 明日になってしまえば令嬢たちも夜会で男を探す方向に切り替えてしまう、だから今日だ!!」

「よし、僕はやるよ! 絶対だ!!」

「今日こそは! 俺の魅力を最大限に発揮してみせる!!」

「フッ、ここからがワタシの時間ですねぇ」


 おお、一晩経って玉砕ボーイズの悲壮感も完全に払拭出来たようだし、気合十分って感じだね!

 君たちが成就ボーイズになれることを俺も心の中で祈っているよ!!

 そんな感じで、男子寮の食堂ではあっちこっちから気合の入った小僧の熱気が発せられている。

 みんな今日に賭けてるんだなぁ、そんな彼らに幸あらんことを。

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