第84話 向かい風
空中移動の練習を終え、シャワーと夕食を済ませ、自室でしばしくつろぐ。
このなんでもない時間でさえも優雅に楽しめるのが大人ってもんだね、俺の肉体年齢13歳だけどさ。
そして、明日武器屋のオッサンに俺の意図が伝わりやすいように、前世の記憶を引っ張り出してスノーボードのイラストを描いてみる。
なんとなく長方形で両端が半円形でちょっと反ってるってイメージなんだけど……
う~ん、正直なところ前世ではスキーしかやらなかったからな、これが正確な形状なのか自信がないけど仕方ないかな。
まぁ、それっぽければいっか!
乗り心地が悪かったら、その都度改良していけばいいし。
いやぁ、こんなことなら前世でスノーボードをやっときゃよかったな。
興味はあったんだよ。
高校時代にアイドル好きの鈴木君に誘われてビッグエアの大会を見に行ったときなんて、派手で大迫力な技を目の前で披露している選手たちがめっちゃ輝いて見えてマジでカッコよかったし!
ルールとか技の意味なんかはあんまりよくわかってなかったけど、とにかく凄そうな大技を決めた瞬間の会場が一体になる感覚とかめっちゃ興奮したし!!
ちなみにだけど、鈴木君の目的は大会を盛り上げるために行われたアイドルのライブ。
そんな俺たちの熱狂したところが違うせいか、大会が終わって帰るときの2人の会話が微妙に嚙み合っていなかったのも今では懐かしい思い出だね。
そんな感じで憧れはあったんだけど、スノーボードってクラスで人気者な陽キャ男子がやるものってイメージがなんとなくあったからさ……「お前が?」って思われそうでやれなかったんだ。
でもこっちの世界の俺はダイエットにも成功したイケメンアレス君だからね、スノーボードも似合う男になったはず!
だからこれからは堂々とスノーではないだろうけどボードにも乗れちゃうのさ!
やべぇ、そんなこと思ってたら、めっちゃ楽しみになって来た!!
明日は上手い具合に俺の気持ちが武器屋のオッサンに理解してもらえるといいんだけどな、どうだろうな。
そうして、懐かしい思い出に浸りつつイラストを完成させ、いつも通りの夜錬を終えて眠りについた。
「俺の技で会場を沸かせる!!」
あぁ、夢か……
あのジャンプ台から飛び出す瞬間のスリルと高揚感、たまらなかったね……実際に経験したことはないけどさ。
でもま、これから経験していけばいいよね、俺にはまだまだ時間も機会もある……ゲームの強制力により破滅しなければだけど。
さて、そんなちょっぴりおセンチな気分も味わいながら朝練に行きますかね。
そうだ、昨日追い風式の風属性魔法がしっくりこなかったけど、向かい風式にして魔力操作音読ウォーキングの負荷を高めてみるっていうのはどうだろう。
ついでだから追い風式もこれで練習して慣れるようにしようかな。
「おはよう。今日もまた不思議なことをしているのね」
「おお、お前か。どうだ、向かい風に立ち向かう男の雄姿は?」
「体がサイズダウンしたせいで空気抵抗が少なそうね」
「……そうか」
コイツ、俺のダイエットした姿が未だに気に入らないようだな。
だが残念だったな、お前が求めるアレスにはもう二度と会えやしないだろう。
こんなに近くにいるのに、遠く離れてしまった2人に心の中で涙をひとつ零してやろうじゃないか。
そうして簡単な挨拶を交わし、またそれぞれの道を歩みだす。
そんな感じで朝練を終え、ささっとシャワーを浴びて朝食へ。
お、きゅるんとした小娘の名前を教えてくれた親切な小僧どもじゃないか、昨日の成果はどうだったのかな?
「ねぇ! 昨日言ってたことってホントなの!? 誘いを待ってる女の子なんか全然いないじゃないか!!」
「成功者の俺が言うんだ、当たり前だろ?」
「高望みしているつもりはないのだがな……」
「フフフ、狩りというものは焦ってはいけませんねぇ」
「……そんなこと言ってる間に時間がなくなっちゃうよぉ!」
「いけませんねぇ、そこをグッと堪えて最高の瞬間を狙いすますのが本物の狩猟者というもの」
「そうだぞ、そこんところを理解しないといつまでたっても見習いを卒業出来ねぇぞ?」
「ふむ、そういうものか……」
「そんなんじれったくてい~や~だぁ~!」
「ふぅ、やれやれだな」
「ですねぇ」
「……お前も上から目線で語っているが、まだ相手が決まっていないのだろう?」
「……フッ、まだその瞬間が来ていないだけのことですねぇ」
なんというかダメそうな雰囲気が漂ってるが、あいつら大丈夫か?
いやまぁ、別に今回ですべてが決まるってわけでもないだろうし……
俺みたいに断り切れなかった奴も男女ともにある程度いるだろうから、次の機会だってある……よな?
「いいか? 春季交流夜会まで今日と明日の2日猶予があるわけだ。この2日を『もう』と考えるか『まだ』と考えるかで結果が変わることをまず認識しろ」
「ほう……」
「そんなことごちゃごちゃ言ってても結局はおんなじだよぉ!」
「仕方ない……そんなせっかちさんに贈るアドバイスは数だ! これから目に入った令嬢全員に声をかけろ! 断られるのが恥ずかしいとか、そんなちんけなプライドなんか捨てちまえ!! そうすれば必ず誰かは応じてくれるはずだ!!」
「えぇ……」
「……そんなことをして令嬢たちの間で悪い噂が立たないか?」
「立つだろうな……だが、それがどうした? 多くの令嬢から嫌われても1人、たった1人の令嬢がお前を認めてくれればそれでいいだけのことだろう?」
「むぅ……」
「フッ、そもそも直接的な言葉を使わなければいいだけのことですねぇ」
「その通りだ。回りくどく、こちらの意図を気付かれないような何気ない会話をしながら相手の気持ちを探る。そうして行けそうだと判断したときだけ誘えばいい」
「簡単そうに言うけど、声をかけた時点でバレバレじゃないかぁ!」
「俺もそう思うが……」
「そうかもしれんな……だから、ここからはお前たちがどう動くかを自分で決めろ。俺に出来るアドバイスはじゅうぶん授けたはずだ」
「フフフ、決断のときですねぇ」
なんか恋愛マスター気取りの奴がいるんだが……あいつのアドバイスを真に受けて本当に大丈夫なのか?
下手したら玉砕公子とか呼ばれるようになるんじゃないか? そうなったら可哀そうだぞ?
俺みたいに卒業後はまったく自由気ままな生活を送るつもりなら大した問題にもならないだろうけど……
そうして、彼らの2日間が少しだけ気になりつつ朝食を終え、授業へ向かう。
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