第77話 驚愕するがいい

 プレゼント用の魔鉄のナイフも購入し、学生寮に戻って来た。

 確か、ギルドの解体士採用試験は当日に結果が発表されるって話だから、明日会うタイミングがあればそのときプレゼントしてもいいし、明後日の地の日にゼスたちとメシを食う前にちょこっとギルドに寄ってでもいいな。

 とはいえ、天才解体少年の方は既に道具を選ばない段階に突入してても驚かないけどね……

 ま、解体士にとってナイフは必要なもんなんだし、いいナイフは何本あってもいいでしょ。

 そしてガンガン使い込んで、是非とも魔力の扱いにも習熟してもらいたいもんだね。

 さて、そんなこんなで、現在夕方。

 思ったより早く帰ってこれたので、ちょっと時間に余裕がある。

 なので、腹内アレス君が「美味そう」認定したオークを解体して焼肉にしようと思う。

 何気にこの学園、解体場とバーベキュー施設も完備している。

 ……貴族子息の小僧どもが散々解体という作業を貶していたが、解体場があるところを見るにやはり学園としても大事な技術と考えているのだろう。

 でもま、今現在解体場にいる学生の人数も少ないし、たぶん平民出身の学生や下位貴族の子息っぽい雰囲気の学生ばっかり。

 間違っても「僕ちゃんは、都会的な中央貴族様だい!」って感じの奴はおらんね。

 それはともかくとして、俺もさっそくオークの解体に取り掛かりますかね。

 解体講習で出会った仲間でありライバルでもある彼らに俺も負けてられん。

 そうして、大胆かつ丁寧に解体作業をこなし、焼肉用の肉が準備出来た。

 もう腹内アレス君が待ちきれないっていう雰囲気を出しているので、バーベキュー施設に即移動。

 よかった、空いてる……っていうか先客はなし。

 おそらく貴族の坊ちゃん嬢ちゃんたちは自分でメシの準備をするって感覚に乏しくて、焼肉なんかあんまりやらないんじゃない?

 ……これって俺の偏見かな?

 でもま、これで満員ですサヨナラってなったら腹内アレス君が黙ってなかっただろうからね、助かったよ……そこにいただろう人たちがね、くっくっく。

 そんなわけで機嫌よく焼肉の準備を終え、いっただっきま~す!

 そうして焼肉を食べようとしたとき、なにやら視線を感じるなと思ったら……きゅるんとした小娘がそこに!

 相変わらず嫌そうな顔をして……いない!!

 なんかいつもより表情が柔らかい……君、そういう顔も出来たんだね。

 俺が言うのもなんだけど、君はそういう顔でいた方がいいと思うよ?

 そうしたら俺以外の男子諸君が君に惚れちまうだろうからね!

 ……まぁ、俺にはエリナ先生がいるからね、小娘に用はない。

 とはいえ、あれだけ俺に嫌そうな顔をぶつけてきたんだ、俺の好意をあちらさんサイドも求めてはいまい。

 しかし君、今回はやけに熱心な視線を向けてくるね……そんなにオークの焼肉が食べたいのかい?

 仕方ないなぁ、君にも焼肉を食べさせてあげようじゃないの!

 どうだい? 俺って気前のいい男だろう?


「そこの娘、お前も食うか?」

「そのお誘い、お受けしてあげるわ」


 なんていうか、いい感じに上から目線だね。

 さすがきゅるんとした小娘だ、期待を裏切らない。

 しかし、その澄ました顔も今だけだぜ?

 腹内アレス君厳選の特別なオーク肉だ、その美味しさに驚愕するがいい!


「このような料理……初めて食べたけれど、なかなか美味しいものね」

「そうだろう?」


 思ったよりは落ち着いたリアクションだが、俺の目は誤魔化せないぞ? オークの肉をひと噛みした瞬間の顔、直後に表情を戻していたが、あれは絶対に美味すぎてビビった顔に違いない。

 しかも、メシが絡むとめんどくせぇタカテスおすすめのタレも使ってるんだ美味しくないわけがない!

 このにんにくが効いててガツンとくる感じ、たまらんだろう? って貴族の令嬢がにんにくの匂いをプンプンさせて大丈夫か? 地味にやっちまったか?


「その、なんだ……」

「どうかしたのかしら?」

「えっと……すまん、にんにくの匂いのことを忘れていた……」

「匂い? それぐらい、浄化の魔法を使えばすぐに消せるでしょう?」

「……!? そうか、そうだったな……」


 おいおい……俺って本当に異世界転生者か?

 なんで今まで攻撃の手段以外で浄化の魔法の使用に気付かなかったんだ……異世界転生の先輩諸兄もわりと使ってただろ……

 まぁ、スライムに汚れを溶かすか食べてもらうかしてた先輩も多かったような気もするけど、一発「クリーン」って唱えたらそれで綺麗さっぱりって感じの先輩がかなりいたじゃないか、それなのに……

 これじゃあ俺、異世界ファンタジー大好物でしたって言いづらいじゃないか……

 やべぇ、地味にショックがデカいぞ……


「急に思い悩んだような顔をしてどうしたの?」

「ん、いや……浄化の魔法をあまり使ってなかったなと思ってな」

「そうね……あれは女性の方がよく使う魔法かもしれないものね」

「……そうか」


 くっそ、きゅるんとした小娘にフォローされるとかマジかよ!

 ま、まぁ、オーク肉の美味さでビビらせてやったたことと浄化の魔法に気付かされたことで、ようやくイーブンって感じじゃん?

 まだまだ試合はこれからじゃん?

 そんな感じで、意外と会話も弾みつつ、焼肉を美味しくいただいた。

 何気にきゅるんとした娘さん、昨今の若者の魔力操作離れに影響されず、きちんと魔力操作に取り組んでいるようで感心な子だった。


「そうだ、今回のお礼として、今度の春季交流夜会のエスコートをお願いしてあげるわ」

「え!?」

「あら、乙女が勇気を出してお誘いしているのに、理由もなく断るのかしら?」


 ……そうなのである、この王国の貴族社会では女性からのお誘いに男は特別な理由もなく断ることが出来ないのである。

 いや、出来るけど、やったら貴族として終わるね。

 そんな簡単なことでマジで人格が否定されるレベルで信用が失墜する。

 いやまぁ、受ければいいだけだから、そこまで困難なことでもないけどね。

 ……ただ、そこでもイロイロと悪いことを画策する奴もいるかもしれないから注意がいるけどさ。

 んで、特別な理由っていうのは結婚や婚約してる相手がいるってことだね。

 付き合ってる相手がいるってのはギリギリでセーフってところかな。

 あとは、そのときの個別具体的な事情によるって感じかな。

 ちなみに、男からのお誘いを女性は理由なく断ることが出来る……この差ってなんなの?

 ……しっかし、きゅるんとした小娘……なんてことを言い出すんだ……断れる理由がないじゃないか……仕方ない……


「よろこんで……エスコートさせて……いただきます」

「妙に間があったけれど……まあいいわ、当日はよろしくお願いするわね」

「……はい」


 まったく、困った小娘だ……そして焼肉を食べ終え、後片付けも終わりお開きとなった。

 そこできゅるんとした小娘、最後に驚愕の一言を残して去っていった。


「ねぇ、なんであなた……痩せてしまったの?」


 コイツ、まさかのデブ専かよ!!

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