閑話4 エリナの願い
「ゾルドグスト先生を討伐しただって!? エリナ先生! 君はなんてことをしてくれたんだ!!」
「彼の所業は王国への敵対行為です。王国貴族として当然のことをしたまでです」
「な!? 君ぃ!! 人間族の犯罪者相手ならそんな言葉も通用するかもしれんが、相手は魔族だよ!? 人魔融和の悲願がようやく現実的なものとなって来たこの大事なときに……その魔族を殺してしまうなど……」
「お言葉ですが、その魔族が我々との融和を拒み、破壊をもたらそうとしているのです」
「それは一部の者たちだけで魔族の総意ではないはずだ!! そして、ゾルドグスト先生に対しても、もっと穏便な方法で済ますことが出来たはず! なにも殺すまでしなくてもよかったではないか!! ……いいかい、エリナ先生、我々には言葉というものがあるのだよ? いつまでも殺す殺されたを繰り返していては、永遠に負の連鎖を止められない。どちらかが踏みとどまらなければならないのだ、君もそれぐらいのことはわかっているだろう?」
「コモンズ学園長……話によれば、確かにエリナ先生の挑発もあったかもしれないが、先に戦闘行為に入ったのはゾルドグスト先生の方です。そこまで行くともう言葉は通じなかったでしょう」
「ガイエル副学長、それでもだよ! 最後の最後まで言葉を尽くすべきだったのだ!! それに私はなにも無理を言っているわけじゃない。エリナ先生ほどの力があれば、命を取らずとも無力化に成功し、その後にわかり合うための語り合いが出来たはずだ! だが殺してしまったことで、その機会は永遠に失われてしまった。これは人魔融和にとって大きな損失であり、この上ない悲しみだ!!」
「コモンズ学園長の崇高な理念もよくわかりますし、私とてそれは同じ気持ちです。……ですが、千や万の言葉を尽くしても、おそらくゾルドグスト先生の決意を変えることは不可能だったと思います」
「ガイエル副学長……魔族であるあなたと私は今もこうして言葉でわかり合うことが出来ている、同じことがなぜゾルドグスト先生には出来ないと言えるのか?」
「それだけ……それだけ、彼らにも譲れないものがあるのです。魔族と一括りにすればそれまでかもしれませんが、中にはいろいろな部族がいて、さらに言えば1人1人考えていることも違います」
「そんなこと、私とてわかっている。だが、暴力で解決するのはやはり違うはずだ、魔法は他者を傷つける道具ではないのだ! 少なくとも私はそう信じている!!」
「……私もコモンズ学園長の理想は素晴らしいものだと思います……ですが、大事な生徒を傷つける者がいるのなら、私はこの力を使うことを躊躇しませんし、考えを変えるつもりもありません」
「……エリナ先生、君がこの学園に来てもう3年だ。そろそろその宮廷魔法士感覚から脱却を図ってもいい頃ではないか?」
「……学園長のおっしゃりたいことは理解出来ます。ですが、今は変えるつもりはありません」
「……そうか……だが、私は君にもいつかわかる日が来てくれることを願っているよ」
こうしていくつかの小言を頂戴して、学園長室から退室した。
お咎めはなし。
なぜなら、魔族の件に関してはドミストラ隊長経由で事前に国王陛下から独自の判断で行動する許可を得ているからだ。
宮廷魔法士を辞めた今でも、こうした行動が許されているのはある種の特権として、面白く感じていない人もいるかもしれないが、それはそれ。
使えるコネは使う。
それで大事な生徒が守れるなら、大した問題ではない。
また、今回のゾルドグストのように学園で討伐された魔族については失踪扱いにせよとの国王陛下のお達しに、ガイエル副学長は「融和派を刺激しないためにはそれしかないでしょうし、敵対派に対してのメッセージも必要でしょう」と納得を示し、学園長は終始苦々しい顔をしていた。
そうして、ゾルドグストに思考を誘導された生徒たちの様子をしばらく見てみることにした。
自力でその呪縛を解いてくれれば、そう思いながら……
「ゾルドグスト先生が失踪だと……そんな馬鹿な!? なにかあったのか? どうする? ……いや、やることは変わらない、アレを学園から排除し、学園の平和を守るためには絶対に必要なことだ、俺はやる!」
テクンド君はなにをするつもりかしら……ゾルドグストを討伐した今、彼の思考誘導も徐々に弱まってきているはずなのに……
出来れば生徒たちだけで解決できる内容であってくれればいいのだけれど……無理なら介入せざるを得ないわね。
そんな願いを込めながら様子を見守る。
「ふふふ、いい感じだ。上手い具合に奴らのラクルスとかいう士爵家の愚か者への嫉妬心を煽ることに成功した。あとは動き出すだけ。確かアレは今、運動場にいるはず。その通り道で事を起こし、そのまま通りかかったアレを巻き込み、最終的にアレを首謀者に仕立て上げれば完成だ。この指輪さえあれば、完璧だ! ははははは、ざまぁみろ! アレス・ソエラルタウト!! お前のその傲慢な面を今日こそ潰してやるぞ!! 見ててください、ゾルドグスト先生! 俺はやります!!」
ああ、テクンド君……思いとどまることは出来なかったのね……
これは私が動かなければいけないかしら……でも、アレス君なら自分でなんとかしてしまいそう。
いえ、彼ならきっと出来る……あまり教師が出しゃばるのもどうかと思うし、本当に危ないときに動きましょう。
そうして、生徒たちによるラクルス君への詰問が始まり、それが少しずつ熱を帯びてくる中、遂にアレス君が現れた。
………………
…………
……
……アレス君、あなたはそういう解決の仕方をするのね……
あんなに嫉妬の念に囚われていたはずの生徒たちの眼が生き生きとしたものに、思ってもみなかった変化だわ。
そして、人材発掘に余念がない人というのはドミストラ隊長のことね、あとで隊長に教えてあげようかしら、たぶんニヤニヤとだらしない顔をするでしょうね。
それから、アレス君の身分についての考え方……ある程度想像はしていたけれど、やっぱりだったわね……
あの考え方、国王陛下は面白がるでしょうけれど、王宮内では敵を多く作るわね。
あそこはいかに失点しないか、自分の実力を高めるよりも他者を蹴落とすことで自分の立場を高めることに必死な者が集まるところ。
おそらく今回の話も彼らの耳に入るだろうから、魔族とは関係なしに、アレス君を敵視する者も出てくるでしょうね。
……いいわ、もし彼らがアレス君と敵対するのなら、私はアレス君の側に立つだけのこと。
……たぶんアレス君は私を巻き込まないようにと考えるでしょうから、しっかりと見ておかないとね。
……それにしても、私の前ではいつも大人ぶった話し方をするけれど……いつかは普段通りの喋り方をしてくれる日が来るのかしらね……
まぁ、あの頑張ってる感じも悪くはないのだけれど……
そしてその後はアレス君の言葉に触発された子が勇気を振り絞って、王女殿下をディナーに誘った。
あの勇気には驚いた。
あまり色恋に興味を持たなかった私でも、思わず応援したくなったものだ。
そんな彼らには是非とも頑張ってもらいたいと思った。
……ただ、やはり王宮の人間にはいい顔をされないでしょうね。
国王陛下は面白がって、許すかもしれないけれど、反対の声は凄まじいものになるわね……いえ、利があると思えば、王女殿下派に鞍替えもあり得るかしら。
いずれにしても、王女殿下の台頭で王位継承争いにも変化が出て来るわね、ここで魔族がどう動くか……しっかりと見極めて行かなければ。
こうして、テクンド君の企みはアレス君に阻止された。
あとは、これでテクンド君がおさまってくれればいいのだけれど……
もう少し、様子を見ましょう。
もうそろそろゾルドグストの呪縛から自分の力で抜け出してくれることを願いつつ……
「今回も駄目だった……ゾルドグスト先生もどこかへ行ってしまったし……俺はこれからどうすればいいんだ……先生、俺どうしたら……」
まだ時間がかかりそうね……
その後も、様子を見続けていたけれど、改善するどころかむしろ思い込みが激しくなるばかりで、遂には思考誘導の指輪を見境なく使うようになって行った……
同じゾルドグストに思考を誘導された生徒でも、彼の場合はもともとアレス君に恨みを持っていたようだから、他の生徒とは事情が違うのかもしれないわね。
……テクンド・ダンルンカク、ダンルンカク伯爵家の長男。
彼も幼少期から魔法の才に期待を持たれていて、本人も強い自尊心を持っていた。
しかし、初めての魔法披露会でその自信を粉々に打ち砕かれてしまう……アレス君という規格外の才能を目の当たりにして。
あのときはまだ、アレス君の悪評も立っておらず、初めて披露した魔法が周囲を驚愕させる規模の魔法だったこともあり、その場にいた全員がアレス君を褒め称えた。
どうやらそのとき、テクンド君のアレス君に対する劣等感が芽生えたようで、以降は徐々にそれが憎悪に変わって行き、今に至るというわけだ。
少し調べてみただけでわかった、常日頃からアレス君への憎しみの言葉や、悪評が立ち始めると嬉々としてそれに同意し、誇張して他の人に言って回っていたことが。
おそらく、テクンド君の憎悪を止める者がいなかったのであろう、いや、むしろ煽っていた可能性すらある。
なぜなら、ソエラルタウト家は王国内では比較的新興勢力で、中央寄りではないため、建国当初の古くから続くダンルンカク家には目障りに映ったかもしれないからだ。
そうした諸々によるテクンド君のアレス君への憎しみの気持ちをゾルドグストに利用された。
そういうことだったのだろう。
そんなことをちらと思っていたとき、アレス君がテクンド君の様子がおかしいことに気付いたようだ。
おそらく、思考誘導の指輪からテクンド君を魔族の擬態と怪しんでいるのだろう。
そうして、遂にアレス君が動いた。
……どうやらここまでね、指輪の回収とテクンド君の思考誘導を解除してしまおう。
今のアレス君は攻撃魔法寄りで訓練を重ねているから、おそらく思考誘導の解除は難しいだろうし。
特にテクンド君の場合は根が深いから……ここからは私がやるわ。
そう思い、隠蔽魔法を解き、アレス君に声をかけることにした。
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