第72話 ほろ苦い気分

 エリナ先生の研究室に到着した。


「お茶を入れるから少し待っててね」


 俺がエリナ先生の研究室に来たときは恒例となったお茶の時間。

 なので、俺もお菓子を出す。

 今日はちょっぴりビターな気分でブラックチョコレート。


「お待たせ、今日はブラックチョコレートなのね。いつもありがとう」

「いえ、私もお茶をご馳走になっているので」

「ふふっ、じゃあひとまずお茶とお菓子を楽しみましょうか」

「はい」


 こうして俺たちはゆったりとした時間の流れを感じながら、ひとときを過ごした。

 その中で、ブラックチョコレートがちょっぴり大人な雰囲気を演出してくれていい感じだった。


「さて、一息ついたところで今回のことについて話しましょうか」

「そうですね」

「おそらく察しはついていると思うけれど、ゾルドグストが人間に擬態した魔族だったわ」

「やはり……」

「そして彼は人間として教師をしながらこの学園で長い年月、工作活動を続けていたの」


 ゲームでもいたな、そういう教師に成りすましたマヌケ族。

 でも、ゾルドグストなんて名前知らんぞ?

 たぶんだけど、ゲームでは名無しのザコ敵だったんだろうなぁ。

 もしかしたらゲーム内では知らんうちに経験値に変えられていたのかもしれん。

 そうやって思うと、なんとなくほろ苦い気分になっちゃうよね……これはブラックチョコレートを食べたからかな?


「学園内でのアレス君の悪評も、その多くは彼と彼に思考を誘導された生徒たちによるものだったわ……」

「なるほど、そうでしたか」


 ふぅん、よっぽどマヌケ族はアレス君の評判を落としたかったんだねぇ。

 まぁ、俺としては悪評そのものに関してはわりとどうでもよかったんだけどさ。

 その方が変に人が寄ってこないで済むから気楽だっただろうし。

 そんなことを思っていたら、実はこの王国内ではアレス君のように悪評をばら撒かれ、問題児となった挙句追放され、その後の消息が不明になった若者が結構な数いたことをエリナ先生から聞かされた。

 おそらくその人たちみんな、魔王復活のエネルギー源にされてしまったんだろうな……

 ひどい話だ。

 しかも、そこまでして復活させた魔王が結局王国一つ落とせないんだから、ひどいにも程があるってもんでしょ?

 まぁ、そんなクソザコを必死になって復活させようとしてるマヌケな魔族だからマヌケ族って呼んでるんだけどね。

 いやまぁ、それだけ王国の層が地味に厚かったってことかもしれないけどさ。

 俺がちょっと接しただけでも優秀な人材がゴロゴロいたし、そんな人材を発掘するのが趣味の隊長さんとかもいるし……

 とはいえ、その王国も無傷では済まないし結構傾くから魔王を舐めすぎちゃいけないのも確かなんだけどね……

 ちなみにここでちょっとゲーム知識を披露させてもらうと、この学園の人魔敵対派に属するネームド魔族はお馴染みのヒロインその2であるゾフィネという魔族少女の他にもう1人いる。

 それは副学長のガイエル先生だ。

 ……知ってるならさっさと始末すれば? って言われちゃいそうだけど、俺の心情的にちょっと二の足を踏んでる。

 あと、単純に実力的にもまだ無理めな気がしているのもあるけどね。

 じゃあ、その心情的に躊躇しているのはなんでってことなんだけど、ガイエル先生の本質は人魔融和派だし、そもそも人間族に擬態なんかもしていない。

 でも、娘がアホでね……カスみたいなマヌケ族の男と結婚してその思想にかぶれてしまってさ……そっちに引っ張られてるんだ。

 もちろん、ガイエル先生はアホじゃないからなんとか娘を正気に戻そうと手を尽くすんだけど、肝心の娘がね……この愛に命を懸けるみたいな感じでむしろ燃え上っちゃって……

 そんな感じで、娘を切り捨てることも出来なくてズルズルと行くうちに……ほとんど娘を人質に取られているような状態でシナリオが進み、最終的にマヌケ族の派閥に飲み込まれてしまう哀しい人なんだ。

 そんでゲーム終盤のボスキャラでもあるガイエル先生は戦闘後「……これでもう、迷わずに……済む…………君にも……迷……惑を……かけ……た……な……」と言って息を引き取るんだ、初プレイ時にこの最期の台詞を聞いたときはかなり切ない思いをしたのを今でも覚えている。

 いや、気持ち入りすぎでしょって思われるかもしれないが、ゲーム中でガイエル先生に教えてもらった技とか魔法も結構あったし、シナリオ的にも主人公を日々気にかけてくれて、負けイベントでは敵に殺されそうなヤバいとき助けてもらったりしたからね。

 そんなガイエル先生を敵として主人公に討たせるなんてシナリオを考えた人はどんな性格をしているのかと思ったもんだよ。

 そして、実力的に無理めっていうのは、ゲーム終盤のボスキャラってこともあって、普通に強いんだ。

 しかも、ゲームで戦ったときの雰囲気的に本気じゃなかったっぽいのもあるから、正直底が見えないし……

 それと、もう上位層との実力比較では毎回のことではあるけど、魔力量的には負けないっていう自負はあっても、やっぱり練度不足が否めないからね……

 あと、ゲーム本編では語られないけど、ガイエル先生がこの学園で魔法を教えるようになってから王国の魔法レベルが上昇したなんて設定が公式設定資料集に載ってたりする。

 その一文だけでガイエル先生のヤバさがわかろうというものだよね。

 ま、そんなわけで、心情的にも実力的にもガイエル先生とはあんまり敵対したくないんだ。

 そう思って、魔族であることが周知のガイエル先生のことをエリナ先生に聞いてみたら、宮廷魔法士や宮廷騎士が娘夫婦を監視していて、いつでも娘を確保出来る状態にはしてあるらしいので、ちょっと安心。

 マジで頼むよ! 娘さえ無事ならおそらくガイエル先生は敵にならずに済むだろうから!!

 そんな感じで、学園内でのマヌケ族問題の話が一段落したところで、エリナ先生が教えておきたい魔法の技術があるというので、喜んで聞くことにする。


「魔法の支配権というもので、魔力操作の練度によっては自分が発動した魔法を相手に奪われたり、逆に相手の魔法を奪ったり出来るの」

「なるほど」

「例えばこんな風に……」


 そんな言葉と同時に、俺の魔纏がじりじりと収縮していき、俺の体を締め付けようとしてくる。

 一瞬パニックになりかけながら、慌てて魔纏を解除する。


「ふぅ、やっぱりアレス君の魔力は普通じゃないわね……なかなか思うように操作をしきれなかったわ」

「え!? 簡単に魔纏の制御を奪われて、体を締め付けられましたよ!?」

「完全には制御を奪えなかったし、むしろそれしか出来なかったわ……そうねぇ、仮にこの前戦ったゾルドグストが展開した魔纏だったなら、ほぼ一瞬でちょっとした塊に出来たわよ? でもアレス君の魔纏は時間をかけて圧迫するのがやっとだったから、今みたいに即解除されて終わりね」


 あ、エリナ先生……さらっとカミングアウトしたな。

 そうか、ゾルドグストとかいうマヌケ族はエリナ先生に始末されたんだな……

 一応ザコ敵とは言え、終盤に出てくるザコだからまあまあ強いはずなんだけど……やっぱエリナ先生は凄いや。

 まぁ、だからこそゲームの1周目では攻略出来ないどころか仲間にも加えられないんだよね……ゲームバランス壊れちゃうから。

 そんなわけだから、ゲーム発売後しばらくは2周目以降で特定の条件を満たせばエリナ先生が仲間になったり攻略出来るって知らない人が多かったんだよね。

 そしてエリナ先生に一目惚れし、ゲームを発売日に購入した俺は2周目以降という条件を知らなかったせいで、何度もノーマルエンドを迎えたものさ……

 ああ、この2周目というのは他のキャラを攻略した後という意味だからね、まぎらわしくてごめんだけど。

 ちなみにこの話、同じゲームのファン同士では俺の鉄板ネタになってる。

 なぜなら、この2周目という条件、普通なら余裕すぎるからだ。

 というのも、ゲームの主人公にはこれもベタな設定だけど、ニア・ミルトレアンという幼馴染担当のヒロインがいるんだ。

 彼女はゲーム開始時点で既に主人公に惚れているから、他のキャラを攻略しなければほぼ自動的にニアエンドになるという超楽っぷり。

 まぁ、一応当然のように顔もかわいいから、攻略という努力をしたくないプレイヤーは「俺のことを好きになってくれる娘が好き」とか言いながらニアを推しキャラにすることも多かったりする。

 そんなわけで、ほとんどのプレイヤーは初プレイでも誰かしらは攻略出来ちゃう安心設計だから2周目問題に遭遇しない。

 ただ、俺の場合はあくまでもエリナ先生エンドを求めていたので、ニアと接するときの選択肢は全部嫌われるようなものを選び続けた。

 ニアを振り切るためにはそうしなきゃいけないからね……

 その結果が誰ともくっつかないノーマルエンドってわけさ。

 そんなこともちらと思いつつ、この日はエリナ先生に魔法の支配権の特訓をしてもらった。

 特に魔纏は俺の防御の根幹をなすものだから、その支配権を奪われないようにするため、念入りに訓練させてもらった。

 こうして、最後はやっぱり魔法の話題に行きつく俺とエリナ先生ではあるが、とりあえず、学園内のマヌケ族問題はこれで一区切りと考えてもいいかなって感じだ。

 正直、こっちからマヌケ族を探すの面倒だし……向うから仕掛けてきたら対処するって感じで行こうと思う。

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