第67話 臨時開講

 魔法練習場から自室に戻る途中、なんか知らんけど通路に人だかりが出来ている。

 まったく道を塞いでいることに気付かんのかね? 人の迷惑を考えたまえよ。

 そんなことを思いつつ、近づいて行くとなにやら喧嘩っていうか、罵りの言葉が聞こえてくる。

 どうやら大人数で1人を寄ってたかって罵倒しているようだ……ってあれ、主人公君じゃん!

 うわぁ、遂に貴族的指導が始まっちゃったんだ……

 面倒そうだから巻き込まれないように後ろの方から通り過ぎよう……と思ったら気付かれたか。


「皆の者! アレス殿も来てくださったぞ!!」

「へぇ、やっぱりあの人もこの最低君に思うところがあったんだね!!」


 えぇ……思うところなんかないよ、しいて言えば「うぜぇことやってんな」ってぐらいだよ。


「アレス・ソエラルタウト、いいところに来た。お前もこの身の程もわきまえず王女殿下の周りをうろつく愚か者にきっちりと言ってやるといい」

「言ってやるといいと言われてもな……」


 そこで主人公君の方へ目を向けてみると、なにを言われるのかと身構えている。


「な、なんだよ! 言いたいことがあるならさっさと言えよ!!」

「そうだなぁ、精々頑張ることだな」

「へ?」

「アレス・ソエラルタウト! 貴様、なにを言っている!?」

「なにって、コイツが必死に王女殿下を口説いてるんだから、応援してやっただけだぞ?」

「な、な、なんだとぉ! 貴様ぁ! 気は確かか!?」

「失礼な奴だな……これ以上ないぐらいに正気だが?」

「貴様、それはこの愚か者の味方をするという意味になるのだぞ?」

「……ねぇねぇ、この前勘違い君の話してたら、あの人に思いっきり睨まれたことあったよね?」

「ああ、あったな……あの心臓を圧し潰されてしまうのではないかと思ってしまうほどの圧力、忘れもしない……」

「そういえば、お前らも勘違い野郎の話を持ってったら厳しく叱責されてたよな?」

「い、いや、あれはアレス様なりにお考えがあってのこと……だと思いたいのだが……」

「……い」

「ぼ、僕もそう思いたい……ですっ!」

「いやいや、そうは言っても、現にあの調子だぜ?」

「そうでござる! マナーを守れぬ厄介勢の肩を持つなど言語道断でござる!!」


 ……なんか小僧どもがごちゃごちゃ言っているのを聞いているうちにイライラが募ってきて爆発寸前だよ……腹ペコ腹内アレス君が、だけどね。

 腹内アレス君がマジになったらやべぇからな……仕方ない、ここらで俺がガツンと行っときますかね……

 アレスの熱血教室、臨時開講って感じかな?


「お前らはコイツを勘違いしていると言うが、俺に言わせればお前らの方が勘違いしている」

「なんだと! そんなわけあるはずがない! なにを根拠にそんなことを!!」

「この王国において、貴族家の人間は学園の中で自力で相手を見つけることになっている。その際に身分差を考慮しなければならないという決まりはない」

「なにを言い出すかと思えば……我々は分相応という暗黙の了解の中で相手を探しているのだ。そんな下らん戯言しか言えぬとは心底がっかりだ」

「分相応という暗黙の了解? 笑わせるな! お前らは王女殿下を口説き落とす自信がないだけだろ!! それを暗黙の了解なんてもっともらしい言葉で誤魔化して分別者を気取ってるだけだろうが!!」

「なッ!」

「そして分別者気取りのお前らがすることと言えば、誇り高き挑戦者であるコイツに嫉妬して足を引っ張るだけ、実に情けない!」

「ち、ちょっと待ってくれ! オレはフェイナと友達なだけで、そういうんじゃないんだ!!」

「黙れ! 今更そんな中途半端が許されると思うな! それともなにか、お前はそんな舐めた考えで王女殿下に近付いたのか? それならこいつらが怒るのも無理はないぞ?」

「え、えっと、オレは……」

「ハッキリしろ! お前は王女殿下に惚れてるんだろうが!!」

「そ、そうなのか……フェイナの笑顔を見たら自然と暖かい気持ちになって、別れ際は胸が締め付けられたみたいに痛くなって……あれは恋だったのか……オレ、フェイナのことが好きだったのか!!」

「この愚か者めぇ、王女殿下を何度も呼び捨てにして! 許されることだと思うなよ!!」

「フン、お前らは知らんだろうが、それは王女殿下に求められてのことだ」

「馬鹿な! そんなこと、あるはずがない!!」

「それがあるのだよ、なぜなら俺は入学式の日、その場面を目にしたからな……だろう?」

「え? あ、ああ、そういえばフェイナと初めて話したのはあの日だったっけ、そんなに時間が経ったわけでもないのに、妙に懐かしく感じるな」

「そ、そんな……」

「おいおいお前ら、そんな絶望したような顔をすることはないだろう?」

「するよ! 人の気も知らないで!!」

「じゃあ、お前も王女殿下にアタックすればよかろう?」

「え?」

「お前が憧れている王女殿下はそんな心の狭いお方なのか!? 違うだろ! だったら行けよ!! 惚れてんならぶつかってけよ!! こんなダッセェことをグダグダやってねぇで、お前の本気を見せて来いよ!! ……だがな、王族という地位に目が眩んでのことならやめとけ、王女殿下はそんな奴を求めていない、地位とか名誉とかそんなもん取っ払ったフェイナという女性を心から愛せる男だけに挑戦権が与えられるんだ!」

「ほ、本当に、僕なんかが挑戦してもいいのかな? 頑張ってもいいのかな?」

「お前が本気ならいいに決まってるだろ! そして、それはお前らも同じだ!! 分相応とかそんなつまんねぇことメソメソ言ってんな!! 男なら攻めの姿勢でガンガン行けよ!!」

「で、でも……」

「……俺は、行く! 行ってやるぞ!!」

「そうか、この学園で王女殿下と同学年になれたというだけで我々は大きなチャンスを得ていたのだな……目が覚めたような気分だ」

「ぼ、僕は遠くからひっそりと見守るだけでいい! そんなこと求めてないッ!!」

「せ、拙者も! あちら側とこちら側、その一線だけは守るでござる! それが推すということ也!!」

「ああ、もちろん! それはお前らが決めることだ、自由にしろ!! しかし、それなら王女殿下の近衛を目指してみたらどうだ? 悪意を持った相手から王女殿下を守護する最後の一線になる、最高の推し事だろう?」

「そ、そうか! なるほど! それは盲点でござった!!」

「でもよぅ、近衛なんか物凄い倍率だし、志願者も実力者揃いだろ? そんなん無理に決まってるよ……」

「無理だと? そんなわけあるか!! お前らにはまだまだ無限の可能性が秘められてるんだ! もっと本気になれよ!! お前の王女殿下への想いはその程度なのか、違うだろ!? それにな、魔力っていうやつは、俺たちの想いに応えてくれるんだ。必死な想いを込めて本気で魔力操作に取り組んでみろ! そしたら必ずお前をすげぇ男に変えてくれる! 保証する!!」

「本気で……」

「そうだ! そしてな、お前たちは身分身分といつもそればかり言うが、俺たちの先祖だって最初はその辺の平民とたいして変わらん存在だった、それを自分の実力で成り上がってここまで来たんだぞ? それを思えば、近衛を目指すぐらいどってことないだろ! なにも持たないところから始まった先祖に比べたら、お前たちは既にある程度の魔力を持ってるんだ、その恵まれた環境に感謝して魔力操作に取り組め!!」

「恵まれた環境……」

「だがな、思い違いをするなよ? 天才的な才能を持った平民だってその辺にゴロゴロいる、この世界は力さえあればいくらでも成り上がることが出来るし、現に宮廷魔法士団にはそんな人材発掘に余念がない人がいることを俺は知っている……お前たちに可能性があるように、平民たちにだって可能性がいくらでもある。ちょっと平民より魔力が多いからって威張っていても、そのうち本気になった平民たちに追い抜かされるぞ? それを肝に銘じて日々の努力を積み重ねろ!! そしたら身分なんか後からいくらでもついてくる! 士爵家の倅がどうのこうのなんて大した問題じゃなくなる!!」

「そんな……平民ごときにそんな才能があるだなんて……」

「嫌だ! 追い抜かされたくない!!」

「だったら、今は実力を上げることに専念しろ! そうすりゃ、こんなつまんねぇことに時間を使うのが勿体なくなるはずだ!! 言ってはおくが、俺は今この瞬間も魔力操作を並行して行い、魔力総量と練度を上げ続けているからな! 俺とお前らの魔法のレベル差は今もじりじりと広がり続けているからな! どうだ、広がり続ける差が恐ろしいだろう? 片手間にそんなことされて悔しいだろう? 時間が勿体なくなってきただろう? わかったらこんなくだらねぇことさっさとやめろ! 自分の未来のために時間を使え!!」

「……ッ!!」


 ここで演出のために普段抑え気味にしていた魔力をちょっと開放。

 やっぱりさ、体感してみないと言葉だけじゃ説得力が弱いかなって思うじゃない?

 それに、どうせイキるなら徹底的にイキっとこうと思ってさ。

 あのイキリ虫のさなぎが今日このとき、遂に羽化したぞって感じでね。

 ……ごめん、さすがにこれは自分でもなんだそりゃって感じだわ。


「あなたたち! ここでなにをなさっているのですか!!」

「おお、これはこれは王女殿下、ご機嫌麗しゅうございます」

「わたくしの質問にお答えください!」

「そうですね、しいて言うのならば……男とはどうあるべきか……男の道について熱い議論を交わしておりました」

「……ラクルス、本当ですか?」

「え? えっと、そう……なのかな?」

「……そうですか……では、その重苦しい魔力圧も議論に必要だったのですか?」

「これはお恥ずかしい、ついつい議論に熱が入りすぎまして……私もまだまだ魔力の制御が甘いようで、もっと精進せねばなりませんな」

「……今はその言葉を信じましょう。ですが、お気を付けください。あなたの魔力は人より多いのですから、無暗な行動を取れば、勘違いをされてしまいますよ?」

「そうですな、これは気をつけねばなりますまい!」

「わかっていただければそれでいいのです……それで、議論の方はもう終わりましたか? そろそろ夕食の時間ですわよ?」

「おお、そうでした! こうしてはおれませんな!!」

「あなたたちも、それでよろしいですわね?」

「は、はい! もちろんです!! じゃあみんな、今日はこれで解散だ!!」

「そ、そうだな!」

「ああ、は、白熱した議論だったなぁ」

「…………王女殿下!」

「なんでしょう?」

「も、もしよろしければ! これから夕食をご一緒させていただけませんか!?」


 行った! モブ助が行ったぞぉ!! お前! やるじゃないか!!


「もちろん、喜んで」

「お、俺もよろしければ!」

「僕も、お願いします!」

………………

…………

……


 ふふっ、いい感じじゃないか、青春ってのはそういうのでいいんだよ。

 それにこの王国は一夫一妻制とかそういうわけじゃないから、場合によっては王女殿下の逆ハーでもいいわけだし。

 素敵なナイト君たちに囲まれて女王陛下になったっていいでしょ?

 前世であんまりたくさんは読んでなかったけど、女性向け異世界ファンタジーに逆ハー女主人公も結構いたような気がするし。

 まぁ、どっちかというと、遠慮したいのにイケメンたちが放っておいてくれませんってニュアンスの方が強かったような気もするけどね。

 そんなことを思いながら、俺は全身を闇属性魔法で隠し、速やかにこの場を去った。

 あとは若い子たちにお任せしよう。

 それにしても、俺の言葉に賛成反対、いろいろな意見があるのは構わないが……1人だけそういう感じじゃなくて、明確な敵意を持った視線をぶつけてくる奴がいたな……

 そんな敵意を向けられるほど接点もないし、俺が転生してくる前のアレス君の記憶にもそれらしいのがないんだよな……まぁ、アレス君の記憶って何度も言うが食べ物の記憶ばっかだからあてにならんけどね。

 ま、別に大した脅威も感じないし、今はどうでもいいかな。

 とち狂って襲い掛かってきたら、そのとき返り討ちにしてやればよかろうなのだ。

 さて、アレスの熱血教室も終わったことだし、クールダウンも兼ねてのシャワーに行きまっしょい!!

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