第66話 成長を喜んでます
「まずはウォーミングアップも兼ねて魔力操作ランニングかな」
そうしてしばらく走る。
短距離走の場合は、まだその辺の学生に負けてしまう足の速さではあるが、それでも俺の中ではだいぶ速くなってきた方ではある。
これも続けていればそのうち勝てるようになるだろう、よっしゃ頑張っぞ!
そして次は素振り。
一撃先生の教えを頭の中で反芻し、ひたすら素振りを続ける。
そのとき視線を感じたと思えば武術オタクのメガネ、またお前か……
まあ、お前は無言のコーチ扱い出来て便利だから特別に許そうじゃないか。
そうして俺の素振りを前回と同じように意味深に頷いたり、顎に手を当てて考え込むような仕草をしたりしながら眺めてきた。
あのメガネの見立てが正確過ぎてちょっとコワい……だが、ありがたくもある。
今の一振りの出来栄えがどうだったかと心配になったときなんかはメガネの方を見れば毎回顎に手を当てているからね……それで判断がつく。
そして、今回はクラー剣扱いされてしまうかもしれないが、シャドー戦闘を行う。
想定はオークと1対1の戦闘としよう。
ほとんどつららの一撃で仕留めているから、近接戦闘でどんな動きをするかは微妙な部分もあるが、大まかな動きはイメージがつくのでそれで行こうと思う。
では始め!
まずはオークの出方を窺がう。
そして待つことしばし、しびれを切らしたオークが右手の棍棒を振り上げたところで、その右腕を名刀モードのミキオ君で斬り飛ばす。
その痛みに絶叫をあげつつも戦意をなくしていないオークは残った左腕を振り回し俺を殴りつけようとする。
このめちゃくちゃな振り回しに中途半端な対応をして思いがけない被弾をするのも馬鹿らしいので、一度距離を取る。
ふむ、オークの奴め、右腕を斬り飛ばされた怒りに燃えているな。
だがいいのかな、そんなに興奮して暴れていては血がどんどん流れ出てしまうぞ?
それに気づいたのか幾分落ち着きを取り戻したオークは、傷口を手で押さえながら憎悪の眼を俺に向けて来る。
さて、このまま奴が出血多量で倒れるのを待つのもアリだが、おそらくその前に奴の最期の一撃がくるはず、その瞬間に合わせて討ち取ってやる!
そのままじりじりとした睨み合いが続き、遂に奴の決死の特攻が来た、ここだ!
「いけません! 罠です!!」
メガネの声が聞こえた気がするが、もうミキオ君を振り抜くモーションに入っている、このまま斬り捨てるだけだ。
そのとき奴が急停止!
な! フェイントだと!? マズい! 今更止められん!!
そうしてミキオ君が空を斬ったその瞬間、勝利を確信したかのようないやらしい笑みを浮かべた奴の左拳が俺の顔面に迫る。
……だが奴の拳が俺の顔面を捉えることはなかった。
常時展開の魔纏が俺を護ってくれたからだ。
そこで生まれた一瞬の空白を今度こそ逃すことなくミキオ君を振り抜き、オークの首を刎ねた。
宙を舞うオークの顔には未だ勝利の笑みが浮かんだまま……その余韻に浸ったまま逝くがいい。
そして遅れること数秒、オークの巨体が前のめりに倒れる。
それを見届けた後、改めて周囲の気配を確認し意識を戦闘から通常のものへ移行し、シャドー戦闘を終える。
ふぅ、今回のオーク戦からは多くの課題が見つかったな……
特に、俺の感覚的にオークがフェイントなんてっていう勝手な思い込みが致命的な場面を生んでしまった……これは要反省だな。
そして落ち着いてきてからメガネの言葉の内容がようやく意識とつながった。
メガネの奴、完全に俺のシャドー戦闘の展開が見えていたみたいだな……ホントあいつ何者なんだ?
あそこまで行くとマジでコワいんだけど……
そう思いながらメガネの方へ視線を送ると奴はにこやかに頷きながら去って行った。
なんだろうあの、今はまだ弱いが将来的なライバルに育ちそうな奴の成長を喜んでますムーブは……メガネのくせに!
まぁ俺も前世ではメガネ君だったけどさ。
そんな感じで素振りやシャドー戦闘を一段落させて、今度は名刀モードの精度上げである。
このまま運動場で行ってもいいかと思ったが、魔法練習場で魔法障壁を斬りつけてその具合を見ながらの方がいいかと思い直し、移動することにした。
そうして魔法練習場に着き、さっそく精度上げに取り掛かる。
あと、カッコつけて名刀モードと呼んでいるが、やってることはミキオ君に魔力を込める際、細く鋭い魔力を纏うイメージをしているだけなんだけどね。
まあそれはともかくとして、名刀モードのミキオ君で魔法障壁を斬りつける度に切り口を確認していくという地味な作業が続く。
また、名刀モードと蹂躙モードの切り替えも素早く出来るように練習も行った。
敵によってはスパッと行くより暴力的にぐちゃぐちゃにした方が早い場合もあるだろうし、その逆の場合もあるだろう。
そういうときに切り替えでモタついていたらタイミングを逃すかもしれない。
ただ、どうやらミキオ君は蹂躙モードの方がお好みなようで、名刀モードは俺がしっかりイメージを込めなければいけなさそう。
なぜなら、イメージが曖昧だったり途切れたりするとすぐ暴力的な魔力を放出して蹂躙モードに移行してしまうんだ。
なので集中力が散漫な状態で魔法障壁を斬りつけたときなんか、最初の入りは綺麗な切り口だったのに、途中からベキベキのバッキバキに粉砕みたいなことになってしまう。
その惨状を見て、もしこれがオークだったらと思うと勿体なさで冷汗が出たし、腹内アレス君からも強い抗議を受けてしまった。
ううむ、名刀モードを完璧に使いこなせるようになるまではオークとの近接戦闘はお預けかもしれんね……
それなら魔鉄の剣でも買えば? って言われちゃいそう、というかそういう考えが一瞬脳裏をよぎったんだけどね……
でもやっぱ、俺の相棒はミキオ君だからさ、そういうのは違うかなって思うんだ。
あ、解体用のナイフは別ね、さすがにミキオ君で解体は無理めだし、むしろそういう繊細な作業はミキオ君が嫌がりそうな気がする。
こうして、腹内アレス君アラームが鳴るまで名刀モードの練習に取り組んだ。
ちなみに、アラーム呼ばわりしたことを腹内アレス君に怒られたのは言うまでもない。
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