閑話3 エリナの戦い
隊長から聞いた話……王宮内で根強く残るアレス君の悪評。
残念に思う気持ちもあるけれど、そんなものだろうという気も正直していた。
……あそこはそういうところだ。
ただ、陛下はもちろん、宮廷魔法士や宮廷騎士の多くは認識を改めてくれたのは喜ばしいわ。
この短い期間に既に2件もの魔族絡みの事件に関わったのだ、おそらくアレス君はこの先も数多くの事件や問題に巻き込まれる気がする……力を持つ者の宿命みたいなものね。
そのとき、魔法士や騎士と関わることも多くなるはず。
そこで、変に敵対心を持たれると面倒でしょうからね。
まぁ、頭の固い人や無駄にプライドの高い人もいるから、その辺はやっぱり苦労するでしょうけれど……
そしてついさっき、隊長から新たな情報が送られてきた。
どうやら、王宮内で悪評を流されていたのはアレス君だけではなかったらしい。
と言うのも、過去にアレス君のように特別な才を持った子が成長するにつれ、いつの間にか人格が歪み、最終的には大きな問題を起こし、追放処分を受けたということがあった、それも1度や2度ではなく。
それらを改めて調べてみると、実際の行動のわりに周囲の受け止め方が過剰だったようだ。
同じことがアレス君にも言える。
聞いていた噂や学園が行った素行調査の結果と実際に私が接して感じたアレス君の印象が違い過ぎたのを不思議に思い、自分でも調べてみた。
すると、確かにやんちゃな面があったのは事実ではあるが、この程度でなぜここまでの悪評になるのかというものばかりであった。
そして、その過去に追放された子たちであるが、全員行方不明。
名を変えていたり、あまり人のいない辺境に行っていたり、もしかしたら国外にいるのかもしれない。
しかし、全員が行方不明と言うのはありえない。
しかも調査にあたったのは一流どころなのだ、1人も足取りがつかめないなんてあるわけがない。
そう考えていくと、力を集めている魔族の存在に思い至る。
おそらく魔族は、特別な力を持った子に目を付け、気付かれないように周囲の思考を誘導した。
そして目を付けた子が問題を起こすように仕向け、追放されたあと誰からの関心もなくなったところで力を奪っていたってところかしら。
私たちが気付いていなかっただけで、魔族はかなり昔から暗躍していたということになる……
そして今回、アレス君がその標的に選ばれたってわけね。
「そういえば魔力測定のとき、アレス君のことを『噂を聞いていたので身構えていたが、実に拍子抜けだった』と言っていましたね。あのとき、普通ならアレス君の見せた配慮に気付くはずなのに、誰も気付いていなかった……先生たちの思考を誘導しましたね、ゾルドグスト先生?」
「おや、エリナ先生じゃないですか。いきなり現れて、私が先生たちの思考を誘導しただなんて、なにを言い出すんですか……私は単に思ったままを言ったまでですよ?」
「あら、そうでしたか……そうであるなら、よほど節穴の目をお持ちのようですね」
「エリナ先生……さすがに冗談がきつ過ぎませんかね?」
「そうでしょうか? 大事な生徒を侮辱された……いえ、今もずっと侮辱され続けているのですから、これぐらいはさほどのことでもないと思いますよ」
「……なにを言っている?」
「アレス君の悪評のことですよ。闇属性魔法を使って生徒たちの思考を誘導していたのでしょう?」
「……エリナ先生、いい加減変な言いがかりはやめてくれ。それ以上わけのわからないことを言うのなら、こちらも黙っていられんぞ?」
「……ふふっ、そろそろその下手なお芝居も見飽きましたわ、魔族さん?」
「!!」
「なにを驚いているのですか? まぁ、長年バレずに人間ごっこが出来ていたのですから、ちょっとした自惚れぐらいは持ってしまっても仕方ないかもしれませんね」
「……元宮廷魔法士だかなんだか知らないが、劣等種族ごときがあまり調子に乗るなよ! エリナ・レントクァイア!!」
「ようやく正体を現しましたね……人間ごっこ、お疲れ様でした」
「黙れ! その余裕ぶった顔もすぐぐちゃぐちゃの泣き顔にしてやるからなぁ!!」
「あらあら、それは困りましたね……でも、あなたには無理」
「ほざけぇ!」
そう言ってゾルドグストは闇属性魔法を使って周囲を暗闇で包む。
「はははぁ、どうだぁ! これは単なる暗闇とは違うぞ? 一瞬でも触れれば、ありとあらゆる苦痛がお前に襲いかかる! そして限界を超えたお前の脳は沸騰してしまうだろうなぁ!!」
ゾルドグストの本性がよく現れているような闇が、どんどん色を濃くしていく。
しかしそれは、私が自分を覆う魔力の膜に阻まれ、ここまで到達出来ていない。
……そういえば、アレス君は魔力の膜を魔纏と呼んでいたわね、私もそう呼ぼうかしら。
「ははは、防御で精一杯で身動きもとれまい! 私を甘く見た罰だ、ゆっくりとじっくりと嬲り殺してやろうじゃないか! そしてそうだな、お前の臓物を引きずり出して、学園の校舎にでもぶら下げてみようか? それとも、あのガキにお前の生首を送りつけてやろうか? あのガキ、どんな顔をするだろうな? 泣き出すかなぁ? それとも嬉々として部屋に飾ったりしてな!! ははははは」
「まったく……本当に陰湿で嫌になるわね」
周囲を覆う闇を魔力操作で一カ所に集めて圧縮していく。
「な!? 私の作りだした闇が薄れていく……なぜだ!?」
よっぽど自信のあった暗闇だったみたいだけれど、それほどでもないわね、魔法の支配権が簡単に奪えたわ。
ああ、魔法の支配権についてもアレス君に今度教えてあげなくちゃね。
魔力量の豊富な人ほどこの点を疎かにして、魔力操作の練度の高い相手にせっかく生成した魔法を逆に使われてしまうこともあるし。
まぁ、アレス君なら日頃から魔力操作の練習に余念がないから、どちらかと言うと相手の魔法の支配権を奪う側になるでしょうけれど、こんな風に。
そうして、右掌の上に凝縮された闇の塊が出来上がった。
「な……なぜ……私の、闇が?」
「全然ダメね、長年教師をしていたはずなのに魔力操作の練度が低いわ……生徒に一体なにを教えていたのかしら……以前手合わせをした魔族の戦士はもっと強かったというのに……この程度とは拍子抜けもいいところね」
「くっ……」
「まぁでも、戦士階級でもない魔族ならこんなものかしらね……どうせあなた、戦士としては落ちこぼれだから、こんな工作活動をするしかなかったのでしょう? それも劣等種族と蔑んだ人間族に擬態までさせられて……さぞ屈辱だったでしょうね、それがあなたの発動した魔法によく現れていたわ」
「言わせておけば! シャドウバインドォ!!」
「本当に、搦手が好きなのね」
影の拘束具を一瞬で単なる魔力に分解した。
「それなら! ダークボールゥ! これでどうだぁ!!」
辺り一面に無数のダークボールが展開され、襲いかかって来る。
そのひとつひとつを着弾する前に分解し、右掌の上の塊に集める。
「はぁ……だから何度も魔力操作の練度が足りないと言っているのに……生徒たちにはもっと魔力操作の練習に真剣に取り組むように指導しなきゃいけないわね、こんな風にならないためにも」
「そ、そん……な……劣等種族ごときに、私の魔法が……」
「そういえば、魔族の戦士が嘆いていたわね……魔族は生まれつき魔力量が豊富で魔法の適性が高いせいで他種族を見くびり、遂には努力を忘れる者が多いと……あなたも典型的なそれね」
「……ぐぐ」
「さて、この闇の塊、返すわね?」
「ひっ、や、やめ……ぎゃぁぁぁぁ!!」
確か、ありとあらゆる苦痛が襲ってくるのだったかしら、大変ね。
「ぎっ! ひゃぁ! あああああ!!」
隊長の話では、魔族を尋問しても自滅魔法が発動して情報をほとんど取れないと言っていたわね。
おそらくこの魔族もそうでしょうね……あまり苦しめるのも趣味ではないし、そろそろ解放してあげましょう。
「あ、ああ……助かっっっっ!! 私の! 体が! 消えていくぅぅ!! なぜ! なぜぇ!?」
「闇があなたを無に還してくれるわ……もう人間族に擬態するなんて屈辱も受けなくていいし、全ての苦痛からも解放されるの、もうなにも悩まなくていい……無になるのだから」
「無!? そんなの嫌だぁ! 待って! 待ってぇ!!」
「もう遅いわ……あなたが陥れてきた子たちの無念を抱えて消えなさい」
そうして、魔族が1人、この世から消えた。
……王宮だけではなく、学園の中にまで入り込んでいたなんてね。
ゾルドグストは比較的見つけやすかったけれど……おそらくまだいるでしょうね、それももっと擬態能力の高い上位者が……
注意深く見ていくしかないわね……
はぁ、まったく……魔族は力を集めてなにがしたいのかしら……
まぁ、ろくなことではないことだけは確かね。
とりあえず、これで多少はアレス君の悪評も減るといいのだけれど。
……とは言え、アレス君本人はさほど気にした様子もないのだけれどね。
いえ、それどころか、他の生徒に興味がないようにも見える。
この前も集まって来た子たちを追い返したみたいだし。
でも、学園の職員や外ではいろいろな人と交友を結んでいるようだし、人嫌いというわけでもないのよね。
やっぱり、将来的に冒険者として活動するには、貴族家としての繋がりが邪魔になると思っているのかしらね……
今回の件も王国に報告したら、きっと名を上げることになってしまう。
……あまり功績を積み過ぎると、周りが放っておかなくなる。
そうなれば、自由に冒険者をやっていられなくなるかもしれない。
これからのアレス君の冒険譚は秘密にすることが多くなりそうね。
その秘密にすべきことを私には話してくれる、それだけ心を開いてくれているという事実に嬉しさを感じずにはいられない。
だからこそ、私もアレス君の信頼を裏切らないようにしなくちゃね。
普段誰にも見せてこなかったであろう、本心を、涙を私には見せてくれた、その心を踏みにじってはいけない。
アレス君、私はあなたが心から信頼を寄せるに値する大人であり続けたい、そう強く思うわ。
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