第51話 歩み始めたばかり
さて、まだ昼過ぎで夕方まで少しあるって感じだな。
これぐらいの時間なら、エリナ先生に報告に行こうかな。
その前に学園の寮に戻り、シャワーを浴び身嗜みを整える。
そう言えば、クッキーブラザーズが活躍の機会を逃してたんだったな……今日だ、お前たちは今日のために生まれてきたんだ、さぁ、行くぞ!
……と思ったけど、いっきに2種類はなんか違うな、よし今日は弟のチョコチップだ!
バターはお兄ちゃんなんだから弟に活躍の機会を譲ってあげような?
あとは紅茶も持ったし、準備万端、さぁ行くぞ!!
「失礼します」
「アレス君! おかえりなさい」
「ただいま帰りました。あ、それとこの紅茶、お土産です。クッキーは紅茶と一緒にどうぞ」
「ふふっ、ありがとう。じゃあさっそく淹れてみるからちょっと待っててね!」
そうそう、この笑顔だよ!
ああ、素敵だなぁ。
「お待たせ、とってもいい香りよ」
「おお、本当ですね!」
しばし、紅茶を楽しむ。
合間合間にチョコチップクッキーを挟む。
紅茶のスッキリとした味わいとチョコチップクッキーのほの苦い甘さが絶妙なハーモニーを奏でる。
そして、目の前にはエリナ先生……最高だね。
そんな贅沢な時間を過ごしたあと、今回のことを報告。
その前に……
「エリナ先生、今回の件を話す前にこんなこと言うのはどうかと思いますが……前のようにまた秘密に出来ませんか?」
「なにかあったのね……いいわ、構わないわよ」
「いいんですか!?」
「ええ、契約内容は前と同じで開示には2人の意見が合致する必要があるって感じでいいかしら?」
「はい、ありがとうございます」
無茶なことを言っている自覚はあったが、聞き入れてくれた、ありがたいことだ。
そうして、前回と同じように契約魔法を発動。
順調に2人の秘密が増えて行くね、なんちゃって。
その後、今回あったことをエリナ先生に話した。
「なるほどね……アレス君が今回のことを王国に報告したくない気持ち、わかる気がするわ」
「え?」
「王国が調査を開始したら……おそらく無神経な研究者がエメちゃんの体を調べさせろと言い出すでしょうからね。貴族家でもなければ断るのも難しいと思うし、場合によっては実験動物のような扱いを受けるかもしれない……アレス君はそれを避けたかったのでしょう?」
「……はい……本当は、屋敷も残すべきだったでしょうし、報告を上げないのは王国への裏切り行為になるかもしれませんが……」
「そうねぇ……本来なら、報告すべきだとは思うけれど……私はアレス君の考えを支持するわ」
「先生……でも、自分で言っておいてなんですが……先生は宮廷魔法士だったのに、いいんですか?」
「宮廷魔法士を辞めたとき、陛下との契約魔法は満了しているから、構わないわ。それに王国は、魔族絡みでアレス君に対して借りが多いもの、仮に知られたとしてもこれぐらいさほど問題にならないから、気にしなくていいわ」
「そうですか、よかったです」
「それからね、アレス君。助けられなかった少女たちのことでこれ以上悩むのはやめた方がいいわ。これからも冒険者を続けていくのなら、同じような場面もこの先数多くあるわ……その度に悩んでいたらアレス君の心がもたなくなる。もちろん、これは人として大事な資質でもあるから、捨てて非情になれと言うわけではないけれど」
「……そうですね」
「私も宮廷魔法士時代、そういうことがよくあったわ……宮廷魔法士団が動くときっていうのは状況がかなり進んでしまってからっていうことも多くてね、犯罪組織やモンスター等の問題自体は解決できても、間に合わなかった人、助けられなかった人も少なからずいたわ……そんなことが続くうちに心を病んでしまった魔法士もいてね……私はアレス君にそうはなって欲しくないの」
「お気遣い、ありがとう……ございます…………本当のことを言うと、妹を助けられなかったらどうしょうって、ずっと恐かった……でも、それだけじゃなくて、自分のこの魔力量があればなんだって出来るっていう気持ちもあって、正直調子にも乗ってた……それで今回のあの子たち……自分の想像を超えてて、どうしていいかわかんなかった……でも俺、もっとなにか出来たんじゃないかって、ふとしたときそれが頭をよぎって、あとはそのことばかりが頭の中をぐるぐる回って……俺、頑張ったつもりだったんだけど……ダメだった。もっと頭のいい人なら、もしかしたら誰も犠牲にならず、最高の結果を導き出せたんじゃないかって……そう思ったら俺……」
「アレス君……アレス君はよくやったわ、自信を持っていいの。そして、アレス君が頑張ったからエメちゃんも助けられた、きっと他の人だったら結果はもっと悲惨なものになっていたわ……それに、あなたが相手をしたのは冷酷で陰湿な存在よ、おそらく誰にもどうにも出来なかったわ、だから助けられなかったのは、あなたのせいじゃない」
なんでかわかんないけど、無意識に本音が零れ落ちてしまった。
そしてそのまま自分の意思とは関係なく、泣き言が次から次へと口から溢れ出てしまう。
ついでに涙まで流れてくる。
……これじゃあ、グベルのこと泣き虫って言えないや。
そんなとき、エリナ先生が優しく俺を抱きしめながら、慰めの言葉をかけてくれる。
気恥ずかしさもあったが、そのまま涙を流れるままにして、エリナ先生の思いやりに触れていた。
……ありがとう、エリナ先生。
「エリナ先生、お恥ずかしいところをお見せして、すみませんでした」
「いいのよ、それに全然恥ずかしいことではないし、むしろアレス君の真剣さが伝わってきて私は嬉しかったわ…………それと……普段は『俺』って言っているのね?」
「あっ、いえ、それは……」
「ふふっ、ごめんね、ちょっとからかっちゃったわ」
「い、いえそんな! 大丈夫です!!」
……エリナ先生ってこんなお茶目な一面もあったんだなぁ。
なんかちょっとかわいい。
「えっと、それでは、今回の報告は以上となります」
「ええ、報告ありがとう、明日から休んでいた分の補習をするわね、それで出席に代えるわ」
「はい、よろしくお願いします! さて、それでは、本日はこれにて失礼いたします」
「それじゃあ、また明日ね」
こうしてエリナ先生の研究室を後にした。
この世界で、エリナ先生の前でだけはカッコつけていたかったのに……他ならぬ、エリナ先生その人に情けないところを見せてしまった……
クールな男にはほど遠いなぁ……
……そうだな、俺はまだまだクール道を歩み始めたばかり。
きっと今日のことも、本物のクールになるためには必要な通過点だったんだ……
そう言うことにしておくしかないな。
……よし、腹内アレス君も待っていることだし、ご飯を食べに行こう。
よかったことも、悪かったことも、全てを一度忘れて、今はただ食べることだけを考えよう。
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