第38話 適切な間合い

 腹内アレス君に現実に引き戻された俺は、昼食を食べに食堂へ向かった。

 うん、学生たちで賑わっているねぇ。

 お、あの辺、人がいなくて快適そうだ、あそこにしよう。

 そうして、人気のないテーブルで優雅におひとりさま食事ライフを楽しんでいるときだった……


「お隣、失礼いたします、アレス様」

「……す」

「し、失礼いたしますっ!」


 急に現れてなんだぁ、この小僧ども。

 しかも「アレス様」とか、俺が転生してくる前のアレス君ならともかく、今の俺にはそういうカンジはノーサンキューなのよね。


「アレス様、お話があります」


 こっちはないよ。


「アレス様も既にお耳にされていることと思いますが、あの身の程を知らぬ士爵家の痴れ者のことです」


 あーハイハイそういうことね、ゲームに出てきたアレスの取り巻きどもってこいつらのことか。

 でも3人って、微妙に人数少なくね?

 まぁ、個性ない奴等だったから実際に何人いたのか知らんけどね。

 いや待てよ、ひょっとすると……俺がアレス君役をこの1カ月ほど務めていたせいで、ゲームの場合より取り巻きになろうと思った奴が減ったのか?

 面倒だから俺の周りをちょろつく奴が少ないのはいいことなんだけどさ、もしかしたら器とか人望的なものはゲームのアレス君の方があったのかもしれないな。

 …………ッ!! じゃあ何か? 下手したらエリナ先生も俺よりゲームのアレス君の方を評価してた可能性もあるってことか!?

 やべぇ、どうなんだ……考え方にもよるけど、ゲームのアレス君の方が派手さはあるような気がするし……

 ……いや、信じろ! エリナ先生を信じろ!!

 あのアレス君がエリナ先生にお茶の葉を贈って、素敵な笑顔を引き出せたか!?

 ……ダメだ、あれはゲームの知識を使って得たものだ……俺の人間力で成したこととは言い難い。

 うぅ、俺は……もっと、男を磨かねば……

 待っててくださいなんてとても言えないが……エリナ先生……俺は男の中の男になれるよう、もっと精進します。


「その苦渋に満ちたお顔、わかりますアレス様! 我らも同じ気持ちです!!」

「同じ気持ちなものか! お前らに何がわかる!? 知った風な口をきくな!!」

「お怒りごもっとも! アレス様の大義の志を我らごときと同列に語るなど許されることではありませんでした、平にご容赦を!!」

「黙れ! ぺらぺらとよく回る舌だ、切り取ってミノタウロスの餌にしてやろうか!!」

「も、申し訳ありません、アレス様! ですが!!」

「くどい! お前らになど用はない! さっさと立ち去れ!!」

「……アレス様、今日のところは出直します……ですが、我らの志はあなた様と共にあること、それだけはどうかお含みおきいただきたい!! それでは、今日のところはこれにて失礼いたします……おい、行くぞ」

「……す」

「し、失礼いたしますっ!」

「知らん! 二度と来るな!!」


 ふん、何が「わかります」だ、人の気も知らないで勝手なことを!

 まったく、不愉快な連中だ!


「入学してから、思ったより静かな奴だと思っていたけど……遂に癇癪を起こしたか……」

「だな、何があったかは知らないが、あんな大声で怒鳴り散らすとは……」

「何なのアレ、こわいよぉ」

「この流れだから言うけどさ、ちょっとチビった」

「仕方ないよ、なんかすんごい圧力がお腹の底にズンって来たからね……僕もさ」

「情けない奴等め……早く着替えに行くぞ!」

「「「「「お前もじゃねーか!」」」」」


 あーあ、やっちゃいましたね。

 でもま、別にこの学園で誰かと群れるつもりとかなかったし、どうでもいいな。

 むしろ、寄ってくる奴が減る分にはよかろうなのだ。

 あの取り巻き小僧どもも二度と来なければいいが……

 うん、気分を取り直して食事を再開しよう。

 そして今日は何をしようかな、昨日は魔法の練習をしたからな……

 よし決めた、今日は武術の鍛錬を積もう。

 かなり魔法とミキオ君頼りな戦い方をしてるからね、素手の鍛錬ももちろん必要だろうし、ミキオ君も蹂躙モードで叩きつけてばっかな気がするからもう少し素振りを入念に行って、いわゆる太刀筋っていうのも研ぎ澄ませるべきだろうね。

 さて、食べ終わったし、お腹を少し休めたら運動場に行こう。


 そうして運動場に到着。

 まずはウォーミングアップも兼ねて走ろう。

 ……ただ、朝みたいな走り方はせんぞ、あくまでもウォーミングアップだ、いいね?


「ハァ……こんな…………ときに……ハァ……来るなよ! ランナーズハイさんよぉ~」


 なんか走ってて気分アゲアゲになったせいで思ってたより走り込んでしまった……

 まぁいい、足の速さも求めてたんだ、間違いじゃない……

 よし、呼吸も整ったから今から武術特訓だ!


 そうして、1時間ほど一撃先生の教えを脳内で反芻しながら基礎的な武術の鍛錬を積んだ。

 一撃先生は言った「一撃一撃と積み上げた先に本物の一撃がその身に宿る」とね。

 俺はその言葉を信じる。


「ハッ! ハッ! ハッ!」


 ……なんか視線を感じると思えば……いつだったか、俺の武術を「クラー拳」呼ばわりした武術オタクのメガネじゃないか。

 まったく、今日はいろんな奴が俺の周りをちょろつくな!

 まぁ、無駄に話しかけてこないぶんには構わんか。


「ハッ! ハッ! ハッ!」


 ただ、無視しようと思っても、あの視線は妙に気になっちゃうね。

 そしてあのメガネ、意味深に頷くなと思えば、顎に手をあてて考え込むような仕草をする。

 そうしてしばらく鍛錬を続けていて、あの仕草の謎がわかった。

 俺の突きや蹴りが綺麗に決まったときは頷いて、打点のズレや体の軸がブレるなどマズい動きをしたときは考え込む仕草をしていたのだ。

 別にメガネとしては俺に指導をしてるつもりとかはないのだろう、たぶん無意識の行動だ。

 だが、役に立つ。

 メガネよ、運動場内でなら、お前が俺の周りをうろつくのを許そう。

 だが、そこまでだ、それ以上踏み込むようなら火傷を覚悟してもらうことになるぞ?

 お前もドライアイスをぶつけられたくはなかろう?

 ま、正確にはドライアイスで起きるのは火傷じゃなくて凍傷らしいけどね。

 こうして腹内アレス君から夕食のおねだりが始まるまで武術の鍛錬は続いた。

 あのメガネだけど、ある程度俺の様子を眺めたあとは自分の鍛錬に戻ったみたい。

 なんというか、変に近寄ってこないだけ節度を守ってるって感じがして好感が持てるね!

 ……いや、もしかすると、武術に精通しているだけあって、俺との適切な間合いっていうのを感覚的に掴んでいるのかもしれないな。

 うむ、侮れんメガネだ!

 さて、それじゃあ、腹内アレス君も待っていることだし夕飯に行こうじゃないか。

 あ、そういえば、明日エリナ先生の研究室に呼ばれてるんだったな。

 あのマヌケ野郎の件で俺に会いたい人っていうのは誰なんだろう……?

 それに、なに聞かれるんだろう? 既に報告した内容以外に俺が言えることって「あのマヌケ野郎はクソ野郎でした」ってことぐらいなんだけどな……

 ま、明日になればわかるか。

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