第37話 優しく響いている
さて、朝活のため庭園に出てきた。
この前の遠征依頼で判明した俺の課題として足の遅さもあった。
……いや、これはこの世界に転生してきてからずっと課題だったね。
なので、今日は読書魔力操作ウォーキングをお休みして、魔力操作ランニングにしようと思う。
読書に関してはまた違う時間に行おう、それぐらいもう少し速く走れるようになりたい、切実に。
そんな感じで、いざスタート!
「ハァ……ハァ……ぐるじぃ……」
魔力操作で体内に魔力を循環しているお陰というのか、せいというのか、体の方がまだ走れる感を出してくるので止まれない……誰か、誰かランナーズハイをください!
「ハァ……もう……ハァ、いやだ……ハァ……走りた、くない……ハァ……でも、ハァ……走れちゃう……」
「……」
こうして辛い、マジで辛い魔力操作ランニングを終えた。
なんか、俺が一生懸命走っていると「私、優雅に朝のお散歩をしているの(きゅるん)」みたいな雰囲気の小娘が嫌そうな顔をしてどっか消えてった。
まったく、貴族の令嬢があんな簡単に表情を出していいもんかね?
将来どっかの貴族に嫁いだら困るんじゃないの? 知らんけど。
って、今思い出したら、今まで道で俺とすれ違ってた令嬢って、だいたい引きつった顔とか怯えた顔してたっけ?
ふむ、あの小娘の表情も冷静になって考えたら、わりとスタンダードだった。
疲れるといかんね、どうもネガティブ思考になっちゃう。
そんなときはコレ! 回復ポーション!!
ぐびっと行きましょ! 回復ポーション!!
「くぅ~っ、疲れ切った体に染み渡るぅ~」
うん、回復ポーションを開発した奴は偉大だね、俺に尊敬されてもあんまり嬉しくないかもだけど、認めてやるよ、お前は凄いってな!!
さて、みなさんお待ちかねの、アレス君のシャワータイムだよ?
瞬きなんかしてたら見逃しちゃうからね!
そうしてシャワーを終えた俺は早速食堂に移動。
さぁ~ほどほどに加減して食うぞぉ~
「昨日、あの士爵家の勘違い野郎と王女殿下が喫茶店で談笑しているのを見た」
「な、なんですとぉ! そういうのはマナー違反でござろう!!」
「そうだよねぇ、遠くから見守るから尊いんだって、なんでわっかんないのかなぁ」
「……なんだろう、お前らと俺の認識のニュアンスが若干違うように感じるのだが……」
俺、1週間以上前にお茶してるの見たぞ?
こいつら情報遅くねぇか?
たぶんだけど、ゲームの記憶から考えても、もう結構デート重ねてると思うぞ?
1カ月もあれば、多少は恋愛イベントも起きてるんじゃないか? 知らんけど。
でもま、主人公君、なかなか頑張ってるみたいじゃないの。
いい感じ、いい感じ、君はそのままでいるんだよ。
「しっかしあの野郎、今度ガツンと言ってやんねぇとかな?」
「せ、拙者は争いごとは好まぬゆえ……か、刀は抜かぬことこそ至上ゆえ……」
「ぼ、僕は遠くからひっそりと見守っていられれば満足だから……」
「チッ、だらしねぇ奴等だ」
ダメだな、あの小僧どもは片思いの美学をわかってない。
奴等は弱っちい自分を守ってるだけで、王女殿下の幸せを願って引き下がってるわけじゃない。
それに威勢のいい彼もおそらく、口だけ君だ、主人公君を前にしたら何も言えまい。
もし仮にガツンと言えたとしても……王女殿下のためという建前で、なかよししている主人公君に対する醜い嫉妬を誤魔化した言葉を投げつけるだけ……それじゃあ王女殿下のためを思ってのこととは言えない。
自分の欲が勝ってるうちは、片思いの美学の体現者にはなれない……いつか彼等にもそのことがわかる日が来るといいのだがな……
さて、食事も終わったことだ、授業に出よう。
あぁ~エリナ先生の授業、楽しみだな!
さぁさ、じゅっぎょっおっ! じゅっぎょっおっ!!
今日もとびっきりステキな授業だった。
エリナ先生の透明感のある大人の落ち着いた声が今も俺の頭に優しく響いている。
心地いいねぇ。
「アレス君、ちょっといいかしら?」
そうそう、この声って、え!?
「はいっ、なんでしょう! エリナ先生!!」
「あら、驚かせてしまったかしら」
「いえ、そんなことありません!」
「そう? それならいいのだけど。ああ、それでね、明日のお昼1時頃って空いてるかしら?」
「お昼の1時、はい、空いてます」
「よかったわ、じゃあ明日のお昼、研究室まで来てくれるかしら…………この前の件でね、アレス君に会いたいって人がいるの」
「はひっ! わっかりまひたっ!!」
「それじゃあ、よろしくね」
そう言って微笑みをひとつ残し、エリナ先生は行ってしまった。
この前の件らへんのところで、一応明確な単語は出ていないが、それでも用心のためか、耳元で小さく囁かれた……
あれは破壊力凄い……
今もなんか、幸せ物質が脳内で溢れかえっている。
キリッとした顔を維持しようと努めているが……だらしない顔を抑えきれていないと思う。
だから、ナルシストを気取って片手で顔を覆うことにした。
そうして、しばらくの時間……腹内アレス君の催促が来るまで、甘く温かい幸福な感情に浸っていた。
そのときの俺は、この世界は幸せで満ちているんだなって本気で思うことが出来ていた。
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