第34話 今はこのままで

 次の日、授業が終わったのでエリナ先生の研究室に報告に行った。


「失礼します」

「いらっしゃい、アレス君」

「遠征依頼を終えたので、その報告に上がりました。それとこちら、遠征先の村特産のハーブティーです。よろしければお納めください」

「まぁ、ありがとう! 実は私、お茶が趣味なの、すっごく嬉しいわ! アレス君が選んでくれたお茶、早速淹れてみるからちょっと待っててね!」

「はい」


 おお、効果は抜群だ。

 原作知識は嘘をつかないね。

 こういうやり方は男らしくないと思われるかもしれないが、そんなこと知ったこっちゃない。

 俺はエリナ先生が喜ぶ顔を見れたらそれでいいんだ。

 見ろ、あのご機嫌でお茶を淹れているエリナ先生の姿を!

 普段の落ち着いた大人の魅力の中に、少女のような可憐さが垣間見える、素敵だと思わないか?


「お待たせ。早速飲んでみましょう」

「いただきます」


 エリナ先生の淹れてくれたお茶を飲める喜び、プライスレス。


「とっても美味しいわぁ」

「そうですね。そしてエリナ先生の淹れ方が上手なので、さらに美味しく感じます」

「ふふっ、ありがとう」


 こうしてしばらく、お茶を飲みながらゆったりとした時間を満喫した。

 ああ、この穏やかで幸せな時間が永遠に続けばいいのに!


「それで、依頼達成証明書の提出だったわね。無事に帰ってきてくれて安心したわ……でも、遠征に行く前に比べて魔力が強くなってるわね、無茶をしてないわよね?」

「私としては無茶をしたつもりはないのですが……1体だけ妙に強い個体がいたのは確かですね」


 そうして、今回の遠征依頼の話をした。

 ゴブリンヒーローに関しては、話すかどうかちょっと悩んだ。

 なぜかというと、ヒーローはゲームでも激レアだったように、この世界でも数年、下手したら数十年に一度発見されるかどうかというほぼ伝説とか幻に近いモンスターだからだ。

 そんなわけで、こいつホラ吹いてんなとか思われたくなかったからね。

 そんな俺の話だが、エリナ先生は信じてくれた、というかめっちゃ心配された。

 心配かけて申し訳ない。

 ついでに、敢えてギルドで売らなかったヒーローの魔石も見せてみたら、魔石に宿る力に驚きつつも納得していた。

 ただ、物凄く珍しい物なので、トラブルを避けるためにはヒーローのことはあまり人に話さない方がいいし、保管には十分注意するように言われた。

 まあ今のところ、エリナ先生以外には話すつもりはないし、マジックバッグの中にずっと入れたままにしておけば大丈夫だろう。

 一応マジックバッグには盗難防止の措置として俺以外使えないようになってるからね。

 というわけで、いつか言ってみたい台詞シリーズのひとつをここで言ってみることにした。


「今のところ他の人には強い個体がいた程度のことしか言っていませんので、ゴブリンヒーローについては私とエリナ先生2人だけの秘密ということにさせてください」

「ええ、わかったわ。そうだ、ちょうどいい機会だから、契約魔法を試してみる? 授業で扱うのはもっと先だから、予習ってことになるわね」

「おお、とても興味深いです」


 契約魔法、ゲームでも設定はあったと思うけど、あんまり印象にない。

 確か、商人関係のイベントで台詞の中にちらっと出てきただけだった気がする。

 まぁ、それはともかくとして、大事な約束事とかを魔法的効果で縛ることが出来るようだ。

 でっかい商談とかでは必須な魔法だろうね。

 そんで、今回みたいな場合だと、秘密を洩らそうとしたとき、口が開かなくなったり、筆記用具が持てなくなったりと行動が制限されるようになるらしい。

 それを今、体験も兼ねて試してみようってわけ。


「契約内容はそうね……『エリナ・レントクァイアがゴブリンヒーローの情報を開示する場合は、アレス・ソエラルタウトの承諾を必要とする』って感じかしらね」

「あの……内容ですが『ゴブリンヒーローの情報を開示するにあたって、アレス・ソエラルタウト、エリナ・レントクァイア両名の意見の合致を必要とする』というのはいかがでしょう?」

「ふふっ、私にだけ負担をかけないように考えてくれたのね、ありがとう。アレス君が良ければ、その内容で構わないわ」

「では、それでお願いします」

「わかったわ。じゃあ、契約魔法のやり方を教えるからやってみて」


 エリナ先生に教えられた通りに行い、無事契約魔法の発動に成功した。

 試しに、関係ない他人に知らせるつもりでゴブリンヒーローのことを紙に書こうとしたら、手に力が入らずペンを持てなかった。

 なるほど、こんな感じね。

 ちなみにだけど、契約魔法を使うには当事者双方の合意が必要なため、基本的には悪用出来ないらしいが、何らかの抜け穴を見つけて悪さをしている者もいないわけじゃないらしい。

 まぁ、バレたら当然罰せられるけどね。

 そんな感じで、ゴブリンヒーローの話から、契約魔法にまで話が広がった。

 それに何より「2人だけの秘密」っていうステキワードを使えたことが、俺の達成感を強くしている。


「それと、話に出てきたリッド君だけど、どこまで努力を重ねられるかにもよるけれど、将来的に学園に推薦することも視野に入れてみたらどうかしら?」

「推薦って私がですか? そのときの私などまだまだ若造に過ぎないと思うのですが、そんなこと出来るのですか?」

「ええ、出来るわ。ゴブリンヒーローの討伐を表に出せばかなりの実績になるでしょうし、これからもまだまだ頑張っていくつもりでしょう? そんなアレス君に面と向かって文句を言える人なんてどれだけいるかしら。それに、そのときは少なくとも士爵位を得ているでしょうから、貴族の推薦となればそれで十分よ」

「なるほど、ではそのことも視野に入れて、リッド君を鍛えてあげたいと思います」

「そうしてあげてちょうだい。アレス君の教えを受けた子……今から楽しみね」

「はは……頑張ります」


 なんか、リッド君の成り上がり物語がマジで現実味を帯びてきたぞ。

 ただ、そのためには俺もゲームのような破滅をするわけにはいかないな……いや、もとからそのつもりはないけどさ。

 ……まぁ、ここまでだけでも結構もりだくさんな内容だったけど、ある意味ここからが本題となる。

 魔王復活を目論んだ魔族の暗躍……その報告だ。

 ゲームだと俺たちが2年生ぐらいから魔族の動きが活発化というか、主人公君の活躍によって表面化してくるようになる。

 それぐらいになって、ようやく王国も本格的に動き出すって感じだった。

 そこで今回の報告により、それよりも1年早く王国が対策に乗り出してくれれば、魔族の対処に俺が動く機会を減らすことが出来るかもしれない。

 あと、その報告をなんでエリナ先生にするかというと、エリナ先生は教師になる前は宮廷魔法士団所属の超エリートだったというゲームの設定で、そのときのツテを使えばより早く王国の上層部に報告が行くだろうと思ったからだ。

 ついでに言うと、アレス君って今までの評判が物凄く悪いからさ、俺が直接騎士団とかに報告に行ってもまともに取り合ってもらえないと思うんだよね。

 むしろ下手したら、変な言いがかりをつけたとして逆に俺が訴えられるかもしれないしさ。

 うん、日頃の行いって大事なんだ、アレス君わかったかい?

 そんなわけで、まずは吸命の首飾りを見てもらおう。


「それから、もうひとつ報告したいことがありまして……まずはこれを見てください」


 そう言って、テーブルに吸命の首飾りを置いた。


「……アレス君、これをどこで?」

「これを入手した経緯について、説明いたします」


 そうして、あのマヌケ野郎についてと、現時点では魔王という単語は荒唐無稽に感じられそうなので、一部の魔族が人間からエネルギーを奪い集めて何かをやらかそうとしているらしいことを報告した。


「そんなことが……わかったわ……私から宮廷魔法士団を通じて報告を上げておくわ」

「はい、宜しくお願いします」

「それにしても、私が元宮廷魔法士だって、よく知ってたわね? そこまで在籍期間も長くないのに」

「もちろんです。エリナ先生が宮廷魔法士団のエースだったってことは、魔法を志す者にとって常識ですよ」

「それはみんなが面白がって適当に言っていただけよ、私なんてまだまだ」

「他の人は知りませんが、私は心から尊敬しております」

「ありがとね」

「あ、それと魔族から馬車ごと回収した物品も一緒に提出してもらえますか? 何かしらの危険物もあるかもしれませんし」

「ええ、もちろん」

「お手数かけますが、重ねてお願い申し上げます」

「ええ、任せてちょうだい」

「さて、長々とお時間をいただき、ありがとうございます。報告は以上となります」

「そんなこと気にしなくて大丈夫……だけど、ゴブリンヒーローの討伐だけでなく、魔族の悪事まで暴くなんて……今日は驚かされっぱなしだったわね」

「はは……」

「……これから魔族がどう動くかもわからないし、人間の中にもアレス君をよく思わない人もいるかもしれない……くれぐれも気を付けるのよ」

「はい! 誰が来ても大丈夫なように、しっかり鍛えます!!」

「応援してるわ。それと、私が力になれることがあったら協力を惜しまないから、いつでも相談に来ること、良いわね?」

「はい! ありがとうございます!!」


 そうして報告が終わり、エリナ先生の研究室を後にした。

 これでようやく一段落が着いたって感じかな。

 なんかいろいろあったな……

 最初はちょっと強いゴブリンの討伐ってだけの話だったのにね。

 最後は魔族の始末とは、なかなかエキサイティングな遠征だった。

 しっかし、テグ助の奴……残念だったな。

 簡単に忘れられたら楽だったろうに……どうしても忘れられない人っていう存在は、楽に生きるためには見つからない方が幸せなのかなって少し思ってしまうよ。

 ……いや、それだけの感情が動くような相手に出逢えた、そんな恋心を経験出来たってだけで、その人生は輝いていたって言えるのかな。

 俺はどうなんだろう……前世ではそんな相手に出逢わなかった。

 ……まぁ、出逢うには時間が足りなかった気もするけどね。

 そして今世……エリナ先生のことは好きだ。

 だが、この好きはお気に入りのゲームキャラに対する憧れなのか、女性として本当に好きなのか、俺自身まだよくわかっていない。

 ただ、ゲームの主人公に譲る気だけはないし、エリナ先生を傷つける奴、不幸にするような奴がいたら全力で叩き潰す、それだけは確実に言える。

 この気持ちに答えが出るまでは、今はこのままで……片思いの美学に酔った男でいようと思う。

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