第29話 一縷の望み
テグ助の家に着き、玄関をノックする。
「なんだ、あんたか……それにナミルにリッドも、深刻な顔して……ゴブリンの討伐は成功したんじゃなかったのか?」
「そうだが、確認したいことがあってな、今話せるか?」
「ん? まぁ、構わんが……とりあえず、入ってくれ」
「邪魔する」
テグ助は独り暮らしらしいね、それはどうでもいいとして、俺、ナミルさん、リッド君の3人は応接間に通される。
「で、確認したいことってなんだ?」
「お前が先日ナミルさんに渡した首飾り、あれはどこで手に入れた物だ?」
「どこでって、ゴブリンの集落に行った日、モヌが最後にナミルに渡してくれって……」
「嘘はいらない」
「嘘って何を根拠に……」
「お前は昨日、俺と一緒に森に入ったから俺の魔力探知の精度を知っていると思うが、あれで首飾りの残留魔力を調べたら、お前とナミルさんの分しかなかった。それが根拠だ」
「はぁ? そんな適当なこと、誰にだって言えるだろ!」
「まぁ、そうかもな……それで、あの首飾りにどんな効果があるかってことが重要なんだが、あれは身に着けている人間の生命力を吸い取って溜め込むっていう凶悪な物でな……危うくナミルさんは命を落とすところだった」
「な!? そんな馬鹿な!! あれは、込めた想いを相手に伝えるってだけのはずだぞ!!」
「ああ、そう言って騙されたんだな」
「ッ!!」
「で、誰だ? お前にあんな物を渡したクズは……ナミルさんたちも本当のことを知りたいだろうし、この際だ、余計な隠し事はせず、もう全部話せ」
「テグ……お願いだから本当のことを教えて」
「……」
「テグ、お願い」
「……わかったよ……………………俺とナミルとモヌ、生まれたときから3人いつも一緒だったな」
「ええ、そうね」
「子供の頃……俺はいつも願ってた、ずっとずっとこのまま3人一緒で……こんな日々が永遠に続けばいいなって」
「……」
全部話せとは言ったが……幼少期のところから自分語りが始まるとは……
「でも、そんな子供時代はわりとあっさりと終わりを告げた……気付けばお前とモヌが少しずつ、でも確実に互いに惹かれあって行ったからだ……まったく嫉妬なんてしなかったと言えば嘘になるが、モヌは男の俺から見ても最高の男だったし、何より親友だ……あいつだったらお前を幸せに出来ると思った。だから俺は黙って祝福することに決めた、決めたはずだった……」
「テグ……」
ああ、三角関係ってやつか……まぁ、前世の俺もそういう状況を察したら真っ先に身を引いちゃうタイプだったからね……同担拒否思考っていうのかな、そういうのまあまああったし。
だからかな、テグ助の気持ちもちょっとわかっちゃう気がするよ。
「でも、必死に忘れようとしたが……お前への想いを忘れることは出来なかった……そんなあるとき、ある男に出会った。行商人のザネルだ。何度かあいつと飲むようになって……このことを誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない……気付いたときには話してた」
行商人とか言われても知らんが、おそらくソイツがクソ魔族のなりすましだろうね。
うん、見つけたら始末しないと!
「……でも、あいつはこの村の人間じゃないし、商人だけあって口も堅いだろうからいいかとも思った。そうしてしばらくしたらあいつが『これはある部族に伝わる、想いを込めて相手に贈ると両想いになれるという謂れのある首飾りです』とか言いながら俺に寄こしてきた」
うっわ、それ買っちゃうよ、恋に悩む人なら一縷の望みに賭けたくなっちゃうよ。
そこで「そんな物で手に入れた愛など本物ではない」キリッ、とか言えちゃうイケメンなら余裕で断れるんだろうけどさ……正直難しいよね。
「だが、あれをナミルに渡す気はなかった。ただ、毎晩寝る前あれに想いを込める、ただそれだけだ。そうしていると、不思議と気持ちが落ち着くことが出来たから丁度よかった。こうして俺の報われない想いもようやく終わりを迎えられるのだろうと思った……あの野郎が現れるまでは」
「あの野郎とは、討伐隊を壊滅に追いやったゴブリンの上位種のことか?」
「そうだ……それでみんなが逃げる時間を稼ぐために、モヌはあの野郎の注意を引き続けて……」
ゴブリンジェネラル相手にたとえ時間稼ぎだったとしても、仲間を逃がすまで持ちこたえられたとは……リッド君のお父さんはやはりなかなかの実力者だったんだろうね。
「そうして村に帰ってきて……しばらくは頭が真っ白だったが……モヌはもういない、そう思った、思ってしまった瞬間……気付いたらあの首飾りをナミルに渡していた……あとは知っての通りだ」
まぁ、テグ助の弱さっていうのもあるだろうけど、実際のところ吸命の首飾りに生命力を吸われてたせいで、思考力も多少落ちてたんだろうなって思うよ。
さっき、あれに想いを込めてたら気持ちが落ち着いたとか言ってたけど、たぶん気を失って寝落ちしてただけだろうし。
ただ、一日中身に着けてたわけじゃないみたいだし、寝てる間にある程度体力回復出来てたから大事には至ってなかったってだけだろうね。
「…………テグ、あなたの気持ちに気付けず、ごめんなさい……ずっと辛い思いをさせていたのね……」
「いや、お前は何も悪くない……」
「ええ、ナミルさんは何も悪くありませんよ、一時の感情を抑えきれなかったテグが弱かっただけです……ただ、その行商人とやらにも話を聞く必要が出てきました」
ま、おそらく吸命の首飾りのせいとはいえ、テグ助の擁護をするつもりはないからね。
そんで、行商人……というかたぶん魔族のクソ野郎には、お話っていうより首と胴体をお離ししてあげようと思う。
「……彼なら、そろそろ村に来る頃じゃないかしら」
「そうですか……なら数日待ってみることにします」
「ええ、うちになら何日泊ってくれても大丈夫よ」
「はい、ありがとうございます。では、聞きたいことも聞けましたし、そろそろ戻りましょうか」
「……そうね」
「まぁ、お前も騙された側の人間……とはいえ、後日騎士団あたりに事情を聞かれて、その沙汰を待つことになるだろう……それまでは今回のことをよく反省しておくことだ、言われなくともわかっているだろうがな」
「……ああ」
「さて、それでは行きましょう、ナミルさん、リッド君」
「……ええ」
「……うん」
「それじゃあな……………………もしお前が強い気持ちで想いを秘めたままでいられたのなら、同志と呼べたかもしれないのにな…………残念だよ」
その後、ナミルさんリッド君親子の家に戻り、夕飯をいただいた。
待たせてごめんね、腹内アレス君。
ナミルさんに頼んで多めに作ってもらったから、いっぱい食べよう……いろいろあったし、今日ぐらいはいいさ。
食事中、あまり会話が弾むこともなく静かなものだった。
ナミルさんは明るく振る舞おうとはしているが、ふとしたときに悲し気な表情が出てしまうし、リッド君はテグの家に行ってからずっと難しい顔をしたままだ。
まぁ、まだ子供なわけだから、恋愛感情とかどの程度理解しているのかはよくわからんが……
食事が終わり、多少くつろいだ後、昨日はリッド君からだったが、今日は俺から風呂に誘った。
ナミルさんも一人で気持ちを整理する時間が必要だろうし、俺に出来ることなど限られているだろうが、リッド君にももう少し元気を取り戻してもらいたい。
風呂に入っている間もリッド君の口数は少なかったが……背中を流してもらっているとき、リッド君に尋ねられた。
「ねぇ、アレス兄ちゃん、母ちゃんに使ってた魔力探知っていうの、オイラにも出来るかな?」
「ん~そうだなぁ、魔力探知っていうのは魔力操作の応用だから、まずは魔力操作をしっかりやってからかな」
「じゃあ、その魔力操作っていうの……オイラに教えてくれないかな?」
「うん、いいよ。俺に教えられる範囲なら、いくらでも」
「ホント!? やったぁ!!」
「ただ……地味だし、つまらないと感じる人も多いみたいだから、続けるのは大変だってことは先に言っとくよ」
「うん、わかった……でもオイラ、これからは父ちゃんの分も母ちゃんを護るんだ。また今回みたいなことがあったら、今度はオイラが母ちゃんを助けたいんだ! だから、オイラ頑張る!!」
「そっか……それじゃあ、俺も気合入れて教えるよ! あ、今度は俺が背中を流してあげるから交代しよう」
「うん、お願いします、アレス師匠!」
「それはなんか恥ずかしいから、兄ちゃんでお願い」
「そっかぁ~」
ふむ、リッド君の現在の魔力量を探知してみたけど……正直、貴族家の子女に比べたら、当然かもしれないが圧倒的に少ない。
ただ、父親はなかなかの実力者だったみたいだし、これから鍛えれば伸びる可能性もあるだろう、まだ子供だし。
というか、ゲーム脳的感覚からすれば、ガンガンレベル上げすればいいだけでしょってな話だ。
いや、この世界にはステータスとかないけど、魔力量とか体感的に感じる部分はあるし、ヒーローを倒したとき魔臓のレベルが上がった感もちょっとあったからね、行ける行ける。
ま、その辺はリッド君の努力次第なところもあるけど、村人からの成り上がりっていうのも人気ジャンルだからさ、リッド君にはそれを目指してもらおう。
そうして、風呂から上がった俺たちは、寝る時間までみっちり魔力操作の練習を行った。
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