第22話 それはダメ

 学生寮の自室に戻り、一度シャワーを浴びる。

 魔纏を展開しているから返り血とかは浴びてないけど、汗とかはかいているからね。

 そんな格好でエリナ先生に不快な思いをさせたくないし。

 ただ、既に夕方5時を過ぎているので、あんまりのんびりもしていられない。

 テキパキと行動せねば。

 そんなこんなで身なりを整えて、エリナ先生の研究室前に到着。

 扉の表示が「在室」になっていることに安心しつつ、ノックをする。


「どうぞ」

「失礼します」

「あら、アレス君いらっしゃい」

「このような時間に訪問して申し訳ありません。ご報告したいことがありまして……」

「ふふっ、そんなこと気にしなくて大丈夫よ。それで、報告したいことっていうのは何かしら?」

「はい、冒険者ギルドで依頼を受けまして、学園都市から西へ馬車で1日ほどの場所にあるソレバ村というところに、明日の早朝から遠征に行くことになりました。ギルドでは1週間程度の日程を見込んだ依頼となりますので、授業に出られない日があるかと思い、予め報告に伺わせていただきました」

「そういうことね、承知したわ。ああ、そうそう……こういう場合、ギルドの証明書を後日提出して終わりって生徒が多いのだけれど、こうやって事前に報告に来てくれるのは律儀で良い心がけだと思うわ」

「お褒めに預かり恐縮です」

「ふふっ、言葉遣いはちょっと硬いかなって思うときもあるけどね……それにしても、もう遠征依頼を受けてくるとは、頑張っているみたいね」

「いえ、それほどでも」

「例年の生徒たちを見てきた感じ、日数のかかる遠征依頼を受けるのは、早い子でも1年生の終わり頃からよ」

「なるほど、そうなのですか」

「そうなの。ただ……焦っちゃだめよ? 功を急ぐあまり取り返しのつかない失敗をしてしまった子も少なからずいたからね……」

「……正直なことを言えば、功を急ぐのとは少し違いますが、公欠になるとはいえ少しでも多くエリナ先生の授業を受けたいと思い、なるべく早く依頼を完了させてしまおうと考えていました」

「そんな風に思ってくれるのは嬉しいけれど、それはダメ。受けられなかった授業については、言ってくれれば後から補習してあげるし」

「本当ですか!?」

「ええ、もちろん。だからじっくりと落ち着いて依頼にあたるのよ」

「はい!」

「よろしい。他に何かあるかしら?」

「いえ、以上になります」

「そう、じゃあ、明日から気を付けて行ってらっしゃい。無事に帰ってくることを祈っているわ」

「はい、ありがとうございます! それでは、失礼します」


 そうしてエリナ先生との幸せなひとときの余韻に浸りながら、自室に戻る。

 エリナ先生に心配をかけないように、依頼を完璧にこなしてみせなきゃだね。

 しっかし、補習してもらえるなんて、すんげぇ嬉しい!

 秘密の個別指導……くぅ~っ、最高だね!!

 いや別に、秘密でもなんでもないけど、そこは気分の問題ってやつさ。

 さって、腹内アレス君も待ちわびてるし、夕食を食べて明日の準備をしよう。

 明日は朝練をやる時間はないだろうから、今晩は寝不足にならないよう気を付けつつ、念入りに魔力操作を練習しとこう。


 朝が来た。

 今日は遠足……じゃなかった遠征だ、気合を入れていくぜ!

 出発前に、持ち物の最終確認をしておこう。

 ポーション類とか装備品の予備とかはもちろんのこと、大量の食料をマジックバッグに収納しておく。

 というのも、前世のラノベとかで悪徳領主に全て吸い上げられて村に食料とかほとんど残ってないみたいなシーンってたまにあるでしょ?

 なんか俺の中で村ってそういうイメージが微妙にあるんだよね。

 今回もそういう状況で食べるものがないってなったらさ、俺は別に構わないけど、腹内アレス君が黙ってないだろうからね、自分の食べる分ぐらいは予め用意しておこうってワケ。

 さて、確認も出来たことだし、あとは冒険者スタイルに装備を整えて、いざ出発!!


 早朝ということもあり、人通りは少ないが、荷物を積んだ商人のものであろう馬車は通るし、市場の方では何やら作業をしている男の姿もちらほら見える。

 なんていうか、これから1日が始まるぞっていう活気みたいなものが感じられて実に清々しい。

 そんなことを思いながら歩いていると、ギルドに到着。


「おはようございます、アレスさん。馬車の準備が出来ているので、ご案内しますね」

「おはようございます、ロアンナさん。お願いします」


 馬車乗り場に案内されると、ギルドの紋章の付いた馬車が停まっていた。


「アレスさん、こちらが今回御者を務めるゼスと申します」

「ゼスっちゅうもんです、よろしく頼んます」

「アレスだ、こちらこそよろしく」

「いつでも出れますが、準備は出来てますかい?」

「ああ、問題ない」

「それじゃあ、早速出発しやしょう。馬車に乗ってくだせぇ」

「わかった。それではロアンナさん、行ってきます」

「はい、お気をつけて行ってらっしゃいませ」


 さて、目的地まで何度か休憩を挟むとはいえ、馬車の中で1日過ごすことになるわけだ。

 この時間を無駄にするわけにはいかないので、魔力操作の練習に取り組む。

 体中に魔力を循環させ、体の表面には魔纏を展開、そして魔力探知で周囲を確認。

 これらを同時にこなすのに転生当初はなかなか苦労したものだけど、だいぶ慣れてきた。

 努力はアレス君の体を裏切らない……ふっ、名言だね。

 それと、魔力探知で認識したモンスターにマーキングしてホーミング魔法を撃ち込んだら楽でしょ? って思ったんだけどさ、姿の見えない距離だと誤って人間に撃ち込んだらマズいと思って、視認できる距離までは魔法を待機状態にして今までは運用してた。

 とはいえ、モンスターの魔力と人間の魔力って明らかに違うから誤認したことは今のところ一度もないんだけどね。

 それで、今回はゴブリンの上位種がいるかもしれないし、視認できる距離まで近づく余裕はないだろうから、自分の魔力探知力を信じてブッ放そうと思ってる。

 いやまぁ、村人の話とか現地の様子を確認して万全を期すつもりではあるけどさ。

 そんなわけで、今回はそういう方向性で考えているので、移動時間中は魔力探知ですれ違う商人や旅人、こちらを遠巻きにうかがうモンスター等の魔力の見分けを特に念入りに行った。

 こうやって魔力を感じてたらさ、まさに十人十色って言葉は本当なんだなって思うね。

 人間の中にもあんまり感じの良くない魔力の持ち主がいたし……こっちに敵対的な魔力を向けてこないモンスターもいたのが地味に驚いた。

 まぁ、見た感じ小動物系っぽいし、強者に恭順の意を示そうとしているのかな。

 もしかしたら、テイマーとかいう職業の人たちはそういうモンスターを使役しているのかもね。


「アレスの旦那、休憩にしや……しょう……って、その滝のような汗はどうしたんで?」

「ん? 休憩か……いやまぁ、魔力操作の鍛錬をしてるとな、血行が良くなるみたいで汗がよく出るんだ」

「……それにしたって、尋常な量じゃないですぜ」

「まぁ、そうかもな。そうだ、ゼスもやってみたらどうだ? 腰痛予防にも効くだろうし、御者にはうってつけだと思うぞ?」

「ははは……考えときます」

「うむ、村での待機中とか暇なときにでも試してみてくれ……それじゃあちょっと水浴びをしようかな、どっちに行けばいい?」

「へい、こっちです」


 ゼスに川まで案内してもらった。

 小川のせせらぎ、小鳥の鳴き声も耳に心地いい。

 馬も美味しそうに水を飲んでいるし……なんていうか、のどかで良いもんだね。

 ああそうか、これがスローライフってやつか……こりゃ人気が出るのも納得だ。

 なんか心が洗われる感じがするし。

 よし、それじゃあ俺も汗を流すとしよう。


「ふぅ、さっぱりした。待たせたなゼス」

「全然でさ」

「そろそろ出発か?」

「へい。それと、次の休憩は昼になりますんで、それまで……また魔力操作ですかい?」

「もちろん」

「……が、頑張ってくだせぇ」

「おう」


 こうして、休憩を何度か挟みながらソレバ村へ向けて進んでいく。

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