閑話1 エリナ・レントクァイアの見解
[1] はじめに
この学園で「あなたが今年の新入生でもっとも注目している生徒は誰か?」という質問をされれば、大半の回答者は「王女殿下」と答えるであろう。
しかし、私の回答は違う。
では、私の回答は何かというと「アレス・ソエラルタウト」となる。
確かに、王女殿下は王族という地位はもちろんのこと、魔法士としての素質もずば抜けたものがあり、
将来きっと素晴らしい魔法士となる生徒であろう。
そのため、多くの回答者の答えに異論を挟む余地はない。
ではなぜ、私が王女殿下と答えずにアレス・ソエラルタウトの名前を挙げるかということである。
どうにも彼には入学前と後でその人柄に大きな違いが見受けられること、そして彼の魔法士としての才能が桁外れていることが理由である。
これらについて以下に私の見解を述べていきたいと思う。
[2] 入学前の噂と素行調査
アレス・ソエラルタウトという名は学園に入学前から有名であった。
そこで、どのように有名なのかがわかる、彼を形容した言葉をいくつかここに列挙してみる。
・魔力の化け物
・傲慢を絵に描いたような少年
・暴食の権化
・怠惰の極み
・婦女を震え上がらせる視線の持ち主
他にもまだまだあるが、総じて酷いものである。
かろうじて「魔力の化け物」だけは誉め言葉として受け止めることが出来るかもしれない。
私の場合は学園の教師としての仕事や魔法の研究に忙しかったため、貴族としての社交の場に参加することが少なかったこともあり、実際に彼の姿を見たことがなかった。
そのため、どれも噂を聞いただけに過ぎず、それだけで彼の実態を判断するべきではないであろう。
また、学園が入学前の全生徒に対して行う素行調査の結果を見てみる。
彼は誕生から年齢を重ねるにつれ保有魔力量を増大させていった。
そして5歳になり、魔法を初めて学んだその日に6歳上の兄君よりも強力な魔法を発動させた。
兄君のセス・ソエラルタウト卿はその当時、魔法士としての才に恵まれていなかったわけではない。
むしろ、その優秀さに将来を有望視されていた存在であった。
しかし、アレス君は魔法を学んだ初日に、優秀な兄君よりも優れた魔法の才を見せた。
このことにより、周囲はアレス君こそが次期侯爵であろうと判断し、彼に群がり、おだて上げるようになる。
その結果、彼は周囲を見下し、傲慢な性格に育ってしまった。
さらに、魔法の天才という自惚れから、それ以後の努力を一切やめてしまう。
そうして、一時は魔法の天才として高く評価されていたものの、徐々にその評判を落としていった。
今では、セス・ソエラルタウト卿が跡継ぎと目され、既に次期侯爵として見習い教育が施され始めている始末である。
このように、入学前の彼の評価はほぼ最低と言えるものである。
ただし、こうした幼少の頃に高い魔法の才を見せた子女が心得違いを起こすことはむしろよくあることである。
そのため、このような生徒を教え諭し、立派な魔法士へ導くことがこの学園の存在意義のひとつであり、私の教師として果たす使命であると言える。
そうして、私が新入生Aクラスの担任を受け持つことが決まってから、受け持つ生徒一人一人の素行調査書を読みながら、アレス君をどのように導いていくべきかと入学式の日まで思案に暮れるのであった。
[3] 入学後に自分自身が感じた印象
入学前の彼の評価は先に述べた通りである。
しかしながら、不思議なことに実際の彼を目の当たりにすると、それらの評価とはまるで別人ではないかと思えるほどに人柄が異なるのである。
ではそれがどう異なるのか、入学後から今日に至るまで、私が彼に感じた印象をここに記述していきたいと思う。
(1) 自己紹介
彼と初めて接点を持ったのは入学式後、Aクラスの生徒に自己紹介をしてもらったときのことである。
そこで彼は、クラスメイトに対する自己紹介というよりも私に対して挨拶をしたと受け取れる自己紹介をしたのである。
あのときは一瞬、ふざけているのかと思いかけたが、彼の目は真剣なものであり、決して悪ふざけではないと判断出来るほど熱心な眼差しが私を見つめていた。
そのときからである、不思議な彼の魅力に興味を持ち始めたのは。
(2) 魔力測定
魔力測定でも彼は実に興味深い行動を見せた。
彼は魔力の化け物と称されているが、たとえそのことを知らなくても、実際に一目見ただけで圧倒的な魔力量を保有していることが感じ取れる。
そして、入学前の評価と彼の魔力量から考えて魔法暴発が予想された。
現に、魔力測定に携わった教師は生徒を護るために、魔法障壁の準備を密かに行っていた。
しかしそれは起こらなかった。
いや、彼自身がそうならないように抑えていたのだ。
そこで、多くの教師の反応は「噂を聞いていたので身構えていたが、実に拍子抜けだった」というものであり、彼の配慮に誰も意識が向かなかったようである。
それに対し、この結果から私の彼に対する印象は理性的な少年であると上方修正された。
また、素行調査書の記述から、彼が魔力操作の練習をしていないことは明白である。
そして、彼の様子からも魔力操作に不慣れであることが見て取れた。
このとき私は、彼が魔力操作に習熟しさえすれば物凄く伸びると直感した。
(3) 魔力操作の第一段階
元々のカリキュラムでも魔力操作を行うことになっていたが、予定よりも丁寧に時間をかけて行うことに決めた。
なぜなら、魔力操作の練習に終わりはなく、一生をかけて磨いていくものだからである。
それは建前であろうと言われたら、完全には否定できない。
アレス君の伸びへの期待が少なからずあったことは認めざるをえない。
とにかく、そのようなわけで魔力操作の第一段階を指導してみたところ、彼は自壊を起こすほどの魔素を体に溜めたのである。
あれには正直とても驚いた。
あまりに魔素を溜めすぎて、その場の魔素濃度が極端に薄くなっていたほどである。
あんなことを出来てしまう魔法士がどれだけいるだろうか……おそらく高位の宮廷魔法士ですらほとんど不可能であろう。
そう思うと、彼に対する恐れと興味に全身が震えるのを抑えるのに苦労した。
(4) 魔力操作の第二段階
魔力操作の第二段階として、魔力の循環を指導してみたところ、彼はとても苦戦していた。
魔力の密度が濃く、強過ぎるのだ。
一般的な魔法士の魔力であれば、もっとスムーズに行えたことだろう。
そして授業が終わり、放課後に私の研究室の窓から庭園を歩く彼の姿を目にした。
そのとき彼は魔力循環を行いながら歩いていた。
騎士団でも身体強化魔法を使いながら行軍訓練を行うと聞くが、それと似たようなものであろう。
もしかしたら「魔力循環が身体強化魔法の基礎である」と私が教えたことがきっかけかもしれないと思うと、妙に気恥ずかしい気持ちになったものだ。
(5) 魔力操作の第三段階
少しずつ魔力操作に上達していく彼の姿を見て、より一層将来が楽しみになった。
また、魔力を体の表面に覆うことを教えてみたところ、その練習に熱心に取り組む姿を見て、とても好ましく思うとともに、私の教え次第で彼の将来が大きく左右されてしまう可能性を感じ、身の引き締まる思いがした。
その後も魔力操作の指導を集中して行い、2週間も経った頃には驚くべき変化があった。
魔法の精度と威力が大きく向上していたのである。
この2週間、彼の努力を見ているだけに、天才という言葉で片付けるべきではないことは重々承知ではあるが、やはり天才と言わざるを得ないと感じた。
それぐらい、短期間で大きな成果を挙げたのだ。
(6) トレントの木刀
1週目の休み明け、彼はトレントの木刀を携えるようになった。
もちろん、この学園では武器の携帯は許可されているし、特に男子には常在戦場の心構えとして推奨されている。
このトレントの木刀を使うようになってから、よほど相性が良いのか彼の伸びが顕著にあらわれるようになった。
加えて、そのときぐらいから彼の運動能力の向上と食事量の減少も目立つようになり、日に日に逞しく成長していく姿に我がことのように嬉しくなったものだ。
これらが、入学後の彼に私が感じた印象である。
こうして改めて列挙してみても、彼がとても興味深い生徒であると感じさせられる。
[4] おわりに
私がアレス・ソエラルタウトという生徒をもっとも注目するようになった経緯は以上に述べた通りである。
入学前と後でまるで別人のように人柄が変わった理由はわからない。
入学を機に心境の変化があったのか、心を入れ替える大きな出来事があったのか……
理由はどうであれ、好ましい変化であることには変わりない。
ただ、これから私がどれだけ彼の成長に寄与できるかどうかである。
それから、彼は自己紹介のとき、私の指導を受けられることが嬉しいという趣旨のことを述べていたが、それは逆である。
彼のような前途有望な生徒の指導が出来る機会を得られた私の方こそ望外の喜びである。
そのため、教師として最高の指導を授けられるよう、私も精進していく所存である。
「……やはり文章にしてみると考えがまとまって良いわね……それにしても、改めて物凄い生徒を受け持ったものだなと思わずにはいられないわ……私ももっともっと頑張らなければ、アレス君に失望されてしまわないためにもね」
ふと研究室の窓から外を眺めてみると、今日も元気に素振りをしているアレス君の姿が目に入った。
その背中にそっと心の中でエールを送る。
頑張れ、アレス君。
「……そう言えば、学園の女性職員のアレス君の評判って『噂とは違って素直で礼儀正しいとても良い子』だったわよね……………………何故かしら、面白くないわね」
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