第15話 まだ始まったばかり

 トレントの木刀を手に入れてゴキゲンで素振りをした日から約1週間が経過した。

 我ながらこの間かなり頑張ったと思う。

 魔力操作の特訓の結果、魔纏と攻撃魔法の精度と威力がかなり向上したので、おそらく学園都市周辺のザコモンスター程度には余裕で完封勝ち出来ると思う。

 また、体内で魔力を循環させることで運動もほとんど休みなしで行えたので、体力に対する不安感もほぼ払拭されたと見ていいと思う。

 それに、体内で魔力を循環させる際に、脂肪を燃焼させるイメージで行ったのが良かったのか、結構痩せた。

 まぁ、客観的に見れば、まだぽっちゃり系の域を脱出出来てはいないけれど、転生直後よりはだいぶマシになったと思うマジで。

 やっぱアレス君はやれば出来る系男子だったんだなと再認識した瞬間でもあった。

 あとは、接近戦対策のクラー拳……じゃなかった武術に関してもあれからみっちり行ったので、ゴブリンぐらいなら素手で殴り殺せるレベルになったと思うね。

 もっと言えば、体内で魔力を循環して基礎体力を上げ、体外で魔纏を発動して殴れば、オークあたりも行けちゃうと思う。

 なんでかって言うと、魔力測定で使われていた、あの薄い魔法障壁を試しに殴ってみたら面白いぐらいバリンバリン割れたからというのが理由。

 そのとき、なんか学校の窓ガラスを割って歩く前世のヤンキー漫画とか思い出してね、俺もなかなかのワルだぜってイキり散らかしそうになった。

 いや、たぶん実際に散らかしてたね。

 だって、魔力練習場に俺一人だったから。

 ただね、このレベルは集中力がかなり必要なんだ。

 だから、今はまだ多用できない段階なのが惜しいね。

 そんなわけだから、丸腰のときに敵に接近された場合の、切り札的使用に限定されると思う。

 それとやっぱり、トレントの木刀の素振りが最高に楽しかった。

 なんかね、魔力を込めて使うほど愛着が湧いてくるんだよね。

 木刀が俺の腕と一体化して体の一部になった感じと想像してくれてもいいと思う。

 もしくは、最高の相棒に出逢えたって感じだね。

 無属性の魔力を込めただけだと、硬さが増したりとか木刀自体のスペックを上げるだけなんだけど、属性魔法を込めたらすんげぇの。

 風属性を纏わせて振ったら飛ぶ斬撃とか再現出来たり、光属性を纏わせたらアンデット特効のほとんど聖剣って言っていいんじゃないかと思える代物が出来上がる。

 それとか火属性で炎を纏わせても木刀自体は燃えないから、炎の魔剣とかも出来ちゃったりしてね、前世のファンタジー系の技とか武器を再現出来るのが面白くて、ついつい時間を忘れてしまったね。

 もちろんその都度、腹内アレス君にお叱りを頂戴したけどさ。

 とまぁ、俺のこの一週間の活動はそんな感じ。


 そんで、今日はこれから何をするかって言うと、あの冒険者ギルドに、遂に加入します!

 いやぁ、こっちに来てからまだ2週間だけどさ、思ったより初冒険まで時間がかかっちゃったなって思うね。

 たぶん、赤子とか幼児スタートの先輩転生者とかを除けば、結構遅い方だと思うよ。

 でもやっぱ、根っこの部分がビビり虫な俺としては万全な状態で行きたかったっていうのがあるんだよね。

 そんな風に転生から今までをしみじみと思い返していると、着きました冒険者ギルド。

 邪魔するぜってなもんで早速受付へ。


「こんにちは、ご用件をお伺いします」


 ゲームでも金策とかでギルドを利用してたから受付嬢のお姉さんのことも、もちろん知っていたけど、実際に見るとやっぱ美人だね。

 ゲームをプレイしていたとき正直、エリナ先生以外のヒロインのどれかを間引いてでもこのお姉さんを攻略キャラに出来んかったもんかなと思ったものだった。

 というか、このお姉さんも隠しヒロインである可能性を捨てきれなくてさ、めちゃくちゃギルドに通ったのも、今となっては良い思い出って言えるのかもしれないね。

 そんなことをふと思いながら、お姉さんを見つめていた。


「……いかがなさいましたか?」

「ああ、失礼。貴女を目にしたときふと、思い出の女性のことが頭に浮かんでしまって……」

「あら、そうでしたか」

「不快な思いをさせてしまっていたら、申し訳ない」

「いえいえ、とんでも御座いません」

「そう言っていただけると助かります……ああそれと、今回私がこちらへ訪問したのはギルドへの加入申請が目的です」

「ギルドへの加入申請ですね、かしこまりました。ではまず、こちらにご記入ください」


 ふむふむ、名前はアレスだけで良いな。

 わざと家名伏せていた先輩転生者とかも多かった気がするし、俺もそれに倣おう。

 あとは、年齢が13歳で、職業は魔法士、使用武器は木刀と、こんな感じかな。

 ギルドは基本誰でも加入は出来る組織だから、あんまり細かく記入するところもないね。


「これで良いでしょうか」

「はい、結構です。では、ギルドカードが用意できるまで当ギルドについて説明いたします」

「はい、お願いします」


 ゲームとだいたい同じ設定だね。

 ランクがGからAに上がっていって、それ以上がS。

 ランクはギルドへの貢献と人柄を見ての総合的判断で決まる。

 まぁ、クソ野郎が高ランクに上がったら貴族との関係とか、ギルドの評判とかいろいろマズくなるからね、当然かな。

 で、ギルドへ不利益をもたらすような行動には罰則があるし、ギルド内での喧嘩は認められない。

 話し合いで解決出来なかったら、ルールを決めて決闘だってさ。

 だいたいこんなような、ゲームやラノベの異世界ファンタジーに慣れ親しんだ二次元オタクにはお馴染みの事、現代日本人の倫理観なら余裕でクリアできるような決まり事を説明された。


「以上となります」

「はい、承知しました」

「ちょうどアレスさんのギルドカードが用意出来ました。このカードに魔力を込めてください……はい、結構です」


 てっきりちっちゃい針をチクっと指に刺して、血を一滴ってスタイルが来ると思っていたが違った。

 あれ地味に痛そうだなとか思ってたから、こっちではそうでなくてちょっと安心した。

 ……ん? カードのランク欄が「E」になったぞ、どういうことだ?


「あの、カードにEランクと記載されているのですが、Gランクからではないのですか?」

「それはですね、込めていただいた魔力の質によるものです。と申しますのが、Eランクまでは単純な戦闘能力で評価が決まるので、アレスさんの魔力の質によって実力がEランク以上であるとカードが判断した結果です」

「ということは、カードの記載ミスではなく、Eランクからスタートして良いということですね?」

「はい、その通りです。また、Dランクから徐々に貴族家や街の有力者からの依頼等も増え始め、単純な戦闘能力だけが評価の対象にならず、人柄や依頼の達成状況等もランク査定に入ってきますので、改めてご注意ください」

「なるほど、気を付けます」

「はい、よろしくお願いいたします。それから、依頼受注に関しては現在のランクの上下1ランクまでが基本となっておりますが、今回のアレスさんの場合はF・Gランクの受注経験がないので、ご希望であればギルドの依頼に慣れるという意味も含めてGランクの依頼を何度か受注することも可能です」

「わかりました」

「他に何かご不明な点がございますでしょうか?」

「いえ、何かあったらそのときまた尋ねます」

「承知しました。アレスさんのこれからのご活躍をお祈り申し上げます……ですが、無理をせぬよう、よろしくご自愛くださいね」

「ありがとうございます。それではまた」


 うん、やっぱ受付嬢のお姉さん優しくて綺麗だ。

 きっとここらの冒険者たちもみんなメロメロなんだろうね。


「おい、あのガキ、ロアンナさんに色目を使ってなかったか?」

「やめとけ、あの装備が見えないのか? おそらく貴族か豪商のボンボンだぞ」

「……いや、本質はそこじゃない……奴が発している魔力の圧を感じ取ってみろ、あれはただ者じゃないぞ」

「た、確かに言われてみれば妙な威圧感があるな」

「お、お前ら何を言ってやがる? あんなんただのガキじゃねぇか!」

「だからお前は半人前なんだ……悪いことは言わない、奴に軽い気持ちでちょっかいをかけるのはやめておけ、取り返しのつかないことになっても知らんぞ」

「ああ、俺も命は惜しいからな、やるなら独りでやれ」

「な、何だよお前ら……チクショウ」


 あれれ~おっかしぃなぁ、ここは荒くれ冒険者に絡まれる展開じゃないの?

 なんか怖気づいちゃってるよ、彼ら。

 こんなプリティーぽっちゃりボーイにその反応は酷いんじゃないかな?

 あ、そうだった、言うって決めてたからな、あんましっくり来ないけど一応言っとこう。


「あ、あまり目立ちたくないのだがな……」


 やべぇ、めっちゃ小声でぼそぼそ言っちゃった。

 逆に恥ずかしいやつだコレ。

 ……まあいいや、そんでこの掲示板に依頼が載っているんだな、どれどれ。

 お、ゴブリンの討伐があるじゃん。

 ランクフリーの常設依頼、わざわざ受注手続きをしなくても討伐したら右耳を切り取って持って行けばそれで達成扱いらしい。

 また、死体を持って行くと多少報酬が上がるみたい。

 なんかゴブリンの肉ってめちゃくちゃ臭くてすんごい不味いらしいんだけど、食べることは可能だから、なんとか食べれるレベルに調理して時々貧民への炊き出しとかに使われるらしい。

 他にも何かしらの用途はあるらしいから買取はしてくれるみたいだけど、労力的にゴブリンの死体を持ってくるのはあんまり人気がないみたいだね。

 ちなみに、依頼が出てなくても、モンスターの死体や体内にある魔石を取って持って行くと買取はしてくれるみたい。

 とりあえず、報酬については侯爵家の支援があるうちは別に高かろうが安かろうがどっちでも良いし、まずはこれだな。

 よっしゃ、さっそく行くぜ!


 安全を考慮して魔纏を展開しながら学園都市近くの森を探索。

 おっと、早くも1体目発見。

 森林火災とか気を付けたいよね、だから魔力でつららを生成して発射。

 狙い通り眉間を貫通。

 実にあっけなく一発で仕留めた。

 あんまり戦闘感なかったけど、これぐらいが丁度良いんだと思うね。

 そんな頻繁に死闘を繰り広げてたら命がいくつあっても足りないしさ。

 それと、この前シャドー魔法雪合戦してからさ、前世の冬を思い出したのが影響してるのか、無意識に氷雪系の魔法を使おうとしちゃうね。

 まぁ、身近だったからイメージしやすいっていうのもあるんだろうけどさ。

 そんな感じで、ゴブリンを見つける度につららを発射。

 たまに複数で来ることもあるけど、冷静につららを複数本生成して仕留める。

 うん、ゴブリンが直線的に突っ込んできてくれるから難しい狙いとかなしでまっすぐ飛ばすだけだからあんまり苦労がない。

 よし、ここらでトレントの木刀で接近戦も試してみるかな。

 魔力を込めて……よいしょっと! 横一文字に振り抜くと棍棒ごと一撃で粉砕。

 なんか、トレントの木刀が強過ぎるのか、ゴブリンの体が弱すぎるのか肉片があっちこっちに飛び散ってしまった。

 あ、いっけね、バラバラ過ぎて死体の回収が出来ないや。

 俺の勿体ない精神が顔をのぞかせるが、これは仕方ない。

 う~ん、トレントの木刀を振るときは加減が要るかもしれんね。

 

 それから一日中、なんて形容すべきか、食い放題感覚で見つけ次第次々とゴブリンを狩っていった。

 ゲームの設定でも魔力溜りからほぼ無限に湧いてくるらしいから、絶滅の心配もないみたいで心置きなく狩りまくった。

 いや、この世界の感覚的にゴブリンの絶滅を危惧する声なんかそれほど上がんないだろうけどさ。

 あと、この前暗殺拳師匠の話したじゃん? 命の重みに悩んじゃうって話。

 俺もゴブリンの命を奪うとき、それを感じちゃうのかなって思ってたけど、そこはこの世界もしくはアレス君感覚が強いのか、あんま感じなかったね。

 正直そこは安心した。

 っていうのもね、たまに先輩転生者の中に現代日本人感覚がどうのこうのとおっしゃる方がいるじゃない?

 俺も前世では基本的に暴力反対のもやしっ子だったのもあってさ、いざ戦うとなるとそうなってしまうんじゃないかっていう危惧は転生してきてから今日までずっとあったんだよね。

 だからこその安心ってわけ、今後もモンスター討伐に精神的支障がないぞって。

 そんな感じで今まで黙ってたけど、実は持ってたマジックバッグ(時間停止の大容量)にゴブリンの死体を収納するときに感じた重みがね、彼らの命の重みってことだったのかもしれないなって思いながらバッグに放り込んでた。

 そうして100体ぐらいになったかなってところで日も暮れてきたので、今日はここまで。

 ギルドに戻って換金する際、さっきの言うほど荒くれてない冒険者さんが名前を教えてくれた受付嬢、ロアンナさんの顔が若干引きつっていたのが印象深いね。

 ようやくギルドの異世界テンプレ「初回に大量のモンスター素材を提出」をやったった!

 しかも、量が多いときはギルド裏手の解体兼保管所に直接持っていくようにお願いされる、というすげえ奴対応もセットで。

 あとは「大量の薬草を提出」もあるけど、思いのほか薬草を探すのに手間が掛かりそうだったので今回は見送った。


 さて、ギルドで初依頼もこなしたし、これでようやく異世界生活を本格的にスタートさせることが出来たかなといった感じ。

 ここまでは俺が俺であるために、この世界で生き抜いて行ける力を得るための日々だった。

 ここからだ、俺ことアレス・ソエラルタウトの冒険譚はまだ始まったばかりなのだから。

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