第13話 いたんだな、この異世界にも

 午前中の運動が終わり、恒例のシャワータイムを経て昼食。

 安定の5割5分をキープ。

 ちょっと本格的に体を動かしたから、量が増えてしまうかなとも思ったけど、そうでもなかったので一安心。

 これからガンガン運動量を増やしていけば、脂肪もメラメラと燃焼していくよね!


 さて、午後の部です。

 ここからは魔法のお時間となります。

 てなわけで、魔法練習場へ。

 移動砲台化構想の実現のため、まずは魔力を全身に纏う、魔纏を展開。

 魔力を均一な厚さになるように魔力とイメージの連動に集中。


 ふむ、だいぶマシになってきたか?

 まだ若干の歪さはあるものの体の表面を覆うこと自体はまあまあな出来になったと思うので、このまま少し歩いてみるか。

 ……予想できていたことではあるが、体の動きに合わせるのはやっぱり難易度が上がるね。

 でも、ゆっくりならなんとか出来ている、このまましばらく魔纏を使いながら歩いてみよう。


 難しい、難しいがギリギリなんとか魔纏を維持できているといったところか。

 この動作の度に魔力の厚みに歪みが出ないように出来れば、実戦でも役に立ちそうだね。

 よし、次は魔纏を維持して攻撃魔法を撃ってみよう。


 さすがに歩きながらは厳しいね。

 仕方ないので、一か所に留まっての練習に切り替えよう。

 ただ、移動に意識を割かない分、魔纏の密度と攻撃魔法の威力はどちらも高く出来るよう意識しながらだ。

 あ、そうだ、前世で子供の頃やってた雪合戦をイメージしてみるか、漫画とかアニメで見てるからファイヤーボールのイメージも出来なくはないけど、雪玉の方が実際触ってたこともあってイメージしやすいし。

 ついでに、魔纏も防寒具を着てるイメージを流用してみるか、意外に名案かもしれんよ。


 うん、当初の想定では直立で魔法をドカドカ撃つ感じで行くつもりだったけど、雪合戦をイメージしたせいか、掌で魔力製の雪を押し固めて投げる、この動作が自然と出ちゃう。

 このとき、魔力を強く込めた分だけカッチカチに固い雪玉が出来るから、もう氷というか石投げてる感じになったね。

 あと、防寒具を纏うイメージにしたお陰でわりとスムーズに魔纏が展開出来たのも収穫だった。

 よっしゃ、シャドー魔法雪合戦の開催じゃい!


 ふぅ、なかなか白熱したシャドー魔法雪合戦だった。

 魔纏のお陰でちょっとやそっとの雪玉ならノーガードで突っ込めるのも便利だった。

 ただ、それで気が緩んでしまって、田中君に首の隙間に雪を詰め込まれてしまった。

 ホントあれ冷たいから止めて欲しいんだよな~

 でもま、その辺は俺の魔纏の改善点を見つけてもらったと思えばありがたいものだけどね。

 童心に帰ってシャドー魔法雪合戦を存分に楽しんだし、腹内アレス君も空腹を訴えてきたから、今日の魔法練習はここまでかな。

 正直、魔纏を厚めに展開すれば、今の俺でも学園都市周辺のザコモンスターなら安全に狩れる気がする。

 まぁ、ゲームでレベル1の主人公君でも普通に戦えてたし。

 でもまぁ前世でアッサリ死んじゃったからね、安全には注意が必要だから、あと1週間だけ修行して、それから冒険者ギルドに加入して依頼を受けよう。

 ふっふっふっ、俺は知っているぞ、荒くれ冒険者に絡まれるが、ボコボコにやり返してわからせるっていう展開をね。

 そして言うんだ「ふぅ、あまり目立ちたくないのだがな」ってね、言ってやるからな、待ってろよ、荒くれ冒険者ども!


 さて、本日三度目のシャワーを浴びて夕食です。

 今日はいっぱい動いたからね、この空腹感よ君に伝われってなもんよ。

 さて、ヘルシー野菜ボーイのアレス君はニコニコ草食家。

 ……だいぶ慣れたとはいえ、野菜メインの飽き具合ハンパないね。

 いや、肉とかも一応食べてはいるけど、もっとガツンと行きたい衝動に駆られそうになる。

 その点、量だけ満たされたらニッコリの腹内アレス君が羨ましくも感じるね。

 本音を言えば、この食欲を一気にスパっと切り落とせたら楽なんだけどね。

 あ、でもその場合、腹内アレス君とはお別れになっちゃうのかな?

 こっちに転生してきてずっと一緒にいたんだ、そんな簡単にさよならなんて言えないよ。

 ……なんかしんみりしちゃったね。

 気分を変えて楽しくご飯を食べよう、目の前には野菜の楽園が待ってるさ。


「俺、あんな表情豊かに野菜を食べる奴見たことねぇんだけど」

「おそらくだが、想いを秘めた農民の娘との出逢いと別れを思い出していたのだろう」

「はぁ?」

「お前には経験がないか? 私にはある。父上の視察に同行した際に立ち寄った村で出逢った娘。貴族の令嬢とは違った眩しい笑顔に私は一目で恋に落ちた」

「ほう」

「だがな、私は爵位を継がねばならぬ身。身分違いの恋など許されるはずもないと想いを秘めたまま、私はその村を去った」

「……妾にするとか、方法ならいくらでもあるだろ」

「確かにな……しかし、私にはそんな器用な真似は出来ない。きっと正妻に迎えた女性への罪悪感に耐えられなくなる。それに、農民の彼女を貴族の世界に巻き込むのは心苦しい。また、そうしてしまえば、おそらく私の恋した笑顔を彼女は失くしてしまうだろう」

「まあな、貴族の世界で生きるというのはそういうことだからな」

「そんなわけでな、野菜を見ると不意に、彼女の笑顔を思い出してしまうというわけだ、おそらく彼も似たような経験があるのだろうな」

「そうか、惚れた娘に想いを伝えることもできない……哀しいものだな」

「ああ哀しいな、だが、あの笑顔に出逢えた私は幸せ者だ。どんなことがあろうと彼女の笑顔を思い出すだけで心の平常を取り戻せる。あの笑顔がこの胸にある限り、私は一生の間、生きていけるさ」


 ほう、ガキの戯言かと思えば、いたんだな、この異世界にも片思いの美学を心に秘めて生きる男が。

 名も知らぬ貴族の令息よ、貴殿を我が心の同志と認めよう。

 予期せぬ同志の発見に喜びを感じつつ、俺は食堂を後にした。


 今日はとても充実した一日だった。

 俺自身の修行も確かな手応えを感じるし、この異世界にも見所のある男の存在を確認できた。

 実に良き日であった。

 さて、そんな素晴らしい一日を完璧な形で終わらせるために、精密な魔力操作の練習だ。

 じっくりと丁寧に扱う。

 この繊細な操作が、ゲームのアレス君に欠けていた要素なのだから、これこそが俺が一番補ってやらねばならないことだ。

 こうして俺は、夜遅くまで魔力と語り合って眠りについた。

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