第6話 人の心の痛みに鈍感じゃいけない
「皆集まったわね。それじゃあまず、魔力測定から始めます。名前を呼ばれたらあの的に向かって自分の得意な魔法を放ってちょうだい。あと、的に関してだけど薄い魔法障壁が5枚重ねて設置されているわ。現時点だと1枚破壊できれば合格といった所かしら。もちろん、5枚すべて破壊してくれても構わないけれど、無茶をして魔法暴発を起こさないように気を付けてね」
ゲームのアレス君はここで張り切り過ぎて、魔法を暴発させてしまったようだが、俺はそんなことしない。
他の学生の使う魔法を見て、だいたいの規模感を真似しよう。
あと、火魔法は下手したら危ないだろうから、殺傷能力が比較的低いだろう水魔法でチャレンジするかな。
とか言ってるうちに王女殿下が呼ばれましたね、お手並み拝見。
「行きますわ……ウィンドカッター!!」
風の刃が魔法障壁を襲う。
結果はどうか?
「フェイナ・カイラスエントさんの記録、4枚」
ほほう、設定的に現時点の1年生の中でアレス君の魔力量は別にして、総合力で1番優れている王女殿下が4枚、なるほど。
ふむ、次の公爵子息はファイヤーアローで2枚か、王女殿下の後だとちょっと見劣りしてしまうが、今はまだゲームの開始時点と考えればこれでも十分凄いのだろう。
それで次は公爵令嬢のサンドスピアで3枚ね、なかなかやるじゃないの。
その他数人見てみた感じ、だいたい2枚でたまに3枚がいるってぐらいだね。
上位貴族の子女だからとしても、1枚で合格と言われている中でみんな普通に2枚以上の結果とは、彼らも頑張っているじゃないか。
まぁ、俺としても魔法の規模感がだいたい掴めたし、あれぐらいをイメージして魔法を放てば良いのだろうという目安ができた。
あ、そういえば俺、異世界に来て初魔法だ。
一応アレス君の記憶から魔法の使用感が自分の感覚として思い出せるから、魔法の発動そのものは問題ないだろう。
あとは、暴発させないように気を遣うのみ。
「次はアレス・ソエラルタウト君」
「はい!」
遂に俺の番が来た。
まずは魔力を込めて、水のボールをイメージする。
まだまだ余裕で魔力を込められそうな感覚はあるけれど、他の学生の様子から考えてこの辺が丁度よかろう。
「ウォーターボール」
無事暴発せずまっすぐ的に向かって飛んでいく水の玉。
あれっ、思ったより小さいし、微妙に遅くね?
「アレス・ソエラルタウト君の記録……1枚」
えっ? あっ……やっちまった、暴発にビビり過ぎた。
なんか、エリナ先生の反応も表面上は澄ましているけど、結果発表に一瞬の間があったし。
うわ、恥っず、その辺の小僧どもがザワザワしてるのは別にどうでもいいところである。
しかし、エリナ先生に「アレス君の魔法、噂ほどではないのね」とか思われてたらどうしょう……もう終わりかもしれんね。
くっそ、下手に手なんか抜かないで、暴発覚悟ですんげーの撃ち込むべきだったか?
……いや、エリナ先生は魔法暴発に気を付けろって言ったんだから、それを無視してやらかす方がイメージ悪くなるだろ、今回はこれで仕方ない。
逆に考えろ、1枚は行けたんだ、一応合格ラインには乗ってるんだからヨシにしとこう。
元々アレス君は魔力制御に難ありだったんだから、これから上達していくしかないだろ。
そうして、若干の心の傷を抱えながら、魔力測定が進んでいくが、その辺の小僧どもの結果とかもはやどうでもいいな。
次、体力測定。
前世でもやったね。
やっぱり、ベースが日本人が作ったゲームなせいか、学校の体育でやったような種目ばっかだ。
まぁ、全種目低記録の連発ですが、何か?
いや、知ってたさ、こうなるってことはね。
こちとら昨日ダイエット始めたばっかだぞ、コラァ!
……やべぇ、さっきの魔力測定の結果もあって、なんか俺に無能感漂ってる気がしてきた、うわぁ。
僕の心が痛いって泣いてるよ。
……これが人の心の傷みってやつなんだね、やっと僕にも理解できたよ。
人の心の痛みに鈍感じゃいけないよね、僕、この痛みを忘れないからね!!
体力測定が終わり、教室に戻る途中で主人公君と魔族少女が親しげに会話しながら移動しているのを目にした。
どうやら、俺の行動に関わりなく出会いのイベントをこなしたみたい。
こっちは心の傷みを噛み締めてんだ、テメェらは勝手に青春でもなんでもしてろ!
心の中で悪態をつきながら教室に戻った。
「皆お疲れ様。今日の授業は魔力・体力測定で終わりよ。この結果は授業の進行の参考にはするけれど、成績には含めないから安心してね。今回の結果に一喜一憂することなく努力を怠らないこと、いいわね? それではまた明日」
放課後になった。
ううむ、昨日ウォーキングなんかクソつまんねぇことしてないで、魔法の試し撃ちをしとくべきだったか、うっかりしてたな。
とはいえ正直、魔法を抑え気味に撃てば魔力制御とか余裕でしょ、なんて思ってなかったと言えば嘘になる。
まぁでも、昨日今日とこの体で過ごしてみて、現状把握は出来たと思う、大丈夫これからさ。
それでも、今日の魔法的敗北感は今日のうちに払拭しておきたいからな、魔法練習場に行こう。
「ここが魔法練習場か……すいません、1年のアレス・ソエラルタウトです。魔法練習場の使用許可を頂きたいのですが」
「おぉ、熱心な1年生だね、えらいえらい。それじゃあここに学籍番号、学年、クラス、名前を書いてくれ。大規模魔法の練習なら大練習場を用意するが、小練習場でもだいたいの魔法に対応できると思うがどうする?」
「小練習場で大丈夫です。……書きました」
「よし。じゃあ15号室を使ってくれ。強力な魔法障壁装置が設置されているから、物凄い威力の魔法を使わない限り大丈夫だと思うが、魔法暴発にはくれぐれも気を付けてくれ。」
「わかりました、それでは失礼します」
「おう、頑張れよ!」
ここが魔法練習場か、小練習場と言うからもっとこじんまりしているかと思ったが、結構広いね。
的が必要なら、設置されている魔道具に魔力を補充すれば良いわけか。
ああ、さっき魔力測定で出てきた魔法障壁だね。
お、魔力を補充する際に厚さや枚数、設置位置なんかも決められるみたい、何気にハイテクだね。
まぁ、まずはさっきのリベンジマッチとして薄い魔法障壁5枚重ね、行ってみましょう。
「さっきより、少し多めに魔力を込めて……ウォーターボール!」
この程度だと、2枚目にヒビが入るぐらいか……じゃあもう少し魔力を込めてみるか。
……よし、2枚目破壊成功!
何度か試射を重ねていくうちにだいたいの感じは掴めてきたように思うし、5枚抜きも問題なくできた。
フン、薄い魔法障壁5枚ごとき、マジになったアレスさんの魔力量なら大したことねぇんだ、アレスさん舐めんなよ!?
まぁ、それはともかくとして、手元で魔力を込めていた時のイメージに比べて、撃ち出した後は小さく遅くなった感じがする。
なんというか、射出の瞬間に一瞬魔力が途切れるというか流れが絞られる感じになるみたいで、そういうのが影響しているみたいだね。
なので、滑らかに魔力を流す練習が必要そうだ。
あと、貫通力を増すために回転を加えたり、先を尖らせたりしてみようと思ったのだけど、上手く行かなかった。
なんというか、固い瓶の蓋を回すような感じだったり、硬い粘土を捏ねているような感じだったりで、魔力とイメージの連動が困難だった。
たぶんこの辺が、魔力操作の練習で培う技術なのだろう。
そう考えると、ゲームのアレス君の魔法の使い方がよくわかるね。
ただ魔力を思いっきり込めただけの火の玉を投げつける、それだけ。
序盤の頃、度々暴発して黒焦げパンチパーマになっていた演出も、たぶん火のイメージに魔力操作技術が追いついていなかったためのものだろう。
暇を見つけて魔力を滑らかに流したり、ぐにゃぐにゃ捏ねてみたりと、いろいろ練習していくべきといったところか。
なんか……アレス君の体、地味にやること多くね?
まぁ、初期スペックとして魔力総量が突出してるだけ、その辺のクソザコモブよりはマシと言えるか。
でもなぁ、ダイエットも面倒なんだよなぁ、すぐ腹内アレス君ガタガタ文句垂れるし、ほんとクソッタレだよ。
よっぽど先の失敗が尾を引いていたのか、腹内アレス君がうるさくなるまでぶつくさ言いながら魔法の練習に取り組んだのだった。
ふむ、頑張った後のご飯は美味しいね!
空腹は最高の調味料だと思わんかね?
まぁ、落ち込み過ぎて昼食のことが頭からすっぽり抜けてたっていうのもあるけどさ。
とりあえず、ダイエットの取り組みの一環として夕食も通常の8割キープで行くべきだ。
でも、今日は頑張ったからいいよね?
許されるわけないだろ!
でも、空腹は最高の調味料なんだよ?
ああ、美味いよ? でもそれだけだ。
なんというか、前世の俺自体は食道楽じゃなかったから、まだ助かったと思う。
これで、俺もそうだったら、腹内アレス君と強力タッグを組んで手が付けられないことになっていたかもしれない、危なかった。
「今日のアレ見たかよ?」
「入学前、魔力の化け物がいるって聞いてたから、どんな奴かとビビってたらアレだもんな」
「ホント、噂先行型って大したことないよな」
「いやいや、化け物っていう部分は間違ってないでしょ」
「ははっ! 確かに~」
ふぅ、まだ食べたいとごねる腹内アレス君をなだめて、なんとか8割は死守した。
まったく、毎回タフな交渉が続くぜ。
そのうち、スキル「交渉」とか取得しちゃうんじゃない?
正直、こっちがステータスオープンさせろってごねたいぐらいだよ。
夕食を終えた俺は、予定通り自室にて眠りにつく直前まで瞑想に取り組むことにした。
足が痺れないように、暗殺拳師匠に倣って椅子式瞑想だ。
呼吸に意識を集中……
「あっぶね……ウトウトして椅子から転げ落ちるところだった」
そういや暗殺拳師匠って、どんな悪人の命だったとしても、それを奪うことに罪の意識を感じて満足に眠ることが出来ないとかって設定だった。
前世も今世も護られた暮らしの中で命のやり取りとかしてないからな、眠気に対するスタンスが俺と暗殺拳師匠で違い過ぎて参考になんないぞ……困ったな。
それとも、その辺の盗賊でも狩って、命の重みを感じて眠気を覚ますか?
原作のアレス君みたいに魔力に物を言わせて魔法を撃ち込めば蹂躙できるとは思うけど……
いや駄目か、物理戦闘能力的に、討ち漏らしがいたら逆襲されて終わるかもだし、明らかに順番逆だよな。
つーか、転生してからちょいちょいバイオレンスな発想がナチュラルに出てくるの、何なの?
俺って実はそういう奴なの?
正直、これもアレス君のせいにしたいんだけど、あれもこれも悪いことは全部アレス君のせいっていうのはクールな男のすることじゃないよね?
はぁ、魔法の上達のためには瞑想をやらんわけにも行かんし、ごちゃごちゃ言ってないで続けるとするか。
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