第67話:ボトン家(パティ)のその後




 パティは、一人淋しく男児を産んだ。

 胎が膨らむにつれ、自室に引き篭もる事が増えていた為、誰も陣痛に気付いてくれなかったのだ。

 朝食を届けに来た第五夫人が気付いた時には、既に赤子の頭が出始めていた。


 驚いた第五夫人は他の夫人に伝え、タバッサが主であるニーズに伝えた。

 その間も、パティは独りだった。


 使用人もおらず、ニーズの妻達は年若く出産の経験もない。

 唯一の経験者であるニーズの母親は、六人の夫人を毛嫌いしており、交流は一切無かった。

 ボトン家の後継を産んでくれる、と感謝をするわけでもない。

 没落したボトン家など、どうでも良いと思っていたからだ。



 ニーズが産婆を連れて戻って来ると、丁度赤子が産まれた。

 元気な泣き声が部屋に響く。

「何も無いじゃないかい!きれいな布と、お湯を持っといで!」

 ニーズを突き飛ばすように部屋に入った産婆は、そう叫んだ。


「何で私が」

 文句を言いながら、第五夫人が布を持って来た。

「これで良いの?」

 第四夫人が鍋に半分位の熱いお湯を持って来た。


「赤子を洗うお湯だよ!これじゃあ火傷しちまう!」

 赤子を布で優しく拭きながら、産婆は呆れた声を出した。

「なんだい、この家は。誰も出産の事を知らないのかい」

 言われた夫人達は、肩を竦めて「そんな事言われてもね」と顔を見合わせた。



 独りで赤子を産み落としたパティは、只々呆然としていた。

 実は昨日の朝には陣痛が始まっていたのだが、陣痛だと気付いていなかった。

 朝食も昼食も、殆ど食べられなかった。

 夕食を届けに来た第五夫人に「お腹が痛いからいらない」と言った時には、話すのがやっとな位だった。


 しかし、出産した事もなければ、立ち合った事も無い第五夫人も、パティの陣痛には気付かなかった。

 無駄に広いボトン邸も災いした。

 パティが陣痛に苦しんで夜中に叫んでも、誰も気付かなかったのだ。


 パティの奇行のせいで王族に睨まれたり、白い結婚の事もバレてしまったのだ。

 しかも当の本人は妊娠してしまい、ろくに仕事も出来ずに部屋に篭ってばかりいた。

 そのせいでパティの部屋は、使用人用の、しかも1番皆から離れた部屋にされていた。




 生まれた子は男児だった。

 最初の1週間は、産婆が手配してくれた乳母が色々教えに来てくれていた。

 その後は、男児誕生の届け出を見た王家が、3ヶ月限定で乳母を派遣してくれた。


 その間に第三夫人と第四夫人の妊娠も発覚した。

 二人も乳母から育児を習い、練習を兼ねて子育てを手伝ってくれていた。

 パティの部屋も使用人部屋から、普通の客室へと移っていた。



 しかし二人が妊娠8ヶ月を過ぎると、他人の子供を育てる余裕が無くなり、自分達の出産に備えるようになる。

 仲良く子育て準備をしている第三・第四夫人と、将来の為にと一緒に準備している第五夫人。

 サロンで三人で縫い物をしている所へ、パティが乗り込んで来た。


「何で手伝いに来ないのよ!」

 パティの剣幕に、夫人達は顔を見合わせる。

「何で手伝わなくてはいけないの?」

「今までは私達の親切心で手伝っていたのよ?」

 ねぇ?と第三・第四夫人は頷きあう。


「貴女、妊娠中は働かなかったでしょ?」

 第五夫人だ。

「それに私達に感謝してました?してませんよね?当たり前の顔して子供を押し付けてきましたよね?」

 第四夫人も今までの不満を口にする。

「私達、今後一切貴女に関わらないと決めましたの」

 第三夫人がキッパリと言い切った。



 パティはここにきてやっと、自分のした事は自分に返って来るのだと知った。



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