第57話:苦情?苦言?




「王太子殿下の頻度が多過ぎると思います」

 王宮からの帰りの馬車で、何かを考えるようにタイテーニアがポツリと呟く。

「そうだな。あまり来ないように言っておこう」

 オベロニスが頷くと、タイテーニアは勢いよく顔をあげ、グイグイと迫って来た。

「違います!来る頻度じゃなくて!それも多いですけど、モヤが纏わりつく頻度です!」


 近くに迫って来た愛しの妻の額にチュッとくちづけてから、オベロニスは微笑む。

「未だに婚約者もいない王太子だ。秋波を向けられるのは当然じゃないか?」

 くちづけられた額を押さえ、口をパクパクするタイテーニアをオベロニスは愛おしげに見つめた。


「違います!んもう、真面目な話なのに!馬鹿!」

 プイッと外方そっぽを向いたタイテーニアの頬に、オベロニスは笑いながら触れる。

「ゴメン、可愛くてつい」

「もう知らない!」

 誰も見ていないのを良いことに、そのまま公爵邸に着くまで二人はイチャイチャして過ごした。



 中の様子は見えないが、何となく何かを感じた馭者は、屋敷に到着しても二人に声を掛けずに躊躇していた。

 そんな馬車の扉を、容赦なくノックしたのはスチュアートである。

 セバスチャンの「せっかくの二人きりの時間が」と言う声に「馬車内ではなく、自室ですれば良いのです」と返したスチュアートの声が、中の二人にもハッキリ聞こえた。


 馬車内の二人は顔を見合わせ、頬を染めてから姿勢を正した。

 そのまま扉が開けられるのを待ち、馬車を降りる。

 出迎えの使用人に温かい目で見られている気がしたが、タイテーニアは気にしない事にした。




 夕食も終わり、夫婦の居間でゆったりとした時間を過ごす。

 いつもなら。

 今日は、馬車の中でタイテーニアが言っていた事の続きを話し合っていた。

 今は王太子の状態を、タイテーニアが説明し終わったところである。


「モヤの色が赤では無く、黒のみだと言うのか?」

 オベロニスが驚いて聞き返すと、タイテーニアは神妙な顔で頷いた。

「恋情が入っていれば、どれほど恨みに変わっても赤が残るの。限りなく黒に近い赤」

 タイテーニアは、記憶を辿っていた。


 最初に会った王太子には、確かに赤が混じっていた。

 はたき落とすと、パラパラと汚れが落ちて、最後にやたらしつこい汚れが残った。

 そう。なかなか落ちないしつこい真っ黒いモヤが有ったのだ。


 それこそ呪いかと疑いたくなるほどの、深い怨みのこもった黒いモヤだった。



「あの護衛は、もう王太子殿下の担当は外れたのよね?」

 護衛なのに、王太子に真っ黒いモヤを発していた人。

 常にじゃなく、王太子の行動がきっかけみたいだったが、何が原因かはタイテーニアには勿論判らない。


「王太子の、というか護衛を外れてもらったよ」

 オベロニスの返事に、タイテーニアは「え?」と固まる。

 護衛って、結構な名誉だし辞めたがらないのでは?と思ったからだ。


「ちょっと問題を起こしてね。辺境の警備に行ってもらったよ」

 オベロニスの黒い笑顔に、「まさか陥れたの!?」とタイテーニアが思わず口にすると、頬をつねられた。

「君は愛する旦那様を何だと思ってるのかな?」

 先程とは違う種類の黒い笑顔に、また畑の収穫に行けないパターンだわ、とタイテーニアは乾いた笑顔を浮かべた。



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