第56話:栄養バランス、大事




 オベロニスが隣の応接室での憂鬱な会談を終え、疲れ切って帰って来た。

 パァーンという小気味良い音が聞こえて、落としていた視線を前に向ける。

 部屋の奥の休憩室では、また王太子が来ていた。

 そして、今日は騎士団の経理との話し合いに行っていた部下も、王太子と並んで座っている。


 あの休憩室内だけに限り無礼講だと、王太子が宣言した。

 そのため部下もタイテーニアも素の自分で皆に接する。

 だから、王太子と同じソファにも平気で座る。


 そして、タイテーニアが皆の背中を「気合い注入」と言って、平手で叩く。

 その力加減は、タイテーニアに委ねられている。

 その力加減が絶妙だと、評判が良い。


 それはそうだろう。


 体を覆っているモヤの量や色によって、タイテーニアは最適な力で払っているのだから。

 体が軽くなるのは当然だった。



「また来ていたのですか」

 オベロニスが呆れた声を隠さずに、王太子へと声を掛ける。

 最近、ちょっと時間が空くと、ここへと来ていたので当然の反応だろう。

「ここに来ると調子が良い……と言うか、シセアス公爵夫人の気合い注入が無いと、やる気が出なくてね」

 王太子が紅茶を一口飲む。


 それはそうだろうなぁ、とオベロニスは苦笑する。

 タイテーニアは、必要で無いと判断すれば、お願いされても「気合い注入」はしない。

 実際は気合い注入などではなく、モヤを払っているのだから。

 叩くという事は、それだけ汚れていたのだろう。



「早く婚約者を決めないのがいけないんですよ」

 それだけでは無いだろうが、それが体調不良の1番の原因だと思われた。

「自分が結婚したからって、裏切り者め」 

 王太子がオベロニスをジロリと睨む。

「しかもこんなおもし……楽し……素晴らしい奥方を見つけたからって」


「面白い?楽しい?」

 王太子は言い直したつもりのようだが、全然意味が無かったようだ。

 当のタイテーニアにバレバレである。

 タイテーニアの一段低い声が部屋に響いた。




「王太子様、そろそろ執務へお戻りくださいね」

 テーブルの真ん中に置かれていた野菜盛が、王太子の手の届かない位置に移動される。

「あぁ!」

 王太子が情けない声を出した。


 タイテーニアが公爵家の庭で育てている野菜のうち、小さい一口サイズの品種を持って来ていた。

 朝採りしてきた超新鮮野菜である。

 美味しくないわけがない。


 最初はタイテーニアが一人の時に食べていたのだが、それを見た皆が食べたがり、その美味しさにハマり、今に至る。

 王太子など野菜は苦手だったはずなのに、これだけは率先して食べるほどだ。

 同じ品種を、今、王宮庭師に育てさせているらしい。



 正常な味覚が戻り、何を食べても美味しいところへ、今まで食べた事の無い朝採り野菜など食べれば、そりゃあハマるよなぁと、オベロニスは自分の体験を思い出していた。


 タイテーニアと一緒に暮らし始めてから、オベロニスの野菜嫌いが改善されたと、使用人達が驚き喜んでいた。

 自分や王太子、そして部下の体調が良い原因は、モヤが無くなっただけではないのだろうと、オベロニスは休憩室の女神タイテーニアを見つめた。



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