第54話:真っ黒クロ




 面倒臭い。

 その一言に尽きるとタイテーニアは思っていた。

 王太子も面倒臭いし、廊下ですれ違う、自分には青黒いモヤを、オベロニスには赤黒いモヤを送ってくる女性陣も面倒臭い。

 そして何より、オベロニスの職場が面倒臭かった。


 部屋に入った途端「黒!真っ黒!!」と言ってしまう位、黒かった。

 もう個人が、ではなく、部屋全体が黒い。

 何ならもう、部屋の隅に置いてある、使用前の茶器まで黒かった。


「茶葉かな~。いや、茶器だな~。使用前のカップもだし」

 タイテーニアの呟きを聞いて、オベロニスは茶器を検査に回す。

「部屋全体が黒いって何だろう?まるでお香みたい」

 タイテーニアはキョロキョロと見回すが、全体的にモヤっているので、発生源が特定出来ていないようだった。


「お香?」

 オベロニスと王太子が顔を見合わせる。

揮発性きはつせいか!」

 オベロニスは自席へ行き、支給されているペンを手に取る。

 不正防止の為、全員王宮から支給されるペンを使っていた。




「悪意のこもった毒まで見えるのか」

 オベロニスの職場の横に設置された応接室で、オベロニスの私物である紅茶を飲みながら王太子が呟く。

「逆ですね。毒にこもった悪意が見えるんですよ」

 のほほんとタイテーニアが答える。


 その失言に、本人は気付いていない。


 インクの方はまだ調査中だが、茶器の方は遅効性の毒が検出され、犯人のメイドも捕まった。

 実家の父親に命令されたようで、ちょっとお腹が緩くなるような嫌がらせ程度の毒だった。

 ただし体内に蓄積されるもので、長年摂取し続ければ確実に病気を誘発していたと思われる。


「単なる下剤だって!毒だなんて知りませんでした!」

 下剤だから何だと言うのか。

 そんな物を飲ませようとした時点で有罪ギルティだ。

 発見された毒は実家分を含めても、数回分だった。


 しかしコレを薦めた人物がいた。


 真っ当な薬屋で、普通の下剤を探していたメイドの父親に「飲んだ後に何も証拠が残らない」と悪魔の囁きをしたのだ。



「怖いな。ほんの数回の嫌がらせを、何人もの人間がそうとは知らずに繰り返す」

 王太子が生真面目な顔をする。

 すわ王宮に渦巻く陰謀の幕開けか!?

 タイテーニアが不謹慎にもワクワクしたが、配給されたペンに入っていたインクの解析が終わる頃には、犯人が捕まっていた。


 配給品に細工が出来る人物など限られているからだ。

 犯人も、まさかバレるとは思っていなかったのだろう。

 証拠の品を全部手元に置いていた。


 揮発性の毒も、遅効蓄積型の毒も、同じ植物から抽出されたものだった。

 犯人は、王宮植物園で働く研究員。

 毒の研究の為に温室を広げろと申請してきて、却下されていたそうだ。




「新しい毒を作り出す為に、研究費を増やせって言われてもねぇ」

「他国で発見された毒の解毒剤を作る!とかならともかくねぇ」

「しかも毒にも薬にも、じゃなくて完全な毒を作り出すって、ねぇ?」


「もういっそ、その研究所自体潰しちゃう?」


 一瞬の沈黙。

「いやだなぁ、王太子様ったら」

 オベロニスの部下その1が笑う。

「それこそ他の研究員に恨まれますよ」

 言った後で、部下その2が紅茶を一口飲む。

「あ~それにしても、食べ物が美味しく感じるって重要なんですね~」

 部下その3がお茶うけのクッキーを食べる。


 事件から数日後。

 王宮にはタイテーニアの姿があった。



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