第52話:やり過ぎ注意




 王太子に許可を取ったタイテーニアは、いつもより大分控えめにその肩を叩いた。


 パンパンパンパンパンパン……。


「そんなに汚れているのかな?」

 思わず王太子が聞いてしまうくらい、しつこくパンパンと肩を叩く。

「はい。何だろう?他よりもしつこいのがあって、こう、根が深い汚れと言うか、もう、いっそ呪い?」


 モヤに集中していたからか、あまりにも落ちない黒いモヤにイライラしたか、タイテーニアは相手が王太子だという事も忘れ、渾身の力で背中を叩く。


 バチーン!と小気味良い音が部屋に響いた。



「あ……」

「あ!」

 やっぱりやっちゃったか、みたいな声はオベロニスだ。

 焦って、しまった!みたいな方がタイテーニア。

 王太子は、声を出さずに耐えていた。

 痛いなどと悲鳴をあげようものなら、廊下から護衛が飛んで来るからだ。


「絶対に背中に手形が付いてる」

 ポツリと呟いた王太子は、その後少し目をみはり、首を左右に動かす。

 その後に右肩、左肩と回し、両腕を回し、とうとう立ち上がり、少し広い場所へ移動すると屈伸運動をし始めた。



「え?何これ。体が軽い」

 体をひねったり、前屈したり、王太子の動きが段々と大きくなっていく。

「多分、今なら何を食べても美味しいですよ」

 オベロニスの言葉に席に戻って来た王太子は、紅茶を一口飲んで目を見開いた。


「先程までと味が違う」

 驚く王太子に向かい、なせかオベロニスが得意気な顔をする。

 タイテーニアは、王太子の座っているソファの後ろで、まだ固まっていた。




 オベロニスに回収されたタイテーニアは、大人しくオベロニスの膝に乗っていた。

 抵抗する気力も無い、という方が正しいかもしれない。

 そこへ例の侍従がメイドを伴って帰って来た。


 部屋の何とも言えない雰囲気に首を傾げながら、メイドにお茶を準備させる。

 カップが4つなのは、自身が毒見をするつもりだからだろう。

 ケーキは3つなので、これは既に毒見役が毒見を済ませた物という事だった。


 侍従が立ったまま紅茶を口にする。

 無作法だが、本来、ここで新しい紅茶を飲む予定は無かったので、誰も咎めない。

「大丈夫です」

 侍従がそう言うと、王太子は優雅に紅茶を手にした。



 いつも通りゆっくりと優雅に紅茶を口に運んでいるが、その目が期待にキラキラとしている事は、目の前のオベロニスしか気付いていない。

 タイテーニアはオベロニスの胸に半ば顔を埋めてグッタリしているので、王太子を見ていない。


「え?」

 王太子が小声で呟く。

 そして紅茶をテーブルに戻すと、今度はケーキを口にした。

 今までで1番目を見開き、オベロニスを更にキラキラした目で見つめる。

 そして何も言わずに何度も頷いてみせた。



 もしこの顔を侍従が見ていたら、またオベロニスは青黒いモヤに包まれていた事だろう。

 侍従は、自分より信頼され、王太子と気の置けない仲であるオベロニスに嫉妬していた。


 二人の仲の良い様子を見ると青いモヤを飛ばすのだと判明するのは、後日である。

 仕事は出来るし、実際に何かをしたわけではないので、処罰される事も無い。

 ただ、オベロニスが居る場に、王太子がこの侍従を伴う事が無くなるだけだった。



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