第50話:真っ黒王太子




 ガチゴチに緊張しながら向かった王宮で、王族がプライベートという建前で使う応接室へと通された。

 本当のプライベートな場所は、もっと王宮の奥にあるが、今のタイテーニアには関係無い事だった。


「だ、大丈夫かな?私、どこかおかしくないかな?」

 馬車の中からずっと同じ言葉を繰り返すタイテーニア。

 最初は「大丈夫だよ」とか「可愛いよ」と返していたオベロニスも、さすがに「うん、多分ね」とか「はいはい、平気平気」などとおざなりな返事へと変化していた。

 しかしその事自体にも、タイテーニアは気付いていない。



 ノックのあとに扉が開かれ、最初に侍従の姿が見え、次に見目麗しい王太子が姿を見せた。

 オベロニスとタイテーニアが席を立つ。

 それを見て、王太子は手を制するように動かし、二人に座るように促す。

「正式な場では無いから楽にしてくれ」

 王太子の言葉に、オベロニスは軽く会釈して席に着く。


 しかし、横のタイテーニアは体をプルプルと震わせて、立ったままだった。

 緊張して聞こえてないのかと、オベロニスがタイテーニアの手に自身の手を伸ばす。

 触れようとした瞬間、それは上に持ち上がった。


「真っ黒いにも程があるだろ!」

 オベロニスが握ろうとした手で王太子を指差しながら、タイテーニアは叫んでいた。




 応接室内には、王太子とシセアス公爵夫妻、王太子の護衛二名と侍従一人がいた。

 護衛と侍従は、王太子の座るソファの後ろに立っている。

 王太子の向かいのソファには、苦笑しているオベロニスと、土下座しそうな勢いで頭を下げているタイテーニアが居る。

 実際に床で土下座しようとして、オベロニスに止められていた。


「いや、もう本当に大丈夫だから、顔を上げてくれないかな」

 王太子が苦笑しながらタイテーニアに声を掛ける。

 それでもタイテーニアは微動だにしない。

 王太子の視線がオベロニスへと向く。

 しょうがないな、と言う表情をした後、オベロニスはタイテーニアを膝の上に抱え上げた。



「ぃヨイショぅ!」

 掛け声と共に腰を抱かれ、体を引かれたタイテーニアは、オベロニスの膝の上で横抱きにされていた。

 一応、足はソファから下りており、体の向きは真横ではなく斜めになっているが、そこは余り重要では無い。

 あまりの出来事に驚いたタイテーニアは、顔を真っ赤にしながら勢いよく上げた。


「何をなさいますの!?」

 公爵邸でもされた事の無い膝のせ抱っこである。

 思わず叫んだタイテーニアの視界に、ヒラヒラと揺れるものが見えた。

 チラリと視線を向ければ、ニコニコと笑いながら手を振っている王太子と目が合った。


「っ!!」

 声にならない悲鳴をあげたタイテーニアを気にした様子も無く、王太子は更に笑みを深くする。

「先程の真っ黒とは何かな?腹黒な自覚はあるけど、初見で判っちゃったのかな?」

 涙目になったタイテーニアは、もげそうな勢いで首を横に振っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る