第49話:それでも下準備は必要




「おう、おう、王太子殿下とえぇぇえ謁見ですか?」

 タイテーニアが口に入れようとしたクッキーを膝の上に落とした。


 リアス伯爵の事件から、1ヶ月が経っていた。

 珍しくオベロニスが私用で部下を動かし、それが切っ掛けで侯爵家が廃爵になった。

 その件に王太子が興味を持ち、切っ掛けとなった愛妻であるタイテーニアとの面会を希望したのだ。


「謁見ではなく、面会だよ。公式なものでは無いからね」

 オベロニスはタイテーニアの膝の上からクッキーを拾い、落ちたクズを払う。

 クッキーはメイドが差し出した屑入れへと捨てた。


「あぁ!食べられますのに!」

 思わず貧乏伯爵家の頃の癖で、タイテーニアが焦る。

 自分で失敗に気付いて、「あっ」と口元に手を当てた。

「ゆ、床に落ちた物はさすがに食べませんのよ」

 フォローにならない言い訳をするタイテーニアの口へ、オベロニスは新しいクッキーを入れた。




「まぁ!王太子殿下との謁見ですか?」

 タイテーニアの体のサイズを測りながら、王宮デザイナーのバンドゥ・オクトーが楽しそうに言う。

「謁見じゃなくて面会らしいの。でも緊張するのは一緒だわ」

 両腕を大きく広げた姿勢でタイテーニアが話す。


 ここは公爵家の更衣室で、こういう時の為に使う部屋だ。

 今日は王太子との面会の為のドレスを製作する。

「この前作ったドレスで、袖を通していないのがまだあるのに。それでは駄目なのかしら?」

 タイテーニアが溜め息を吐き出した。



 必要な出費だと解っていても、貧乏伯爵家だった頃の癖が抜けず、何でもまず先に「勿体無い」が来てしまう。

 公爵夫人として間違っていると解っていても、長年染み付いたものはなかなか直らないのだ。


「今回は抑えめな色で、露出も少なく、体のラインも極力出ない物にしますね」

 バンドゥの説明に、タイテーニアの瞳が輝く。

「それは、旦那様の職場見学にも着て行けるかしら?」

「職場見学、ですか?」

「王太子殿下との面会が済んだら、いつでも王宮の旦那様の職場に行って良いのですって!」



 バンドゥは首を傾げた。

 バンドゥ自体、王宮内に職場を持っている。

 デザイナーという仕事柄、自分から先方へ出向くのだが、職場に来る人が皆無では無い。


 バンドゥの弟子が見学に来たり、縫製を外注に出す時などがあるからだ。

 布などの納品で業者が来る事もある。

 彼女達は、王宮入口で手続きをして入って来る。

 勿論、前もってバンドゥ側からも、王宮へ届出はするが。


 そういえば、と思う。

 バンドゥの弟子の中で、常に王宮で働く者数人は、王妃陛下と面会をしたな、と。

 バンドゥが働いている部所の管轄は、王妃になるからだ。



 いやいや、違うだろうな。

 バンドゥはコッソリ首を振る。

 シセアス公爵夫人が、夫であるシセアス公爵の職場で働くわけがない。


 しかもシセアス公爵が働いているのは、国の中枢とも言える場所だ。


「あぁ。だから面会なのですね」

 一人で考えて、勝手に納得したバンドゥが呟く。

 家族といえども、おいそれと足を踏み入れられない場所なのだと、バンドゥは結論を出したのだった。



 半分は当たっていた。

 オベロニスの職場は、家族でも普通は入れない。

 別に面会室が用意されており、一般人はそこまでしか入る事が出来ないのだ。

 例え家族でも、王太子と面識があろうとも、それは変わらないはずだった。



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