第32話:とても小さな切り札を




 怒りで震えている従甥オベロニスに、レイトス大公は苦笑する。

「証拠品なので、割らないでくださいね」

 テーブルの上には、所狭しと並べられた陶器と磁器。

 磁器はフルコースで使う食器一式。陶器はパーティー料理を載せる大皿やデザート皿、最近流行り出したコーヒーカップ等があった。


「よくこれだけの種類の贋物ニセモノを作ったな」

 オベロニスはそれぞれのコーヒーカップを手に持ち、繁々しげしげと見比べる。

 呆れた表情で見比べていたが、急にシャイクス家の方はテーブルに戻し、ボトンブランドだけを見つめる。

 今度はコーヒーカップを置き、他のボトンブランドの食器の裏を確認し始めた。



「どうしました?」

 オベロニスの奇行を、レイトス大公が不審げに問う。

「小さいし判り辛いが、全てに同じマークが付いている」

 ティーソーサーの裏、オベロニスが指差した先に、よく見なければ判らないほど薄いが、確かに何かのマークが刻印されていた。

「これは花と棒……いや、矢ですかね」


「明日、シャイクス家に行くので、ソーサーの裏を見て来よう」

「私も行こう」

 二つ返事で了承すると思ったオベロニスが無言なので、レイトス大公は従甥じゅうせいを首を傾げて見つめる。

 視線を感じたのだろう。

 オベロニスはばつが悪そうに視線を逸らした。


「明日は、領地から帰って来た義母はは義弟おとうととの初顔合わせなんだ」


 レイトス大公は納得した。

 親代わりの従叔父じゅうしゅくふが居たら、格好悪いとでも考えたのだろう。

 惚れた妻やその家族の前では格好良くいたいらしい。



 親代わりと言っても、前公爵夫妻は健在である。

 オベロニスが成人すると即、優秀な息子に爵位を譲り、2年間の引継期間を経て、長いへ出掛けているだけだ。

 前公爵も爵位継承後に結婚し、新婚旅行に行けていなかったのだ。


 どこに居るかは常に連絡が来ているので、今頃は従弟からオベロニス息子が結婚したと連絡が行き、自国に向かっている途中だろう。




 翌日、子供が好きそうなお菓子と玩具を持って、オベロニスはシャイクス伯爵家を訪れた。

 タイテーニアが美人なので、母親も美しいだろうと予想していたが、想像以上に華やかな女性で、オベロニスは驚いていた。

 紹介されたレアーは、息子のロビンを抱えている。


「無作法でごめんなさい。離すとどこかに行っちゃうので」

 レアーに、ロビンを抱えたままの挨拶の理由を告げられる。

「新しい家を探検するのが楽しいみたいで」

 タイターニが笑顔で付け足す。


 母親似で女の子かと思うほど可愛いロビンだが、中身はなかなかにヤンチャなようである。

 オベロニスは知らなかったが、シャイクス家とウィラーノ家レアーの実家では「中身もレアーにそっくり」と言われているロビンである。



 玩具を受け取ったロビンは、乳母と共に部屋を去った。自室にでも向かったのだろう。

 ここからは大人の時間である。


 出された紅茶を半分ほど飲んだオベロニスは、カップをソーサーではなくテーブルに置いた。

 そして「失礼します」と断り、ソーサーの裏を確かめた。

 昨日、レイトス大公と共に見た刻印が、しっかりとされていた。


 オベロニスの行動を見て、レアーの目がキラキラと輝いたのには、誰も気付かなかった。



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