第22話:知らない事を知る楽しみ




 抜群のスタイルを活かしつつ、あくまでも上品に。若さも備えながら、あの公爵に並んでも釣り合うデザインのドレス。

 無理難題のような事を呟きながら、デザイナーは1枚のデザイン画を描き上げた。


「色は公爵の服とのバランスを見ながらこちらで決めて良いって言われてますけど、何か希望はありますか?」

 紅茶のシフォンケーキに生クリームをたっぷり添えた物を食べながら、デザイナーがタイテーニアに質問する。


「今までは市販品を選んでいたので、全然何も思いつきません」

 苦笑しながら言うタイテーニアに、「なんて勿体無い!」とフォークを持ったままデザイナーは立ち上がった。



「貴女のドレスは全部私が作ります!あ!私、王宮デザイナーのバンドゥ・オクトーと申します。何かゴタゴタして自己紹介忘れてました」

「私こそ申し訳ありません。タイテーニア・シャイクスと申します」

 今更ながらの自己紹介に笑い合って、またお茶を再開する。


「あれ?でもシセアス公爵の奥様のドレスと聞いてきたはず」

 王宮デザイナー改め、バンドゥが不思議そうな表情で首を傾げる。

 その言葉に、タイテーニアは「あ!」と立ち上がった。


「申し訳ありません。タイテーニア・シセアスでした!届け出だけして、まだ生活が変わっていないので実感がわかなくて」

 ソファの横に移動してからカーテシーをし、正式な挨拶をするタイテーニアを、バンドゥはフフッと微笑ましく見つめた。



 紅茶と日持ちする焼き菓子を土産に、王宮デザイナーバンドゥは帰って行った。

「なぜ皆、うちの紅茶を持って帰るのかしら?王都では二束三文にそくさんもんでしか引き取って貰えない茶葉なのに」

 棚の紅茶のストックを見ながら、タイテーニアは頬に手をあてる。


 喫茶店やレストランへ行っても、いつも水だけしか飲めなかったタイテーニアは、自領の紅茶の素晴らしさを知らなかった。

 当たり前に飲んでいる、普通の紅茶だからだ。

 そしていつも食べている料理やお菓子が、どこに出しても恥ずかしく無いレベルである事も。

 少ない材料を無駄無く使う、とても優秀な料理人だとは評価していたが。




 メイドに頼んで作業用のワンピースに着替えてから、タイテーニアは庭へと出た。

「今日も美味しそうなお野菜」

 いつもはもう少し早い時間に収穫するのだが、今日は来客があった為に遅くなったのだ。


「あれ?食べ頃のお野菜が……無いわ」

 毎日収穫しているので、今日食べ頃になる野菜の位置も把握していた。

「これをお探しですか?」

 声に振り返ると、野菜の載ったザルを持ったオベロニスが笑顔で立っていた。


「オーベン様!」

 タイテーニアが笑顔で駆け寄る。

「先触れも無く来てしまったら、まだ来客中でね。時間潰しに庭に来たら、今日の野菜の収穫をすると言うから」

 オベロニスがカゴの中のキュウリを持ち上げる。

「木になっている状態を初めて見たよ」

 嬉しそうに言うオベロニスに笑顔を返しながら「木?」と疑問に思ったタイテーニアだが、特に訂正はしなかった。


 キュウリが一年草である事など、公爵ならば知っているばすだ。

 ただ植物の各部の呼び名を知らないだけだから、楽しい気分に水を差す必要は無いと判断したのだ。

 いつか一緒に苗から育てれば、色々教えてあげられるなぁとは思っていた。



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