第10話:予想外の方向へ




「私は、人の気持ちが見えます。全部ではありません。強い思い……主に害意が見えるのです」


 荒唐無稽な台詞なのに、オベロニスはタイテーニアを疑う様子も無かった。

「それは、例えばどんな風に見える?」

「モヤが見えるのです。純粋じゃない好意……執着?は赤く、恨みは黒く、ねたみは青いモヤに見えます」

 なので、と続けるタイテーニアは戸惑いながらも、昨日の話をする。


「例の彼女は、来た時から赤黒いモヤを纏ってました。モヤが自分を纏うようになったら末期なのです」

 通常は相手に向かう思いが自分を蝕み始める……普通の感情に置き換えても末期だな、とオベロニスも納得した。


「そして、彼女の作ったバニラアイスは、シセアス公爵の分だけ赤黒く見えました。初めはカシスのソルベかと思った程です」

「それでタイテーニア嬢はデザートの事を質問したのか」

 コクンと頷くタイテーニアの手を、オベロニスはそっと握った。



「それでは、あの様な婚約者と居たら大変だっただろう」

 タイテーニアの婚約者は、悪意の塊のような男に思えた。

「いいえ全然。あの人は私をねたんだりしませんし、まして執着もしません。ただ見下しているだけですから」

 そう言ったタイテーニアの眉間に皺が寄った。


 あぁ、モヤとやらは無くても、やはり心に傷は受けるよな……と思ったオベロニスの肩を、タイテーニアは「失礼します」と声を掛けてからバンバンと叩いた。



「あの、何をなさったらこれほど恨みを買うのでしょう?」

「それほどか?」

「あの……大変言いにくいのですが、普通は埃を払う程度の力で払えますし、一度払ったらしばらくは付きません」

 オベロニスは、今まで叩かれた後にジンジンと痛む程の力でいた。


「一方的な執着や妬みは、シセアス公爵のお顔と地位で解ります。でもこの恨みの量は、ハッキリ言って異常です」

 自身の力を隠す必要が無くなったからだろうか。

 今まで言えなかった事を口にしたタイテーニア。

 元来、気は強い方なのだ。

 更にあの婚約者により、かなり鍛えられている。

 かせが無くなれば、本性がひょっこり顔を出した。



「ホットミルクをお持ちしました……どうかなさいましたか?」

 メイドが戻って来ると、恋人の語らいとは程遠い雰囲気が部屋を満たしていた。

 それでもオベロニスがタイテーニアの手を握っているので、尚更不思議な空間になっている。


「大丈夫よ、ありがとう」

 慌てて場を繕おうとメイドへ笑顔を向けたタイテーニアの手を、オベロニスは更に強く、今度は両手で握る。


「やはり貴女は、私の女神だ。運命なのだ。私の隣には、貴女が必要だ」

 え?と若干タイテーニアは引くが、オベロニスは気付かない。

「私を気遣いながら、自分の意見はハッキリと言う。素晴らしい。惚れ直した」


「ティアと呼んで良いだろうか?私の事はオーベンと」

 有無を言わさぬ迫力に、タイテーニアはただコクコクと何度も頷いた。



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