第9話:戸惑うのは、怖いから




 シャイクス家とボトン家の共同事業の件は、ひとまずレイトス大公預かりとなった。

 王家用と自宅用に、シャイクス家の茶葉を貰ってホクホクと帰って行ったレイトス大公を、タイターニとタイテーニア、そしてオベロニスは見送った。


「さて、馬車が戻って来るまでお話しましょうか、タイテーニア嬢」

 サッと差し出された左手に、咄嗟に反応出来ないタイテーニア。

 それはそうだろう。

 今までエスコートされた事が無いのだから。


「右手を」

 オベロニスが戸惑うタイテーニアに声を掛けると、おずおずと手を出してくる。

 それを優しく受け止め、オベロニスは応接室へと戻った。



 テーブルの上には、ワゴンから軽食等が移動されていた。

 実際には、見送りに行っている間にワゴンの物は下げられて、同じ物が新たに用意されていた。

 余談だが、下げられた軽食もシャイクス家では捨てられる事はなく、使用人達が美味しく頂くのだ。


「お口に合うかわかりませんが」

 タイテーニアは、目の前の甘さ控えめのチーズクッキーを勧める。

 自分の好物なので、無意識に推していた。

「これは……こうばしい匂いのクッキーだな」

「はい!うちの特産のチーズを使ってます」

 勧められるままに、オベロニスはクッキーを口にした。


「!!……美味い」

 お世辞ではないのは、その表情で判った。

 タイテーニアも一口食べて、笑顔を浮かべる。

「私のお勧めは牛乳と一緒に食べる事なのですが、馴れてない方はお腹を壊す事もあるので」

 タイテーニアが残念そうな顔をすると、つられたようにオベロニスも「そうか」と声を沈ませる。


「あの、ホットミルクなら大丈夫だと思います。お持ちしますか?」

 余りにも意気消沈した二人を見て、メイドが気を利かせて提案する。

「お願いしよう」

 タイテーニアより先に、オベロニスが返事をした。



 ホットミルクを待つ間、オベロニスは昨日の顛末を説明した。


「あの女は、3年前に入ったパティシエだった。私への給仕は必ず男性店員にしてもらっているのだが、今回はあの女が止める間もなく運んで来たそうだ」


 デザートの中には、ソースを掛けたり、アルコールに火を点けたり、表面を焼いたり、客の前で完成させるものも多々ある。

 今回も冷たいアイスクリームに温かいソースを掛けるデザートだと、ソースの量で美味しさが変わるから自分で給仕するのだと、そう言って半ば強引に運んで来たそうだ。


「あのデザートを調べたら、私の方にだけ速効性の睡眠剤と遅効性の催淫剤が入っていた。君は、なぜ判った?」


「わ、わた…し……は」

 タイテーニアは、自分を見つめるオベロニスの視線から逃れるように目を閉じる。

 そして、ひとつ大きく深呼吸してから、目を開けた。


 目の前の綺麗な顔を見つめる。

 もう目は逸らさない。


「私は、人の気持ちが見えます。全部ではありません。強い思い……主に害意が見えるのです」


 しばしの間、二人は無言で見つめあった。



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