第8話:権力者の本気とは




 婚約破棄の書類と、共同事業の帳簿等を鞄に詰めた男性は、コホンと小さく咳払いをする。

「改めまして、初めまして。フィロスティー・レイトスと申します」

 タイターニが固まる。

「レイトス……大公!?」


 レイトス大公家は、現国王の弟が臣下にくだった際に賜った家名であり、爵位である。

 因みにレイトス大公自身は、自力で法曹界のトップの地位を得た実力者でもある。

 王家を裁ける唯一の人とも言われていた。



「さて、私は早く帰って調べたい事が出来ました。もう一つの用件も済ませてしまいましょうか」

 そう言ったレイトス大公は、先程とは別の書類を机に並べた。

 タイターニとタイテーニアが覗き込む。


「婚姻?」

「婚約期間は!?」


 顔の作りは違うのに、驚いた表情はそっくりだな。と、オベロニスは目の前の親子を微笑ましい気持ちで見つめた。

 しかし当の親子は、婚約破棄の時よりも混乱していた。


「貴族って、平民みたいに婚約期間が無くても婚姻出来ましたっけ?」

「婚約を設けなければいけないってのは、通例であって法的拘束力?効力?は無い……のかな?確か」


「はい。婚約期間が無く婚姻を結ぶと邪推されやすいですが、それ以外は問題ありません。陛下の許可もありますし、王宮へ戻るついでに私が教会へ届けましょう」

 高位貴族の婚姻には国王の許可が必要なのだが、既にそれは降りているようだった。


 本来は『婚約申請』→『王の許可』→『婚約成立』→『数年の婚約期間』→『婚姻申請』→『教会の受理』→『婚姻成立』が正当な手順である。

 どれだけ順番がおかしく、更に省かれてしまっているのか判るだろう。



「そんなに私の力が必要なのですね」

 ポソリと呟いたタイテーニアは、どこか諦めた様な声をしていた。

 彼女にしてみれば、最低の婚約者からは解放されたが、今度は力が必要とされただけであり、また他にを作られるだけだろうと思ったのだ。


 そんなタイテーニアを見て、オベロニスは驚きに目を開き、すぐに今までで見た中で1番焦り始めた。

「あぁ!順番がおかしくて誤解させた!すまない!」

 俯くタイテーニアの横に行き、床に片膝をついたオベロニスはタイテーニアの手を取った。


「切っ掛けは確かに力だった。だが私は、凛と背筋を伸ばして颯爽と歩く貴女に惚れたのだ。力を含めて貴女の全てを愛しいと思う」

 タイテーニアが頬を染めながら、オベロニスへと視線を向ける。


「私と結婚してくれないか、タイテーニア嬢」


「はい」

 微笑んで了承の返事をしたタイテーニアは、真っ赤になりながら空いた方の手で、オベロニスの肩を力強く2回叩いた。



 今までニーズに邪険にされ、それを常に見ている他の男達にも陰で馬鹿にされていたタイテーニア。


 金持ちのボトン家の次期当主の妻の座を狙う女も多かった。

 直接何かをしてくる事は無かったが、タイテーニアの目の前で当たり前のようにニーズに寄り添い、タイテーニアを見下していた。


 タイテーニアも婚約前までは、可愛いフワフワした普通の令嬢だった。

 その時の気持ちがよみがえり、幸せな結婚生活を思い描いて微笑んだ。



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