第4話 冬 回帰者の兄を振り切って転移する令嬢

「寒っ!」


「リリィ!」


「タカシ!やっと繋がりましたわ」


「お前、本当にリリィか?」


「リリィ以外に誰がいるっていうんですの?」


「よかった。本物だ…今まで何してたんだよ!」


「本物?人の頭を触っておいて何を血迷った事を聞いているんですの?」


「だって、お前あの後、消えたっきりだったし、どうなったか心配で…」


「ああ、そうでしたわね」


「悪かった。俺が仲間に紹介できないなんて言ったから…」


「いいえ。いいんですわ。冷静になって考えれば首しか生えていない私を紹介したいなんて思うはずありませんもの」


「そんな事ない!リリィはどこに出しても恥ずかしくないぐらい魅力的な女の子だよ」


「なんだか、お母さまみたいな発言ですわね」


「えっ!お母さま扱いは酷くない?俺はそんなつもりで言ったわけじゃ…」


「ああっ!」


「なんだ急に!」


「土鍋…」


「ああ、豚しゃぶをやろうと思ったんだけど…」


「浮気者!」


「俺なんかした?」


「だってその土鍋、新品でしょう?」


「なんで分かるんだ?」


わたくしの土鍋センサーに引っ掛かりましたの」


「土鍋センサーってなんだよ!いつから土鍋のスペシャリストになったんだよ」


「私の土鍋がありながら!」


「いやいや、逆だろ!リリィが俺の愛用土鍋を独占するから…」


「独占ってなんですの?そもそも、私の首がおさまった土鍋ではしゃぶしゃぶはできないっておっしゃるの?」


「俺はリリィがいつ来てもいいようにと思って…。毎日洗って飾ってたんだぞ!ほら、日当たりいい場所にわざわざ置き場所作ったし…」


「なんか祭壇みたいですわね。ってちょっと待ってくださいませ!それってつまり私の登場を心待ちにしてくださってたの?」


「ああ、悪いかよ」


「とんでもありませんわ。むしろうれしいですの。だって、私みたいなわがまま娘のために土鍋を保管していてくださったなんて…」


「おい!だからなんでいっつも急に泣くんだよ」


「うれし泣きですわ。私の努力は報われませんでしたけれど…」


「努力?」


「ええ、タカシの横に並べる令嬢となるべく私は悪魔の書を研究したんですわ」


「研究?」


「そうです。どうすれば完璧な状態で転移できるのかと日々試行錯誤を続けましたわ」


「で、結果は?」


「さんざんでしたわね。月の満ち欠けや魔力の流れなどを考慮に入れましたけれど、毎回失敗でしたわ。しかも転移を繰り返すたびにおかしな場所に顔を出す羽目になりましたの」


「おかしな場所?」


「ええ、槍が飛び交う戦場のど真ん中だったり、噴火寸前の噴火口とか…」


「よく生きてたな」


「だって、タカシに会いたかったから」


「なっ!」


「ああ、違うんですの。そうだ。なんだかこの部屋冷えてません?」


「まあ、冬だからな。コタツ入るか?」


「コタツ?この布団みたいのですか?」


「ほら、かけてやるから」


「ありがとうございます。確かにあったかいですわ」


「だろ?一人用なんだけどまさか、土鍋と一緒に入る日が来るとは思わなかった」


「私も首だけ状態で布団をかけられる日が来るのは予想外ですわ」


「人生何があるか分からんもんだよな」


「全くですわ。あら、やだ。お腹が鳴ってしまいましたわ。恥ずかしい…」


「なら、しゃぶしゃぶ食べるか?」


「美味しいのですか?」


「食べてみれば分かるだろ」


「そのグツグツと言っている土鍋で茹でるのですか?」


「そう。冬といえば鍋だからな」


「私を茹でないでくださいね」


「茹でるか!そんな血も涙もない奴じゃねえよ俺!」


「冗談ですわ」


「ブラックジョークは感性に合わねえよ」


「そういえば、タカシのご家族はどうなさってるんですの?」


「ああ、皆仕事とか友達と遊びに行っている」


「こんな寒い日に一人だなんて寂しいですわね」


「そうでもないぞ。動画は見放題だし、ゲームやってても怒られないし、好きなものは好きなだけ食べられる」


「なるほど。そういう考え方もありますわね」


「それにサプライズもあったしな」


「サプライズ?」


「リリィが転移してきた」


「あら、やだ…」


「今年の年越しも一人だって覚悟してたからうれしい」


「年越しのお供だけの関係ですか?」


「ごほっ!」


「タカシ!大丈夫ですか?喉に何かひっかかったのですか?」


「違う。急に爆弾発言ぶっこんでくるから驚いてお茶吹き出しそうになった」


「吹き出しそうって言ってるわりにテーブルは大惨事ですけれど」


「そこは分かっててもスルーしてくれよ」


「失礼。私、妙な所に潔癖症を発揮してしまいますの」


「初耳だよ」


「仕方ありませんでしょ。私だって一か月前にこの性質に気づいたんですもの」


「めっちゃ最近じゃねえか!」


「という事でもう一つ気になったことを申し上げても?」


「好きにしてくれ」


「ありがとうございます。では爆弾発言とはどういう意味ですの?」


「そこはツッコまないでほしかったよ。しかもちょこんと首を傾けるのもやめてくれよ。なんか、胸が締め付けられる」


「やっぱりどこか悪いんじゃ…」


「違う。そうじゃなくて…可愛いから」


「あの、最後の方が聞こえなかったんですけれど、もう一度言ってくださるかしら?」


「大した事じゃないから聞き返さないでくれ」


「ええ!ケチ」


「令嬢がケチとかいう庶民的な言葉を使うのはどうかと思うぞ」


「令嬢だって庶民的な言葉ぐらい使いますわよ。おかしなタカシですわね!」


「ここに来て麗しの公爵令嬢様がダジャレ言うとも思わなかったよ」


「ダジャレ?」


「分からないんならいいよ」


「相変わらずタカシとは会話が成り立ちませんわね」


「悪かったな!」


「でも命をかける思いで来てよかったですわ」


「命をかけたのか?」


「ええ、私、お兄様に忠告されましたの」


「忠告?」


「はい。私は未来で行方不明になるのだと」


「はあ?」


「お兄様は言いました。自分は未来から過去に戻ってきた回帰者だと」


「なかなか、ファンタジーな会話だな」


「ファンタジー?私が置かれている状態も中々ファンタジーですわよ」


「謎の対抗意識燃やさないでくれよ。というか回帰者?」


「ええ、お兄様は半年待ちで手に入れた書物を読みふけっていて何日も徹夜をしていましたわ」


「どんだけ面白い書物だったのそれ!めっちゃ内容気になるんだけど。というかそれと過去に戻ってきた話はどうつながるんだ?」


「徹夜4日目の朝、お兄様はもうろうとする中、未来の記憶が飛び込んできたそうです」


「それ、眠気が爆発しただけじゃないのか?」


「眠気爆発ってなんです!面白い表現ですわね」


「眠すぎて頭がボーっとしてたんじゃないのか?って言いたいんだけど…」


「とにかくそういう経緯からお兄様は私が心配だといい、屋敷から出る事を許可しなくなったのです」


「物騒な話に急展開だな」


「まあ、屋敷から出なくても特に不自由はしませんでしたけれど」


「はい。貴族発言、来た」


「けれど、悪魔の書を取られるのだけは嫌でしたの」


「お兄様は私が魔界世界に魅せられたと思ったようです。未来の世界で私が行方不明になるのもあの転移できる本のせいだと決めつけたのです」


「まあ、俺でもそう思うな」


「タカシはお兄様の味方をなさるの?」


「そんな風には言ってないだろ!」


「だって、悪魔の書が取られたらタカシに会えなくなるじゃない!」


「そんなに俺に会いたかったのか?」


「当然です」


「失恋したわけでもないのに?」


「だからフラれるたびに押し掛ける女みたいに言わないでください!」


「だって失恋したから逃げてくる率高いじゃん!」


「今回は本当に違います。むしろ帰らないつもりで来たんですの」


「はあっ!」


「タカシ!」


「はい」


「私をここに置いてください」


「うっ、う~ん?」


「ダメですの?私なんでもしますわ」


「首だけなのにか?」


「そうですけれど…いつかすべてのボディをこちらに転移できるように頑張りますし。だからお願いですわ」


「リリィはその意味、本当に分かっているのか?」


「もちろんです」


「俺は妹の事を心配している兄からリリィを奪えないよ」


「タカシは本当に優しいんですのね。でも大丈夫ですわ」


「何が大丈夫なんだ?」


「兄には私がいなくたって愛する彼女がいる。妹にだって愛しの転移者様がいらっしゃるし、我が国を担う王子には聖女がついている。私にだって幸せになる権利はありますわ」


「俺のそばにいるのがその幸せなのか?」


「ええ、そうです。私は運命の相手を求めて異世界に飛ぼうと思いましたわ。そして、貴方に出会ったんです。それとも私はタカシにもフラれてしまうんですの?」


「それはないよ」


「つまり?」


「俺もリリィが好きだよ。喧嘩別れしたみたいな状態が続いてつらかった。ドッチボールの練習にも身が入らなかった」


「そういえば、生徒会とやらと、もめた話はどうなりましたの?」


「あれは解決したよ。生徒会とのドッチボール対決に勝利して和解した。今では生徒会の活動とドッチボール部を掛け持ちしている奴もいる」


「充実していて何よりですわ」


「そうだな。年が明けたら他校のドッチボール同好会の奴らと練習試合を行う予定だ」


「タカシが幸せなら私も幸せですわ」


「俺もお前が笑ってるなら幸せだよ。というか、こんな充実した高校生活を送れているのはリリィのおかげだしな」


「なら、やっぱり追い返せませんでしょう?」


「そうだな。だから心配でもあるんだ」


「まだ、難癖をつけて追い返そうとなさるの?」


「難癖って言い方はないだろ。俺は多分怖いんだよ」


「怖いのですか?」


「仲良くなったってまた、すぐに去られたらつらいだろ」


「タカシ…それは…」


「おせっかいだったけど大切だった幼馴染は突然消えるし、親友だと思っていた奴もいない。美味しいドーナツを作ってくれた祖母ちゃんも天国だ。これ以上傷つくのは耐えられないよ」


「私は絶対にタカシのそばを離れませんわ」


「本当に?」


「貴方に嫌われたってそばにいてあげます。首だけですけれど…」


「首というか顔だけって言う方がしっくりくるんじゃないか?」


「もう、変な所で真面目なんですから」


「それはリリィの方だろ」


「なら似たもの同士ですわね」


「そういう事にしておくよ」


「じゃあ、私が居てもいいんですわね」


「ああ、好きなだけ置いてやるよ」


「ありがとう。大好きですわ。タカシ」

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失恋するたび顔だけ転移する令嬢 兎緑夕季 @tomiyuki

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