第3話 秋 親友の婚約パーティの最中に転移する令嬢

「またフラれたのか?」


「なぜフラれた前提ですの?」


「だってリリィはさ。失恋しないと俺んとこにこないじゃん!」


「はあ!なんで私、失恋するキャラみたいになってるんですの!」


「実際そうじゃん。最初は婚約者を異世界から召喚された聖女に奪われただろ。次は想いを寄せる転移者を妹に奪われる…」


「ギャア!言わないでくださいな。なんか音になるとすっごくへこみます」


「あっ!ごめん…でもよかったよ」


「何がですの?」


「その土鍋…片付けずに出していたこと」


「えっ!もしかしてずっと待っててくれたんですの?」


「どうしてそういう思考になるんだよ。俺が言いたいのは、リリィがいつ来てもいいように勉強机を綺麗にして土鍋設置場所を作ったって事だよ」


「やっぱり心待ちにしてたんじゃないですの…」


「だから違うって!しかもなんで嬉しそうなんだよ」


「はいはい。違うんですわよね」


「なんかその反応複雑なんだけど…」


「それよりもなんだか部屋、臭くありません?」


「ああ、サンマ焼いてるからかな」


「サンマ?」


「秋といえばサンマだろ?」


「サンマってなんですの?」


「魚だよ」


「ギャア!魚を丸ごと焼いている!グロテスクですわ」


「どこがだよ!俺の国の文化ディスる気か!」


「いいえ。そんなつもりは…」


「めちゃくちゃ美味しいんだぞ!サンマ!食べるか?」


「えっ!ええ…」


「はい。あーん」


「うん。これは…絶品ですわ」


「だろ?というか食べられるんだな」


「どういう意味です」


「だって、夏に転移してきた時に言ってたじゃん。ホログラムだって…」


「同時に同じ世界に存在しているとも言いましたわ」


「確かに言ってたな」


「だから、この世界の物を食べられたとしても不思議ではありません」


「はあ…。そういう物ですか」


「そういう物です」


「でっ!今回はまたどうして転移を?」


「自分でもよく分かりませんわ」


「はあ!」


「今日は兄と友人の婚約披露パーティでしたの」


「へぇ~。おめでたい日だな」


「そうでしょう。私もびっくりしましたの。まさかあの子と兄が結ばれるなんて」


「そんなに意外なのか?」


「だって以前の友人はとっても根暗で社交界デビューの際もそうそうに引っ込んでしまうような子でしたの」


「別に社交界が苦手なら出なくてもよくないか?」


「そうはいきません。私達わたくしたち貴族の子女には社交界は避けては通れませんの。ですが、彼女は突然変わりましたわ」


「何があった!」


「私にも何がきっかけは分かりませんわ。けれど、彼女は突然バイタリティに溢れる子女になりましたの。前世がどうのと謎の言葉をつぶやいたとたんに目が輝きましたの。特にドーナツ作りには並々ならぬ思いが感じられましたわ」


「ドーナツ!」


「あら、タカシもドーナツをご存じで?」


「そりゃあ、まあ…死んだ祖母ちゃんがしょっちゅう作ってくれたからな」


「それはいい思い出ですわね。友人もドーナツは自分のアイデンティティと言っていましたわ。彼女はドーナツを広めるために屋台を始めましたの」


「おお~!行動力あるな」


「彼女の作るドーナツは神級に美味しいんですわ。開店から一週間で噂は帝国中に広まりました」


「早すぎじゃね」


「ドーナツは我が国の国民的お菓子になりました」


「お前の国のお菓子文化どうなってるんだ?」


「仕方ありませんわ。カサノギ帝国にはあまりおいしいお菓子はありませんでしたの」


「自分で認めちゃったよ」


「しかも彼女がすごいのは英雄的なスポーツ選手である妹を広告塔にしたことですわ。今では国中の至る所でドーナツを持った妹のポスターが並んでいます」


「なかなか、やり手の友人だな」


「そうでしょ。私としては以前の心配性な彼女も好きでしたけれど、今もとっても素敵ですわ」


「大切な友人なんだな」


「ええ、もちろん。彼女は公爵令嬢ではなく私自身を友として接してくださった方ですもの。だからこそ複雑な気持ちですわ」


「なぜだ?」


「だって、優柔不断な兄とくっつく事になったんですもの。ちょっと心配ですわ」


「優柔不断?」


「兄はいい人なんです。お金に困っている者がいるとすぐ手を差し伸べるんですわ」


「それって短所じゃなくて長所じゃねえ?」


「えっ!そうですの?」


「ああ。それに聞いてるとリリィの友達、しっかりしてそうだし大丈夫だろ?」


「そうかしら?」


「そうだよ。もっと兄と友達を信頼してやれ」


「そうですわね。タカシの言う通りかもしれませんわ」


「おう!素直でよろしい」


「ところでタカシ。なんだか服が汚れていませんこと?」


「ああ。これ?さっきまでドッチボールの練習をしていたんだ」


「まあ。友人は戻られたの?」


「いいや。アイツの居所はまだつかめねえ。でもやっと部員が7人集まって部として認められたんだ」


「いいことではありませんの!」


「そうだろ。まあ。試合やるにしては4人と3人に分かれるからちょっときりが悪いんだけどな」


「私もプレーできれば入りますのに」


「その言葉だけでうれしいよ」


「本当の事ですわ!」


「はいはい」


「私、兄と友人の幸せそうな表情を見て思いましたの」


「何を?」


「この場所にタカシがいればいいのにって」


「えっ!」


「そう思ったら、こっちに来てましたの」


「リリィ…お前」


「だって、話し相手がいないんですもの!」



「あっ!そっちですか…」


「どうしました?なんだか肩が落ちてますけれど」


「なんでもない。スルーしてくれ」


「聞いてくださいませ。右を見ればラブラブカップルの王子と聖女でしょう。左を見れば英雄である転移者様と妹。私は独りぼっちだって思い知らされるんですもの」


「ボッチにはきついな…」


「でしょう。だから私…うわあん!」


「ああ、泣くなって!寂しかったんだな」


「うん。そうです。どうして私には運命の相手が現れないんですの!」


「どこかにいるってきっと運命の相手…」


「本当ですの?」


「そう言われると自信ないけど…」


「断言してくださらないのね」


「ごめん。その変わりサンマ全部食べていいぞ」


「サンマごときで私を慰められるとでも?」


「いいえ、めっそうもございません」


「クスッ!嘘です。もらいます」


「なんだよ。失言したかと思ってビビったじゃん」


「タカシが失言することなんてありませんでしょ?」


「俺の自尊心、高めてくれるのはうれしいけどさ。この間もやらかしちゃって」


「あら?何かありましたの?」


「俺、ドッチボール部の部長になったんだけどさ…」


「すごいじゃないですか!部長って事はボスって事ですわよね」


「ボスって言い方は適切なのか?」


「違いますの。皆を束ねるのでしょう?」


「はい。もうそれでいいです。とにかく部長になったからトラブルも俺んとこにやってくるわけよ」


「ボスとはいえ大変ですわね」


「だろ?で、ついさっきも生徒会と揉めちゃって…」


「生徒会?」


「えっと、小さな国の王家ってとこかな」


「まあ。それは大変ではありませんの。反逆ですか?謀反ですか!」


「おい!どうしてそう物騒な方にいくかな?」


「ごめんあそばせ。貴族なもので」


「首だけ出現しておいて貴族ぶるなよ」


「首があろうがなかろうが貴族であることに変わりはありませんわ」


「全然、説得力ねえよ。今のリリィは俺がいなきゃ何にもできないじゃん」


「そんな事はありません。こうして土鍋から出て、壁にめり込む事も出来ます」


「だから、壁から首だけ令嬢ホラーものやるなよ。怖すぎだから」


「もう、褒めたと思えば貶す…タカシはツンデレですのね」


「正直、リリィにだけは言われたくねえよ」


「私をツンデレだとおっしゃるの!」


「ツンデレっていうより天然だな」


「天然!私は海に生えているわかめではありません」


「わかめとは言ってないから!そういうところが天然だって言うんだよ!」


「意味が分かりませんわ」


「もう、分からなくていいよ。リリィはそのままでいいから」


「えっ!そうですの?」


「どうしてそこで頬を赤らめる!」


「赤く染めてなんていません!」


「はあ~!さようですか。もういいです」


「もう、意味がわかりません。とにかくタカシはその生徒会とやらに勝負を挑んだのですね」


「勝負を挑んだとは言ってねえ。ただ、体育館を使う許可をかけてバスケ部と勝負することになって…」


「それは負けられない戦いではありませんの!」


「そんなに闘志燃やしてねえよ。俺というか集まった仲間はゆる~くドッチボールができればいいだけで…」


「そんな呑気な状態で友人との約束は守れるんですの!」


「別にドッチボールマニアの友人と約束した覚えはねえよ」


「タカシは言ったではありませんの。ドッチボールは友人との出会いを結び付けてくださったと…」


「そんな風に言ったっけ?」


「まあ、友人との思い出を忘れてしまうなんてひどい方ね」


「別に忘れてねえし…」


「そうでしょう?私も友の大切さは学びましたの。ドーナツは私と彼女を結び付けてくださいました」


「へえ~そうなんだ」


「ええ。私ドーナツがなければ彼女と友達になることもなかったでしょう。ただ顔見知り程度の令嬢…考えただけでゾッとします。だからこそ、タカシにも友人との思い出は大切にしてほしいんですわ」


「なんか、そんな深いこと言われてる気はしないけど、胸にグッときた」


「それはタカシにも熱いものがあるという証拠ですわ」


「熱いものってなんだよ。めっちゃ抽象的すぎねえ?」


「こうなったら特訓しましょう」


「はあ!」


「こう見えて私はスカイドッチボール協会の会長ですの」


「海の上でやるドッチボールだろ。陸と一緒にするなよ」


「そんなことは些細な違いですわ」


「いやいや。そもそも首だけでどうやって特訓するつもりだよ」


「私には口がありますの」


「それ以前に仲間にリリィを紹介できるか!」


「なんですって!私を紹介できないって言うんですの!」


「そりゃあ、まあ…」


「ヒドイ…」


「だって、首だけの令嬢なんて恐怖でしかないだろ」


「では、普通の体もある令嬢なら紹介できますの?」


「まあ…それなら」


「わかりました」


「って違うからな。リリィが嫌って言う事じゃなくてこの状況を仲間に説明するのが難しいっていうだけで」


「見てなさいよ!」


「えっ!リリィ!消えた…元の世界に戻ったのか?」

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