第2話 夏 謎の転移者に恋したのに妹に奪われた令嬢

「なあ、なんでお前は何の前触れもなく現れるんだ?」


「来たくて来たわけじゃありませんわ」


「せめて場所は選んでくれよ。春に来た時はペットボトルから目だけ登場だっただろ。しかも、帰還するのも突然だったし」


「う~ん。どうやら気持ちがスッキリしたら帰れる仕様だったみたいですわ」


「どんな仕様だよ。めっちゃ空気読む悪魔の書だな」


「ところで、例のあれはどこです?」


「例のあれってなんだ?」


「まあ、わたくしに言わすおつもりですの?」


「意味深発言風に言うなよ!俺とお前、そんな深い仲か?」


「深いってなんですの?たまたま転移先で出会った見知らぬ相手です」


「見知らぬは酷いだろ!」


「そうですわね。フラれ友でしたわね」


「俺はフラれてねえよ!」


「もう、ノリが悪いですわね」


「今の所、ノリ必要だったのか?」


「私の定位置の土鍋はどこです」


「えっ!土鍋の中に入るの結構ハマってたのか?」


「ハマるってなんですの?」


「そっか!気に入ってるならそう言ってくれよ」


「ちょっと、なんで押し入れにしまい込んでますのよ」


「この夏真っ盛りに鍋料理とか死ぬ案件だろ!」


「え!死んでしまいますの?」


「おいおい。この世の終わりみたいな顔するなよ。これこそノリだろ!」


「ノリ?趣味悪い感性してますわね」


「相変わらず毒吐きすぎじゃね?」


「毒は吐きませんわ」


「はいはい。知ってますよ」


「では、私の定位置にダイブいたしますわ」


「やっぱり土鍋の中、気に入ってるんだろ」


「気に入ってませんわよ。誰が好き好んで…」


「ウソだあん!」


「なんです!ニヤニヤして。相変わらずおかしな方ですわね」


「それはこっちのセリフだよ」


「私はおかしくなどありません。れっきとしたカサノギ…」


「帝国の公爵令嬢だろ」


「分かっていればいいんですわ」


「で、あの後王子と聖女をちゃんと祝福できたのか?」


「もちろんですわ。お二人の新婚旅行の準備も一緒にしましたの。聖女とも掃除友達になりました」


「結構仲良くやってるみたいだな。でもならどうしてまた俺の所にやってきたんだ?」


「実は…というか今回は私どこに出現しましたの」


「えっ!気になるか?」


「当然ですわ」


「かき氷にウルウル瞳が二つでの登場だ」


「ウルウルって何ですの?」


「綺麗な瞳ってことだ…」


「えっ!なんて言いましたの?」


「そういうのは何度も言わせるなよ!」


「聞こえなかったから問いただしただけですわよ。それよりかき氷?ってなんですの?」


「夏を代表する食べ物だよ。しかも俺が丹精込めて削った氷の中だぞ。首だけ女が生えてくるとかどんなホラーだ。マジで勘弁してくれ!」


「心配しないでください。私とそのかき氷?の間にはバリアが張られています。食べるのには何の支障もありませんわ」


「そういう問題じゃねえよ。重要なのは見た目だよ。というかバリアってなんだよ。初耳だぞ!」


「私も今回初めて知ったんですの。転移者様の話ではこの状態はホログラムだそうです」


「ホログラム?って事はお前の実物は移動してないって事か?」


「いいえ。私の世界と貴方の世界を中間地点を経由して、いったり来たりしているそうです」


「う~ん。よく分からん。つまりどっちの世界にもいるってことか?」


「そういうことです」


「いや。お前も絶対わかってないだろ!というか転移者ってなんだよ!」


「そうです!聞いてくださいませ。私、あの後帰ってから運命的な出会いを果たしましたの」


「相変わらず人の話聞かないんだな。お前…」


「お前ではありません。リリィです」


「その呼び方、結構気に入ってるのか」


「そういうわけではありませんわ。転移者様も呼びやすいって言って下さったので…」


「だからその転移者様ってなんだよ!」


「我が国の首都の広場に突然異世界から転移してきた男性の事です。年齢はタカシと同じぐらいですわね」


「カサノギ帝国だっけ?どんだけ異世界人がやってくるんだよ!」


「今回は呼んだわけではありません。たまたま月の周期が転移者様の波動と合わさって首都に引き寄せられたんですわ」


「月の周期ってなんだよ」


「カサノギ帝国の空を照らす100個の衛星ですわ」


「多すぎじゃね?」


「転移者様も同じ事を言っていましたわ。あの方の世界では月は一つだと」


「俺の世界もそうだよ」


「私、ついに運命の人に出会ったと思いましたわ」


「もしかして恋愛話するために来たのか?」


「あの方は私の国にスカイドッチボールというスポーツを広めてくださいました」


「スカイドッチボール?」


「海の上でボールをぶつけあうんですわ」


「それってドッチボールの事か?」


「あらタカシもやるんですの?」


「俺がやるのは陸でやるドッチボールだよ」


「まあ、陸で?珍しいですわね」


「海の上でやる方が珍しいだろ」


「そんな事ありませんわ。カサノギ帝国は海の中にあるんですもの」


「ええ!人魚姫的な場所にあるのか?」


「人魚姫?私は足、二本ありますわよ」


「知ってるよ」


「陸地は1000年前にすべて消えてしまいましたの」


「なんか、すげえ~壮大な話になってきたな」


「スカイドッチボールは今我が国で最もホットなスポーツですのよ。タカシもやればきっとハマりますわ」


「いや、いい。普通のドッチボールで十分だ」


「あら、タカシもやるんですの?スカイドッチボール」


「だからやるのはただのドッチボール。しかも俺っていうより友達が好きなんだよ。ドッチボールで天下を取るとか言っている変わった奴だけど」


「あら?タカシ。友人ができましたのね」


「はあ?どういう意味だよ」


「だって、前回は幼馴染ぐらいしか話し相手がいないと言っていたではないの?」


「まあ、あの後しばらくはボッチな高校生活だったんだけどさ。いつものように校舎裏で時間つぶしてたら壁に向かって一人ドッチボールをする同級生に会ったんだ」


「いいですわね。青春ですわ」


「公爵令嬢のリリィから青春という言葉が出てくるとは思わなかった」


「転移者様が教えてくださったんですわ。ともにボールを投げ、当たればそれで仲間だと」


「ドッチボールに魅せられた奴は全員、その言葉を口にするのか?」


「転移者様は言いました。カサノギ帝国にスカイドッチボールのプロリーグを作ると…」


「めっちゃ壮大な野望だな。俺の友人ですら高校にドッチボール部を作るっていう目標ぐらいのスケールだったのに…」


「私たちは頑張りましたわ。来る日も来る日もボールを投げ、当たり続け、仲間を集めましたわ。そしてついさっき我が国の国技としてスカイドッチボールが選ばれたのです」


「ええ!展開早えよ!」


「私と転移者様は運命共同体でした」


「俺はいつまでのろけ話を聞かされ続けるんだ?」


「だから、だから…好きになるのは当然でしょう?」


「このパターンまさか!」


「私、てっきり今日の良き日に転移者様から愛の告白をされると思っていましたの」


「おい、泣くなって…ティッシュ使うか?」


「お気に入りのドレスと髪も念入りに仕上げて式典に出席しましたわ。心躍る瞬間でした。けれど、転移者様が想いを寄せたのは私の妹でしたの」


「おおっと…それはつらいな」


「確かに妹は可愛いですわ。私と同じ金の髪、私と同じくクリっとした瞳。私と同じ美しい声…」


「それ、自分が可愛いって言ってるのと同義じゃねえ?」


「ただ、私と違うのは運動神経が勇者級に優れている点ですわ」


「う~ん。ちょっと勝ち目ないな」


「そうですわ。転移者様は妹の天才級パス回しのとりこになるのは分かります」


「スカイドッチボールにパス回し必要か?」


「必要に決まってますわ。妹は我が国のエース選手ですの」


「愛しの転移者、奪われても妹の事は可愛いんだな」


「当然ですわ。母親は違うとは言え、あの子は妹ですもの。やっと正当な評価を得られてうれしいんですわ」


「なんか、ドロドロ話の片鱗が見えた気がするんだが…」


「なんのことですの?」


「何でもない」


「転移者様と並ぶ妹はとても輝いていました。けれど、失恋した私の心が傷ついているのも事実です」


「だから、逃げてきたのか?」


「いけませんでしたか?」


「そういう事なら俺も強くは言えねえよ」


「タカシはやっぱり優しいですわ」


「まあ、俺も話し相手が欲しかったしな…」


「相変わらず卑屈ですわね。私と違ってタカシにはドッチボールの友人がいるのでしょう?」


「まあ、そうなんだけどさ。アイツ、夏休みに入るちょっと前に突然不登校になって…」


「不登校?」


「学校に来なくなったんだ。家に行ってももぬけの殻で…」


「それはキツイですわね」


「アイツと話すのはわりと楽しかった分、裏切られた気がして…」


「裏切られるだなんて…その友人にも何か事情があるのかもしれませんわ。転移者様もある時ぼやいていましたの。元の世界でやりたい事があったし、同じ夢を見る仲間もいた。そいつに何も告げられずこの世界に来てしまった事が心残りだと…」


「事情か…そうだな。友達だからってなんでも理解し合えるわけないよな」


「そうですわ。そのご友人と再会したときのためにタカシが前を向いていなくてどうするのです」


「なんか、俺が勇気づけられてる?」


「勝手に転移してきた身ですもの。これぐらい言うのは当然ですわ」


「当然か。王子にしろ転移者にしろ見る目ないな」


「えっ!どういう意味ですの?」


「なっなんでもない!」


「どうしたんです?顔を真っ赤にして。もしかして熱でもあるのでしょうか。ああ、顔だけしか出せないのがもどかしいわ」


「ちょっと暑いんだよ。こっちは夏真っ盛りだからな」


「そうおっしゃるのなら…。でも無理はなさらないでよ」


「そうするよ。で、リリィの気は晴れたのか?」


「あっ!言われてみれば転移者様との事はどうでもよく思えてきましたわ」


「すっごいあっさりしてるな」


「なぜかタカシと話していると心が落ち着くんですわ」


「俺を鎮静剤みたいなノリで語るなよ」


「褒めてますのよ」


「そうかよ。まあ、お互い頑張ろうぜ」


「ええ。そういえば私、式典で演説することになってましたの」


「そういうの言い出しっぺの転移者がするもんじゃねえの?」


「私、スカイドッチボールプロ協会の会長なんですの」


「出世しすぎじゃね?」


「早く戻らないとまずいですわ。皆さんに迷惑をかけてしまいます」


「真面目だな。あはははっ!」


「なんです。急に笑い出して!」


「リリィの周りは規格外すぎだなって思って」


「はい?ディスってるんですの?」


「逆だよ。逆。そうだな。俺もその転移者の真似してドッチボール部作ろうかな」


「それはいいんじゃないかしら。とっても素敵だと思いますわ」

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