失恋するたび顔だけ転移する令嬢
兎緑夕季
第1話 春 聖女に婚約者を奪われた令嬢
「一体どういうことだ?」
「人聞きが悪いですわ。見たままです」
「いやいや、おかしいだろ。今まさに飲もうと思っていたペットポトルから見知らぬ女の目がニョロッと出てきたら普通に悲鳴上げるだろ!」
「女ですって!
「えっ!お前俺と同い年なの!」
「あら、同級生でしたの」
「お前みたいな、いかにも令嬢風のクラスメートがいたら即、距離取るよ!」
「まあ、なんて失礼な男かしら。外ならぬリリエンヌ・フォン・ベターナル・アメリアにそんな口をきくなんて!」
「アメ?バター?名前長すぎじゃね?リリィでいいだろ」
「リリィ!私たち数分前に会ったばかりですわよ。いきなりニックネームだなんて気が早い殿方ですわね」
「おいおい。頬を赤らめるな。おかしな展開に拍車がかかるだろうが!」
「おかしな展開?すでに奇想天外ですわよ。おバカさんですわね?」
「なんでこっちが責められてる感じなんだよ。そもそも俺には村月タカシっていう名前があるんだ!おバカさん扱いはやめてくれ!」
「ムラ?タカ?まるで聖女様みたいな名前ですわね」
「どこに聖女感があるんだよ。お前の感覚、理解不能すぎ!大体な、折角高校入学してから初めての休み。誰もいない家。母さんが隠していた桜餅を見つけたから食べようと思っていたのにお前が現れたせいで今日の計画全部パーだ!パー!」
「何ですって!これでも蝶よ花よと育てられたカサノギ帝国唯一の公爵の娘ですのよ」
「公爵ってそこは王女とかいう言葉が続く所だろ。しかも自分で蝶よ花よとか言ってて恥ずかしくないか?」
「ああいえばこう言う。本当に腹の立つ殿方ですわね」
「そうでもないぞ。むしろ尊敬している。顔だけ地面から突き出してるみたいな状態でそれだけ口が回るのは普通にすげえよ」
「それ、褒めてませんわよね。そもそもすべての元凶はあの女ですわ。彼女さえいなければこんな中途半端な感じで転移なんてしませんでしたのに!」
「あの女?」
「そうです。蔓延する魔王の瘴気を祓うために召喚された異世界の聖女。彼女はその類まれな美貌と心優しさ。後、掃除力で我が国を救ってくださいました」
「あの女って言ってる割に褒めたたえてね?」
「褒めてません。あの女は事もあろうに私の婚約者、カサノギ帝国の王子を奪い取ったんですわ」
「うわ~なんかどっかで聞いたことあるような話だな」
「まあ、貴方の世界でもよくある話ですの」
「ねえよ!」
「私、頑張りましたのよ。王子は彼女みたいな気が利いて掃除好きな女の子が好きだと思いましたからメイドに弟子入りして雑巾磨きを極めましたの!」
「なぜ雑巾磨き一択!」
「えっ!いけませんか?王子の寝室をピカピカに磨き上げるためです」
「お前感覚ずれてるぞ!」
「はあ?人の努力をバカにするおつもり!聖女は王子の寝室に忍び込んで掃除していましたわ」
「勝手に部屋に入るのはどうかと思うぞ!」
「まあ、聖女のしたことを咎めるおつもりですの!」
「やっぱりお前、聖女の事好きだろ」
「嫌いですわよ。ああ、なるほど聖女のエピソードを信じていないんですわね」
「おい、暴れるなよ。ただでさえ首だけで怖いのにそのまま動き回ったら余計恐ろしいぞ!というかどういう仕様だよアンタ」
「あ~ら。不思議ですわ。どこへでもスムーズに進めるわ~」
「絶妙に上手い歌に合わせて壁にめり込むなよ!せめてこの土鍋におさまってくれ」
「あら、気が利きますわね」
「土鍋の中に令嬢の生首…やっぱりホラーじゃねえか!」
「さっきから一人でなんなんです!騒がしいかぎりですわね」
「おい、人の土鍋占領しといてそれはないだろ!ここは素直にありがとうぐらい言えよな!」
「そんな上から目線では褒める意欲がなくなりますわ」
「なんでだよ!そこは素直に褒めろよ!」
「それにしてもなんです。この物であふれた物置部屋は!」
「人の部屋ディスるなよ」
「えっ!これが貴方の部屋!」
「そのゴミでも見るような眼はやめろよ!」
「ああ、体があればこの汚い部屋もピカピカに磨き上げますのに!」
「健全な男子高校生の部屋として至極一般的だと自負しているよ。それに何度も言うけどさ、勝手に人の部屋掃除する奴なんて絶対に嫌われるぞ」
「えっ!そうなんですの?」
「そうだよ。俺なら勝手に上がり込んできて部屋を片付ける奴はお断りだね」
「まるで具体例があるみたいにおっしゃるのね」
「あるよ。隣に住んでいた幼馴染の女の子がそういうタイプだった」
「幼馴染?彼女と聖女は話が合いそうですわね」
「やっぱりお前、聖女の事好きだろ」
「だから嫌いですわよ。だって聖女は私が何年もかけて愛を育んできた王子を半年足らずで射止めてしまったんですわ。私なんて晴れの日も雨の日もずっと王子を見て好みを研究してきたというのに!」
「なんかヤバい女のエピソードだな」
「だから分かるんですわ。王子は聖女のそばにいるときが一番いい笑顔をしていると…」
「リリィ…」
「だから、私決めたんですの。聖女と同じくどこかの世界に召喚されれば運命の相手に出会えると…そう、失恋旅行の延長ですわ」
「人の部屋を失恋旅行先に使うなよ。ちょっと同情した俺の気持ち返してくれ。考えが突拍子すぎるだろ!」
「どうして!聖女は異世界の女性でしょ!それだけで魅力的なんですわ」
「だからって顔だけニョキニョキ生えている女のどこに魅力があるんだよ。だから恐怖しかねえよ!」
「ニョキチョキではありませんわ。鍋の中から顔を出しているだけです。それに私は聖女ではないですもの。ただの公爵令嬢ですわ。彼女と同じ事したってそもそも報われるはずもなかったんですわね」
「公爵令嬢も普通いねえよ」
「でも、まさか身動きできない状態で別次元の世界に召喚するはめになるなんて。やっぱり禁断の悪魔の書の儀式には対価が必要だったのですね」
「はい。悪魔とかいう名前がついている時点でヤバさ増大だよな。完全にそれはアウトだろ」
「バカにしないいただけます?半分は成功したんですから」
「その状態で?顔は俺の世界にあるのは理解できるけど体はどうなってるんだ?」
「私の寝室で飛び跳ねてます」
「飛び跳ねるってなんだよ」
「ベッドの上を飛び跳ねてますわ」
「怖えよ~!」
「頭と胴体はつながってるのか?」
「ええ。というか腰のラインで固定されてるみたいなので顔を引っ込めれば、足はだせますわ」
「おいおい、足を出すな。足を。人の家の土鍋でシンクロナイズスイミングでもやる気か?」
「シンクロ?なんですのそれ」
「ああ、もう説明するのめんどくせえ~」
「人に説明できなくてどうするんですの!」
「別に困らねえし。ああ!久しぶりに話して喉痛くなってきた」
「あら、貴方お友達いないんですの?」
「うぐっ!」
「ええ!図星ですの!」
「別に人とこんなに話したことないってだけだ!」
「あら、なんてかわいそうなのかしら」
「勝手に憐れむな。お前が思ってるほど俺の日常は悪くないんだぞ」
「そうですの?私はたくさんの人に囲まれている方が幸せですわ。現に私の周りにはたくさんの人が集ってきて話しかけてくださるんですの。まあ、聖女が現れるまででしたけれど…」
「自慢しようとして、自分でダメージ発動してどうするんだよ!」
「そもそも、聖女が現れたぐらいで立ち去るような奴ら本当の友達とは言えねえだろ。まあ、幼馴染ぐらいしか話し相手いなかった俺よりはマシかもしれないけどさ」
「幼馴染…うぐっ。ぐすん…」
「おい、急に泣くなよ。今度はなんだ?」
「思い出したら涙が溢れてきましたの。王子との日々を…」
「どんだけ王子好きだったんだよ」
「好きでしたわよ。でも幼馴染じゃダメだったんですの」
「王子と幼馴染だったの?」
「ええ、子供のころからずっと一緒でしたわ。この先もずっと関係が続くと思っていましたの。でも現実は違った。彼は突然現れた少女を選んだのです。夢も愛も打ち砕かれた私にどうしろとおっしゃるのですか?逃げたいと思ってはいけないのですか?」
「そんな事はねえよ。ずっとそばにいた奴が突然消えたらそりゃあこたえるよな」
「タカシ…」
「幼馴染の話しただろ」
「土足で入ってくる?」
「間違ってはいないがその言い方はどうかと思うぞ」
「あら、ごめんなさい」
「アイツ、突然消えたんだ」
「消えた?それは不思議ですわね」
「聖女が召喚される方が謎な力すぎるだろ!」
「そんな事はありませんわ。我が国では普通の事です」
「はいはい。もうツッコまねえよ」
「その幼馴染の少女、好きだったんですの?」
「好きだった?どうだろうな?でも神隠しみたいにアイツが消えて目ぼしいところは片っ端から探したけどいなかった」
「つらいですわね」
「だが、不思議な事に時間がたつにつれ、アイツはこの世界にはいないんだって腑に落ちるようになったんだ。どこかで幸せにやってるって…そこに俺の居場所はないんだろうなって…」
「分かりますわ。私にも覚えがありますもの」
「アイツの顔も今ではぼんやりししてるんだ。笑うと口元に二つのえくぼがある事ぐらいしかもう印象にない。まだ半年なのにな」
「聖女にも同じようにえくぼがありましたわ」
「意外とえくぼのある奴多いんだな」
「なら私たち同じですわね」
「同じ?」
「そうフラれ友達ですわ」
「俺はフラれてねえぞ」
「ここはそうですねで収めるところですわよね!」
「へえへえ~」
「なんです。その気のない返事は?ってあら?」
「なんだよ」
「目に異物が?」
「ああ、桜の花だな。窓を開けてたから風で入ってきたんだろう」
「桜?淡いピンク色ですわね。とってもキレイですわ」
「お前の国には桜はないのか?」
「ありませんわ。というか草花自体もう何年も見ていませんわ」
「悪い。余計な事言った」
「意外と素直な所もあるんですわね」
「お前は息するように毒を吐くな」
「口から毒を吐く令嬢など見たことありません!」
「比喩だ。比喩。本気にするなよ」
「まあ!ややこしいですわね。言いたい事ははっきりと言ってくださいませ」
「結構、言ってるぞ!」
「はあ、全くどうして私はこんな所に転移してしまったのかしら」
「勝手に来てそれ言う?そもそも男探すなら自分の世界でやれよ。チョー迷惑」
「確かにそうですわね。ごめんなさい」
「いや、そんなあからさまに落ち込まれるといたたまれないんだが…」
「確かに公爵令嬢としての節度に欠けていましたわ。転移するならば、ちゃんと王子と聖女の幸せを見届けてからにするべきでしたわ」
「そういう事じゃねえよ!」
「実は今日、二人の婚礼でしたの!」
「マジ!」
「こうしてはいられませんわ。早く戻って祝福しなければ…」
「おっ!元の世界に戻るのか?」
「そこが問題ですわ。どうやって転移を解除すればいいのかしら?」
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