第9話 兄の声

先ほどまでの雨が嘘のように晴れて、穏やかな天候となった。

風もそよ風が吹いてすがすがしく感じた。

しっかり休んで英気を養った伝次郎は再び強く羽ばたきだした。

追い風に乗り休んだ分を取り返すかのようにどんどん前進を続けた。

やがて残りの距離も100キロとなった。

伝次郎は基地の周りの見慣れた景色をみて、やっと戻ってきたと一安心した。

しかし、伝次郎の本能が伝える。「何かが違う」

見慣れた景色、見慣れた地形、だけど何かが違う。

そんな違和感を持ちながら飛び続けると、やがて基地が見えてきた。

ついに伝次郎は基地に戻ってきたのである。いやそのはずであった。

しかし基地に近づくについて、伝次郎の違和感はどんどん増していった。

確かに自分がいた基地と同じだが、何かが違う。

建物の形も色も自分が暮らしていた基地と同じだが、でも何かが違う気がした。

伝次郎は地磁気がS局とN局逆転してしまう欠点を持っていたが、特定の磁場が持つ

特異点を読み取ることができた。

伝次郎が感じた違和感とはこの磁場の特異点であった。

自分のいた基地の磁場と、目の前にある基地の磁場とは感じ方が違うのだ。

伝次郎は迷った。

自分の目を信じるべきか、それとも磁場の特異点の違いを信じるべきか。

迷いが生じた伝次郎は、目の前に迫る基地に戻れば、休んでいつもの生活に戻れるという、安堵感から、そこで止まって休もうと思った。

しかし、その時伝次郎の心に中にある声が聞こえた。

それは彼の兄であり、彼の師であり、彼の目標だった伝一郎の声であった。


「伝次郎。考えるな。感じろ!」


その声を聴いた伝次郎は、自分の甘えを捨て去り、心の声のまま、静に目を閉じて

全身の神経を集中して感じた。


「やはりここは俺の帰るべき場所(基地)ではない」

その心の声に従い、彼はなんと基地を飛び越えて西に向かいだした。


大丈夫なのか伝次郎。本当にここはお前の帰る場所ではないのか?

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