たたんでくれてありがとう

硝水

第1話

「神さまは唯一神なの?」

 神さまは汗をかいたいちご牛乳のパックを咥えたストローでぶらぶらさせながら、ダブルチーズバーガーから丁寧に玉ねぎを取り除いている。そのためだけに購買で箸をもらうわけにもいかず、僕はまだ自分の生姜焼き弁当に手もつけられていない。

「それはむずかしい質問だ」

「そうかな」

 自分が神だということがわかるなら、他者がどうかもわかりそうなものだけど。

「ひとまずきみの、神の定義を訊こうか」

「そう言われるとたしかに難しい」

 神さまがダブルチーズバーガーの包み紙によけた玉ねぎをかき込みながらシャキシャキと考える。神さまは包み紙を失ったダブルチーズバーガーを、右手で上下から挟み、かぶりつく時に下を向く方の側面に左手を添える独特な持ち方で食べている。お抹茶の作法みたいだな。

「僕は人間だからそれを基準に考えると、とりあえず神とは人智を超えた存在であるという定義はある」

「そう、そこなんだよ」

「どこ?」

「人智を超えた、という定義は人間が存在しなければ成り立たないだろ」

「そうだね」

「つまり神は、神の存在だけでそれを語ることはできないということ」

 神さまはソースがぼたぼた垂れた左手のひらを躊躇いもなくおしぼりで拭う。え、もったいな。

「そして」

「うん」

「人智を超えている時点で、人間との比較で語られるべき神の定義がそもそも曖昧になっているんだ」

「人智を超えているからね」

「神は定義することができないんだよ」

「だから、神さまが唯一神なのかどうかは、わからないと」

「そういうこと」

 屋上には前髪を泳がす風がくるくると吹いている。いつのまにか蝉が鳴き始めていた。

「……じゃあ、神さまはほんとうに神なの?」

「きみが神だと思うなら神でしょ」

「そういうもの?」

「そういうもの」

 神さまは紙パックを丁寧にたたみ、『たたんでくれてありがとう』を見て微笑んでいる。そしてひとしきり微笑んだあとはそのパックをこちらに差し出してきた。捨ててこいということだ。

「ひとつお話してあげようか」

「うん」

「あるところに、誰でも何でもお願いを叶えてくれる神様がいましたとさ」

「誰でも?」

「そう。当然願い事がある人間が殺到したわけ」

「でも、相反する願い事とかもあったんじゃない?」

「その神様は独自の基準で願い事を選別してたんだ」

「誰でもじゃないじゃん」

「だってそいつ、ほんとうは神じゃなくて人間だったからね」

「なんだ」

 神さまは指の間まで丁寧に拭き取ったおしぼりを丸めて袋に戻し、こちらに突きつけてくる。捨ててこいということだ。

「人間は一時的に神になれるが、神は人間になっても神そのものとしての性質は変わらないってこと」

「そうなんだ」

「きみは僕のこと神さまって呼ぶだろ」

「神だと思ってるからね」

「愛しいよ」

「噓吐け」

 校庭から舞い上がってきた砂を払い落として、ゴミをまとめて立ち上がる。ギィギイ唸る立ち入り禁止の扉を引いて、濃い影になった階下のゴミ箱へと手の中のそれを投げ込んだ。

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たたんでくれてありがとう 硝水 @yata3desu

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