前編

「あれです」



おじいさんが芝刈りをしていたという山の中。


桃太郎をリポートすべくやって来た一同茂みに隠れつつ、様子を伺っていた。


スタッフが指さしたのは日本刀ではなく、木刀を構えた一人の青年。


外見は昔話とさして変わらない。


違う点をあげるとするならば、想像よりも儚げな雰囲気の美青年で自信なさげな表情をしていることくらいだろうか。



「なんか、桃太郎ってもっと元気っ子な感じだと思ってましたけど、なんていうか……」


「女子受けする顔だし、どちらかと言えば内気そうですね。……イケメン爆ぜろ」



男性スタッフが妬ましそうに桃太郎を睨めば、年長の女性スタッフはニンマリと笑った。



「彼、アイドルにしたら売れるね」


「あれ、私たち何しに来たんでしたっけ?」


「桃太郎さんをリポートしに来たんだよ」



首を傾げる若手スタッフに先輩スタッフがツッコミを入れつつ、華に声をかける。



「彼岸さん、行ける?」


「はい、行けます」



笑顔で返事をし、華は茂みから出て桃太郎の方へと近づいていく。



「初めまして。桃太郎さん、ですよね?」


「ふえっ!?」



桃太郎はこの時、驚きを隠せなかった。


何せこのアイドル、気配を消すのが上手い。


声をかけられるまで桃太郎は彼女の存在を認識することが出来なかったのだ。



「は、はい!えっと、あなたは……」


「私、あの世でアイドルをやっている彼岸華と申します」


「あいどる……?」



ポカンとしたまま桃太郎は暫く華を見つめていた。


どのくらい経っただろうか。


見つめられ続けていた華は不審に思い桃太郎の顔を覗き込む。


その顔は少し赤かった。



「桃太郎さん?」


「す、すみません!女性をジロジロと見てしまって。お綺麗だったので、つい……」



顔を更に赤くし、どこか照れたように桃太郎がそう言えばその場にいた女性スタッフが茂みから音を立てて立ち上がった。


この子、超カワイイ、と。


一方の桃太郎はといえば、人が増えパニック状態に陥っている。



「スタッフさん、やっぱりこの人アイドルにしましょう」


「彼岸さん、私も今結構ガチで考えてます。スカウトしましょう」


「あいどる……?すかうと……?」


「イイ……!その上目遣いグッとくる」


「女性陣がヤバいスイッチ入り始めたからストップ!カメラ止めて!」



カメラそっちのけで盛り上がる女性陣に危機感を感じ、カメラマンに向かって男性スタッフが叫ぶ。


その叫び声に華はハッとしてコホンと咳払いをした。



「えーっと、失礼しました。桃太郎さんはここで一体何を?」


「彼岸さーん、突然何事もなかったかのように始めないで〜」



その後、桃太郎に説明を一通りし、撮影を再開したのは数十分経ってからだった。



「それでは。桃太郎さん、一人で何をされていたんですか?」


「鬼退治をするための、剣術の練習です」



桃太郎の返答に華は瞬きを繰り返す。


果たして桃太郎が練習をしているシーンがあっただろうか。


いいや、なかった。



「桃太郎さん、そんなことしてるんですか?」


「あの、僕、見ての通り力とか全然ないんです。村の人に言われて鬼退治に行かなきゃいけないんですけど金棒一振されたら負ける自信しかなくて……!というか、僕刀なんて持ったことなかったし……!」



桃太郎が青ざめながら頭を抱える様子を見て女性スタッフたちは思った。


この子わざわざ鬼退治に行かせようとしてる奴誰だよ、と。


そして、男性スタッフたちは思った。


この子に鬼退治は無理だ、と。


どうしたものかとスタッフは頭を悩ませ、溜息をついた。



「彼岸さん、今回は一旦……彼岸さん?」



そんな中、華は一人立ち上がっていた。


その真剣な深紅の瞳は桃太郎を真っ直ぐに見据えている。



「桃太郎さん、鍛えましょう」

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