中編
「桃太郎さん、鍛えましょう」
「ふえっ?」
目を輝かせ、ギュッと桃太郎の手を握る華に対し周りは混乱していた。
(彼岸さんが鍛えんの!?)
「彼岸さんは、あいどる?なんですよね?」
目を白黒させ、驚きを隠せていない桃太郎に華はやる気に満ちた表情で返す。
「はい!ただ、剣術も得意なんで」
華の育ての親は物理でも権力でもあの世で最強と呼ばれる地獄の裏ボスである。
そんな育ての親を持つ華が今の桃太郎の姿を見て何もしないわけがなかった。
「必ず、私が桃太郎さんを強くします」
そう高らかに宣言する華にスタッフが慌てて声をかける。
「ちょっと待ってください!彼岸さん、流石に冗談ですよね!?」
「いえ、私は至って真面目です」
あ、これは止めても無駄なやつだ。
優秀なスタッフは悟り企画を再開するべく、準備に取り掛かる。
この時、華はスイッチが入っていた。
それは、義父譲りの世話焼きと仕事に対するとてつもない情熱であったーー。
✿
「ほら、動きが鈍ってるよ〜」
「はいっ!」
この桃太郎、根性はあった。
華と比べれば刀の扱いは稚拙だが、スパルタ鍛錬にへこたれないあたり、メンタルは強そうだ。
スタッフといえば、その鍛錬を見ているだけで気分が悪くなるらしく近くの宿で別の仕事をしている。
「少し休憩にしようか」
華の言葉に桃太郎は頷き、その場に座り込んだ。
今までにない疲労、痛み、苦しみ。
彼女の鍛錬はスパルタだが、無駄が削ぎ落とされている。
着実に実力がつき始めていることは桃太郎自身も実感していた。
「はい、水」
「ありがとうございます」
竹筒に入った水を受け取り、桃太郎はその水を勢いよく口の中に流し込む。
華はそんな桃太郎の横に座り、苦笑した。
「そんな一気に飲んだらお腹壊すよ。熱中症……目眩とかしたらすぐ言ってね。喉乾いたら水飲んでいいから」
涼しい風が通り過ぎる。
華は桃太郎の横顔を見つめ、ふと思っていたことを口にした。
「ねえ、桃太郎。どうしてそんなに鬼退治をしたいの?村人たちに言われただけなんでしょう?」
正義感か、親切心か。
おとぎ話の主人公だしそんなものだろうと考えつつも華は桃太郎に問いかける。
竹筒から口を離し、桃太郎は僅かに俯いた。
「確かにそれもあるんですけど……鬼退治すれば、お金が貰えるんです」
「お金?」
少し予想外の答えに華は僅かに目を見開く。
桃太郎は話を続けた。
「うち、お世辞にも裕福とは言えなくて。それなのに僕のせいでもっとお金かかっちゃって、迷惑かけてばっかりで」
そこで桃太郎は一度言葉を区切り、顔をあげて華を見た。
射抜くような、真っ直ぐな瞳で。
ただ、その瞳がどことなく華には暗く見えた気がした。
「育ててくれたおじいさんとおばあさんに恩返しがしたいんです 」
気のせいか。
桃太郎の言葉に華はほっとして小さく息を吐く。
しかし、次に華の耳に届いたのは低く冷たい声だった。
「……正直、村とかどうでもいい」
ぞわりと悪寒がしたような気がした。
全身に鳥肌がたつ感覚。
華は冷や汗が流れるのを感じながら桃太郎を見つめる。
「……君、ヤバいね」
「や、やばい?」
いつも通りの桃太郎。
それが華にはやけに恐ろしく見えた。
「化けるよ、君」
桃太郎に告げたのか、純粋な呟きだったのか。
華はそう零した。
一方、その頃。
宿ではスタッフたちが休憩をとっている最中だった。
「なんか、彼岸さんと桃太郎くん普通に仲良くなってる気がするのは俺だけ?」
「大丈夫、俺もだ」
スタッフAの言葉に近くでお茶を飲んでいたスタッフBが同意する。
「彼岸ちゃんも歳の近い子と一緒に趣味を共有出来て嬉しいんじゃないですか?」
「あれを趣味とは呼ばない」
ニコニコ顔のスタッフCに食い気味でAが否定した。
確かに、あれは趣味というレベルではないだろう。
そんなAをスタッフDは呆れたように見た。
「しょうがないだろ、地獄の曼陀羅華様の娘さんなんだし」
「それもそうか」
曼陀羅華。
華の義父にあたるあの世の裏の最高権力者である。
厳しい人物だが非常に優秀なため支持率は高い。
「でも、桃太郎くんといる時の彼岸ちゃん、なんとなーく顔が強ばってる気がするんだよなぁ」
Dの言葉にAとBは顔を見合わせる。
「それは気のせいでしょ」
「桃太郎くんより彼岸さんの方がよっぽどラスボス感あるし」
「それな」
気のせいか。
Dはそう結論付け、おにぎりを頬張った。
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