後編

桃太郎との出会いから早一週間。



「さあ、桃太郎。出番だよ」


「はい!」



一同は鬼ヶ島へとやって来ていた。


黒い空に大きな波と明らかに鬼ヶ島の周りのみ何かが違う。


鬼たちの様子を岩陰から伺い、華は桃太郎の肩に手をのせる。



「いい?鬼たちの弱点をつくの」


「勿論、分かってます」


「相手が嫌な所を徹底的に攻撃しなさい。殺さなければ基本何してもいいわ。処理は全部私がやるから」


「彼岸さん、正義の味方の台詞じゃないですよ……」



カメラを回しつつ、スタッフは弱々しくツッコミを入れる。


そして、スタッフたちは今更あることに気づいてしまった。



「ちょっと待ってください彼岸さん」


「ん?」


「犬・猿・雉がいませんが!?」



そう、桃太郎のお共である三匹がこの場にはいなかった。


きびだんごは持っているものの、役立っていない。


というか、道中に犬も猿も雉もいなかった。


いや、無理矢理にでも登場しろよ。


スタッフが心の中でそんなことを考えていれば、華が親指をグッと立てた。



「そんなの私がいれば問題ないです」


「彼岸さんが戦うんですか!?」



アイドルとは。


というか、この人、こんなキャラだったっけ……。


スタッフたちはここで思考を停止させた。


華はそんなこと気にせず、スマホを片手に首を振る。



「いいや、戦うのは桃太郎です。取り敢えず、このゴロツキたちは義父さんに連絡して閻魔様からの案件として地獄警察に引渡します」


「しかも、完璧な対応……!」


「いや、さらっと閻魔様に仕事押し付けてるよな??」



閻魔様の立場とは。


そう思いつつも聞いたら終わりな気がしたスタッフは追求をやめた。


そんなスタッフに桃太郎を送り出した華は告げる。



「それに、桃太郎は多分、」



華が何かを言いかけた瞬間、鬼の悲鳴が響き渡った。



「やめてくれっ、もう悪さはしないからっ、おね……」


「うるさい」



その場の空気が凍りつくような底冷えした声。


鬼のみでなくスタッフまでもがその声に顔を強ばらせた。



「お前らアレなんだろ、鬼の中でも働かずに人にも鬼にも迷惑かけてるクソ野郎なんだろ?」



一度言葉を区切り、その人物ーー桃太郎は真顔で鬼を見すえた。



「いない方が、マシだろ?」



赤いものが飛び散り、鬼ヶ島に轟く鬼の断末魔。


スタッフは腰を抜かしながらも華に向かって叫んだ。



「彼岸さんっ、マジで何教えたんですかぁーーーーーーっ!」


「私、こんなこと教えてませんけど?」



華自身も冷や汗をかきながらスタッフの言葉を否定する。



「じゃあ、なんで桃太郎くんがああなってるんですか!?」


「……多分ですけど桃太郎、二重人格です」


「に、二重人格?」



華の予想外の回答にスタッフはポカンと口を開ける。



「はい。桃太郎には人ならぬ鬼を殺すのも躊躇わない、殺人鬼とかサイコパス的なもうひとつの人格があると思われます」


「何そっ」



何回目かの叫び声をスタッフがあげようとした。


しかし、あげる前に彼は言葉を失った。



「危ないっ!」



桃太郎の鋭い叫び声と共にスタッフに向かって飛んでくる金棒。


(あ、死ぬ)


スタッフが死を覚悟したその瞬間。


ガンッ


鬼の持っていた金棒が吹き飛ばされ、遠くの地面に突き刺さった。


スタッフ、桃太郎、鬼ーーその場にいた全員が金棒を見て目を見開く。


桃太郎は金棒を吹き飛ばした人物を確認し、大きな声でその名前を呼んだ。



「彼岸さんッ」



鬼の金棒を吹き飛ばしたのは華だった。


彼女もどこから出したのか金棒を片手に持ち、金棒を飛ばしたであろう鬼を見下している。


不自然に上がった口角にゴミでも見るかのような冷ややかな視線。


鬼はその場に崩れ落ち、金縛りにあったかのように動かなかった……いや、動けなかった。


少しでも動いたら殺されるーー鬼の本能が警報を鳴らした。



「アナタ、地獄警察から逮捕令状が出てますよね?ご同行お願い出来ますカ?」



肺まで凍りつくような低く、冷たすぎる声と鬼の目の前に突きつけられた地獄警察の令状。


一枚の紙と華の顔を見比べ、やがて鬼は意識を遠くの彼方へと飛ばした。


……そんな鬼を一瞥し、華は鼻で笑った。



「なんのための権力だと思ってるの?」



この時、スタッフは悟った。


あ、やっぱ一番は彼岸さんだったわ、と。

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