第322話それぞれの不安と思い(1)

病院から出た全員が、一時的に思考停止、そして極度の不安に陥っている。


純子は千歳烏山のアパート、自分の部屋に入り、最初、声を上げて泣くばかり。

「死なないでよ、祐君・・・嫌だよ、好きなのに・・・」

「何で、隣の部屋に祐君がいないの?そんなの嫌!」

奈良元興寺町の両親にも、不安のあまり、連絡をした。

「祐君が、襲われて・・・目の前で襲われて車にはねられて。意識不明」

父はそのまま、へたり込んだ。

母は、大泣きになりながら、「今から行く、病院はどこ?家の菓子を・・・祐君を救いたいよ」と上京の意思を示した。(純子は、止めようと思わなかった)

両親も、自分の子のように祐を慕っていたから。


真由美も、自分の部屋に転がり込むなり、号泣。

「私をかばって・・・祐君が死ぬの?嫌だよーーー」

「生きてよ!祐君!生き返って!もう、何でもするから!」

真由美も、やはり博多の母に連絡した。

母は驚き、真由美の涙声を叱った。

「博多の女が、泣くんじゃないよ!泣くのは、祐君が・・・」(真由美の母の声も潤んだ)

「いいかい!あなたも博多女、命がけで、気持ちを込めて祐君の回復を祈りなさい!」

「義夫さんも病院に向かうって言っている!」

「私も博多から、力がつくものを持って行く!」


田中朱里は、フラフラになって、笹塚のアパートに戻った。

しばらく、呆然と何もできなかった。

とにかく、祐が痛ましくて、暴漢に腹が立った。

「祐君に生きる希望をもらったの・・・その祐君が・・・生きるか死ぬかって・・・」

涙がボロボロと出て来て、止まらない。

「生き返って・・・祐君・・・お世話したい、ずっと看病したい」

名古屋の実家にも連絡した。

母は、予想通り大騒ぎになった。

「え・・・・祐君が、そんなことに?」

「今から行く、病院を教えて、お見舞いしたいの」

「生きるか死ぬか?そんなことは言ってはだめ!」

「いい?おばあ様も行くって、今電話の近くにいる」


春奈は、家に戻らなかった。

祐の父哲夫と母彰子の泊るホテルに部屋を取った。

実家の調布と近いけれど、祐の近くにいたかったことと、万が一のための「連絡係」を買って出た。

とにかく祐が不安で、犯人が憎らしかった。

「酷過ぎる理由だよ、だから高校野球って嫌い」

「甲子園と言えば、何でも許されると思っている」

「あんなの単にボール遊び大会でしょ?」

「祐君を失うほうが、どれほど損失になるのか・・・」

「でも、純子も真由美も朱里も、慌てるばかりで、役に立たない」

「一人は、冷静な・・・」(春奈は、ここで泣き出した)

「・・・私だって・・・怖いよ・・・祐君が危ないなんて連絡するのも」

春奈は、クリスチャン。

鞄の中から、持ち歩きしている聖母マリア像に、目を閉じ、本気で祈った。

「マリア様・・・祐君を…取り上げないで」

聖母マリアの腕が伸びて、抱きかかえられるような感じ。

「マリア様・・・・」

春奈も、結局、号泣となってしまった。


桜田愛奈は、大混乱に陥っていた。

そのため、マネージャーが付き添って、哲夫と彰子の泊るホテルに部屋を取った。(真由美の隣の部屋)


部屋に入っても、全く落ち着かない。

「何で、病院にいてはいけないの?」

「私も祐ちゃんの手を握りたい」

「だって、子供の頃からだもん、手をつなぐのは」

{ねえ!今から病院に戻る!」

「ファンに見つかったら困る?」

「そんなのどうでもいい!」

「祐ちゃんのそばにいたいの!」

「芸能界なんて、やめてもいい!」

「私は、祐ちゃんのほうが大事だもん!」

「いやだーーーー死なないでよ!」

「祐ちゃんは、私の憧れで・・・王子様なのに」


愛奈の手には、スマホ。

祐がタキシード、愛奈がウェディングドレスを着て手をつなぐ写真が、待受けになっている。

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