第321話健治の弁護士は苦しい主張  祐に変化

祐は、その日の夜は、持ちこたえた。

(ただ、いつ、どうなるかわからない危険な状況は、続いている)

姉の瞳が付添い、父哲夫と母彰子は、近くのホテルに泊まった。


翌朝、哲夫や祐と懇意の寺尾弁護士(祐の事故に関する法的対応を委任した)が、健治の鈴木弁護士の訪問を受けた。

鈴木弁護士は、最初から、祐サイドの温情を求めた。


「健治君は、日々甲子園目指して頑張っている栄えある高校球児です」

「確かに、根拠のない嫉妬にかられ、祐君を襲いました」

「まだ、反省の気持ちもありませんが、それは問題とは、私も理解しておりますが」

「何分、若気のいたりなんです」

「時には、暴発もありますよ、それがたまたま、事件になってしまっただけです」

「祐君も、実刑など、望んでいないでしょう、やさしいお子さんと聞いていますから」

「ですから、健治君の高校球児としての未来を考えてあげてください」

「特に健治君の高校では、校長以下、全校あげて、彼に期待しているのですから、それを裏切るようなことは、なさらないでください」


寺尾弁護士は、冷静に、鈴木弁護士の主張を聴き終えた。

反論も、冷静沈着。

「そうなりますと、甲子園を目指す高校球児であれば、殺人の意図をもって、凶行に及び、結果として、その相手が亡くなってしまったとしても、温情をかけてもらえるべきだと」

「高校球児であれば、犯罪も許されるし、軽減される、との主張なのですね」

「逆に伺いたいのですが」

「その高校球児優遇、いや、特別優遇の文言は、どの法律を根拠にしておられるのですか?」

「鈴木弁護士も、法に基づいて発言なさっているでしょうから、教えていただきたい」


寺尾弁護士は、顏を蒼くして、下を向く鈴木弁護士に、さらに迫った。

「私、文部科学省の教育審議会にも参加しております」

「文科省にも、今の鈴木弁護士の話を問い合わせて見ますが、よろしいですか」

「それと、高野連の会長にも、面識があるので、聞いて見ます」


この時点で鈴木弁護士は、「負け」を自覚した。

もともと、大きな事件を扱ったことはなく、健治の家の近所、というだけで弁護を頼まれただけなのだから。

高校球児だから、許されるは、無理やりの理屈とは、鈴木弁護士自身理解していたが、他にアピールするものがなかった。

健治の評判は、実は酷く悪い。

傲慢で、女癖が悪く、あちこちで暴行疑惑も多い。

警察に通報しても、その手下が報復に来る、そんな噂が広まって、誰も通報が出来なかった。

(もちろん、その噂は、健治が流していた)


鈴木弁護士は、寺尾弁護士に、「申し訳ありません」と深く頭を下げ、スゴスゴと引き下がる以外、何もできなかった。




祐に変化が見られたのは、翌朝、午前10時過ぎだった。

気付いたのは、姉瞳。(徹夜で、祐の手を握っていた)

祐の口元が、弱く動いた。


「姉貴?」


姉瞳は、血圧表示を見た。

上が100まで回復している。


「祐?」

姉瞳は、祐の手を、やわらかく握り直した。


祐の口が、また動いた。

「逢いたかった」


姉瞳は、涙が止まらない。

言葉には、なっていない。

「祐・・・」

「大好きだよ・・・」


祐は、目を開けないまま、少し笑った。

「うん」


姉瞳は、祐の髪を泣きながら、撫でている。

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