第249話東京赤阪サントリーホールにて①

博多育ちの私、真由美にとって、東京赤阪のサントリーホールでオーケストラの演奏会、しかも招待席で聴くなど、夢の世界。

だから、博多の母にも、自慢した。

「持つべきは彼氏!祐君!」(つい、ムギュしたと言いそうになった)

母は悔しそうに小言。

「ほんのこつ、田舎娘やけん、恥かかんと・・・」

でも、母はやさしい。

「博多銘菓を送っとく」(うわ・・・ありがたい!)


さて、そんなことは、どうでもいい。

もっとうれしいのは、祐君の隣席をゲット(左隣、祐君のハートに近い!・・・ちなみに純子さんは、右隣・・・まあ・・・春奈さんと朱里は、悔しそうな顔)(どうして決めたのか?それは女子同士のジャンケン)


おっと・・・あまり余談はよくない。

指揮者ジャンが拍手を受けて、入って来て、第一曲目の「エグモント序曲」。

その最初の厳しめの長音、一瞬でホール全体が引き締まった。(私も、背中を真っ直ぐに)

ベートーヴェン独特の厳しいメロディと、やわらげるような木管、それらが渾然となる。

全体的には、甘さなど何もない、厳しい音楽が繰り広がる。(ヴァイオリンの最前列のジュリアも厳しい顔で弾いている・・・でも、リズム感の良さは、周囲の日本人とは雲泥の差)

途中のホルンを中心にした金管の響きも、素晴らしい。(やはり金管でなければ出せない良さもある)

クライマックスは、すごかった。(興奮した!実にエクセレント!)

隣の祐君もニコニコ。

「なかなか、ジャンもスパークするなあ」(え・・・・ジュリアは?可哀想に・・・)


ピアノコンチェルト「皇帝」は、誰もが知っている、キラキラ名曲。

祐君の兄弟子村越さんは、少し緊張顔でステージに登場。

出だしから、必死顏で、ピアノを弾く。

祐君がポツリ。

「何かあったのかな・・・指が動いていない」

案の定だった。

一楽章の途中、数回のミスタッチ。(祐君は、身を乗り出して、心配そう)

でも、二楽章から安定した。

繊細な指使い、典雅で広がりのあるベートーヴェンの世界が広がった。(祐君、ホッとしたのか、椅子に深く座った)

村越さんは、第三楽章では、完全に自分を取り戻したようだ。

パワフルにピアノを鳴らし続けた。(祐君の笑顔が戻った・・・時々、小さくクールサインしている)

壮大なクライマックスで「皇帝」は終了した。


祐君は、「80点かなあ」と残念そう。

純子さん

「厳し過ぎるのでは?」(私も、そう思う)

祐君は、首を横に振る。

「一楽章が、もたつき過ぎ、彼らしくない」

「本人は、50点もいかないと思うよ、それで悩む」


休憩時間になった。

ロビーに出て、少し雑談をしていると、祐君を見て来る人が多い。

ヒソヒソ声も聞こえて来る。

「ねえ、あの子もピアノ弾くよね」

「うん、いいよ、あのライブバーでしょ?聴いたことある」

「サインもらえるかな」

「可愛い、握手したい」


祐君は、気がついたようだ。

「席に戻りたい」

「動画の影響?」


私たち女子も、異論はなかった。

祐君は、見知りタイプ。

下手に、初対面の人と話をさせたくない。


スタスタと座席に戻ると、祐君のスマホにメッセージ。

祐君の可愛い従妹恵美ちゃんだった。

祐君は、そのメッセージを見て、プッと吹いた。

「鬼母と喧嘩した」

「失礼よね、食べ過ぎ、太り過ぎって・・・」

「私だって、花も恥じらう乙女なのに」


祐君は、「どっちの味方になろうかな」と笑っている。

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